第30話 刃の気配
「桐生 正臣か……また随分と大物が出張って来たじゃないか」
茂宮は口をつぐむ。
煙草を吸おうとライターに手を掛けるも、ここが俺の家であることを思い出したのか。直ぐに火を消す。余程のヘビースモーカーだな。
「吸っても良いぞ。他の住人も普通に吸ってるからな、大家も黙認してる」
「……そうか。助かるぜ!」
にかりと笑う茂宮。
しかしその笑顔は、どこか無理をしているようにも見えた。よく見れば、目の下のクマが濃い。この時期、公安は激務だ。一服ぐらいさせてやっても罰は当たらないだろう。
茂宮は遠慮気味に煙を吐き出すと、改めて俺に向き直った。
「んでな、御剣。その皆のヒーロー『剣聖』様が、お前に興味が湧いたんだとよ。ぜひ会いたいって言ってるんだが……どうだ?」
「桐生が、俺に……?」
桐生は公安における最高戦力――
実質公安のトップに位置する男と言っても差し支えない。
ギルドと違って、公安は一般市民との連携も強固だ。
中でも桐生は、日本国における『力』と『正義』の体現者。カリスマ的な人気を誇る。
そんな男が、わざわざ俺みたいなはぐれ探索者に会いたいという。
いったい何の思惑あっての事だろうか?
「……正直、面倒な予感しかしない。出来れば遠慮したい所なんだが……」
俺の返答を受け、茂宮は渋面を作る。
――が、それも一瞬。
「まあ、そう言うと思ったよ。そもそもお前、モンスターを殺すこと以外に興味なんてなさそうだからな。 ……けどな、御剣。この話は、わりかし悪くねぇと思うぞ――」
続く茂宮の言葉を聞き、俺は公安本庁へと向かう事を決心したのだった。
――――
翌朝。
「ひぇ~さびぃ! 雪降ってやがるじゃねぇか!」
「茂宮さ~ん…… 俺たち、いつになったら休み貰えるんですかね……」
「ゲートの発生さえなければ、三が日はゆっくりできると思いますよ吉田さん。ゲートの発生さえ無ければ……ですが」
「繰り返さないで、葵ちゃん!! フラグに聞こえるから、それっ!!」
玄関先でわいわい騒ぐ、茂宮ご一行。計3名。
茂宮の他に、吉田と呼ばれる若い男。この男は渋谷のブルーゲートでも見かけたな。
そしてもう一人。
葵と呼ばれている、黒ぶち眼鏡の女。彼女も茂宮の部下だろうか?
「おおっ! 来たな、御剣ぃ!」
階段から降りてくる俺を見て、茂宮が手を上げる。
隣の二人も、俺へと目線を合わせた。
階段を降りると同時に、先ず駆け寄って来たのは吉田。
「御剣さん! お久しぶりですね! 覚えてますか? 俺、渋谷のブルーゲートにいた――」
「吉田……」
名前を呼んだ瞬間、吉田の目が光った。
「覚えててくれたんですね! いやー嬉しいなあ! 改めまして、俺の名前は吉田 順平です。公安一課で、茂宮さんの下についてます! あの時は碌なお礼も出来ずにすみませんでした……! 俺、動揺しちゃってて……」
距離が近い。
声がデカい。
テンションが高い。
「……はあ」
「あの後、茂宮さんから聞きましたよ! ボスを一人で倒しちゃったんですよね!? 凄すぎますって! ブルーゲートを単独で攻略できる探索者なんて、B級……もしかしたら、A級クラスなんじゃないですか!?」
「……まあ、ほどほどに」
吉田は目を輝かせながら、更に詰め寄って来る。
「茂宮さん、御剣さんと会うの気まずそうだったから、心配してたんですよ! でもこの様子ならもう大丈夫ですね! いやぁ、良かった良かった!」
なるほど理解した。
――――苦手な人種だ。
「吉田さん。積もる話はあるでしょうが、少しは自重して下さい。御剣さんが困っておられますよ?」
吉田の猛攻を遮るように、目の前に現れた女。
「お初お目にかかります。私、葵 優香と申します。公安一課所属。茂宮少佐の下で働いています。以後、お見知りおきを」
姿勢が異様に良い。
呼吸のリズムすら一定で、無駄が無い。
「……御剣 一真です。よろしく……」
「…………」
沈黙。
まばたきの回数まで少ない。
「あの……葵さんはいったい――」
「その質問に、何か意味がありますか? 非合理的です」
抑揚のない声で、こちらの思考を先読みして来た。
まるで調律された機械だ。
――――こいつも苦手な人種だな。
「よしっ! 互いの紹介も終わったな! じゃあ行くか、本庁まで!」
茂宮の号令を皮切りに、俺たちは雪の積もる地面を進んで行った。
――――
公安本庁は、思っていたよりも静かだった。
雪を踏む音だけが、やけに大きく響く。
建物の前には警備車両が数台。いつ何時でも現場へ急行できるように、常にスタンバイされている。
「……相変わらず、年末は空気が重いな。ピリついてやがる」
茂宮がぼそりと呟く。
吉田も、さっきまでの軽口が嘘のように黙り込んでいた。
受付を通ると、廊下の奥で数名の職員が一斉に姿勢を正した。
空気が、ひやりと沈む。
「……来るぞ」
茂宮の声が、かすかに震えていた。
吉田と葵の背筋が、糸を引くように伸びる。
足音が近づく。
規則正しく、無駄がなく、氷の上を歩くような静謐さ。
――本能が、警鐘を鳴らした。
姿を現した男は、テレビで見るよりも若く、そして異様に研ぎ澄まされていた。
まるで、『人の形を模した刃』だ。
「……御剣 一真君だな」
低く、良く通る声。
その一言で、肺の奥が冷える。
茂宮が隣で息を呑む音が、やけに大きく聞こえた。
桐生 正臣。
『剣聖』の称号を賜った、公安最強の光の執行者。
その視線が、真っすぐ俺に向けられる。
――刺さる。
目だけで、皮膚が総毛立つ。
「会いたかったよ。君のことは、ずっと気になっていたんだ」
桐生は一歩、俺に近づいた。
その歩みで、空気がわずかに揺れる。
桐生の右手には、銀色のアタッシュケース。
その無機質な光が、よく似合っていた。
「御剣君。早速だが、君に頼みたいことがある」
穏やかな声。だが、底が見えない。
「……内容次第ですが」
「ここでは話せない。ついて来てくれ」
桐生は踵を返し、エレベーターへ向かう。
ICカードをかざすと、行き先は――地下。
「……マジかよ。いきなりそっちに行くのか……!」
茂宮が小声で呟く。
葵は無言のまま、眼鏡の奥で目を細めた。
エレベーターが降下するにつれ、胸の奥がざわつく。
何かが俺を呼んでいる様な感覚。
桐生が静かに告げた。
「御剣君。この先にある物は……君のこれまでの常識を覆すだろう。きっと君も、気に入ってくれるはずだ」
エレベーターが止まる。
扉が、静かに開いた。
冷たい風が吹き抜ける。
「――では、行こうか」
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