第24話 因果応報
階段を降りると、すぐ目の間に大扉。
通路は無い。
扉の向こうには、何かが蠢く気配がある。
言うなれば、ダンジョン全域を統率せんとする――――大いなる意志。
そんな物が、部屋の中央で静かに渦巻いている。
それは同時に、この階層がダンジョンの終点だという事を意味していた。
「さっさと討伐して、終わらせるか……」
扉に手を掛ける俺を、呼び止める大声。
「おい、ハイエナぁ!! てめぇ何勝手に先に行ってんだ!!」
羽黒が俺の後を追い、付いて来たのだ。
「ハイエナ……俺言わなかったか? 単独行動はするなってよぉ……?」
「神代が隊長として機能してない以上、アンタらギルドはもう動けないだろ。このままダンジョンに長居しても仕方ない。俺がボスを討伐して、全部終わらせる」
「はっ!! てめぇみたいな無能力者が、ボスを討伐だぁ? 寝ぼけやがって、このグズが…… いっぺん痛い目見ねぇと気ぃすまねぇか?」
羽黒は右腕をまくり上げると、たちまち腕全体が帯電を始めた。
バチバチと迸る雷が、鼓膜を震わせる。
(……雷系の能力者。この出力……A級か……?)
得心が行った。
なぜ帝国ギルドが、このような愚物を所属させているのか、不思議であった。
ここに至るまでの戦闘を見て来た。
羽黒の剣術は初心者に毛が生えた程度の、おそまつな物。粗暴な振る舞いで部隊の足並みを乱すこの男の、存在意義とは果たして何だろうかと。
「見な! てめぇみてぇな無能力者には、逆立ちしたって出来ねぇ芸当だろ? 今ここで、てめぇを消し炭にしてやろうか? うん?」
何てことは無い。
純粋に、コイツのスキルが強いから、優遇されていたに過ぎないのだ。
剣術なんて必要ない。
強力なスキルさえ持っていれば、ランクは必然的に高くなる。
――とは言え。
如何に強力なスキルとて、結局はそれを扱う当人の鍛錬次第。
(……まだまだ制御が甘いな。スキルを解放した余波で、周りの壁が焦げ付いてやがる)
コイツは身に余る力を天から授かっただけの、典型的な自惚れタイプ。
ただそれだけの事なのだ。
「神代はダンジョンの攻略を途中で放棄。団員をみすみす死なせた責任で、副団長の座を剥奪される! 代わりに、俺がボスをぶっ殺して、このダンジョンを踏破する! そうなって初めて、名実ともに、この俺がっ!! 帝国ギルドのナンバー2に君臨すんだよ!! 俺の計画の邪魔をすんなや、ハイエナが……!」
血走り、ギラギラと輝く目。
これがこの男の源泉か。
地位、名誉。
なぜそんな物に執着するのだろうか。
他者を蹴落とす事しか考えていない。
こんな奴がいるから、無駄な犠牲が増えるのだ。
……さながら死神か。
「じゃあアンタがボスを倒せばいい。俺は何が起ころうと、一切手は出さない。それで良いだろ?」
「元よりそのつもりなんだよ! 後ろで縮こまってろや、ハイエナ!」
羽黒は大扉を押し開けると、厭な空気が全身に絡み付く。
(……ダンジョン全体に漂ってた、この気配。やはりこの先のボスが原因か)
俺の緊張もいざ知らず。羽黒は何食わぬ顔で、部屋の中へと足を踏み入れるのだった。
だだっ広い部屋の中。
部屋の大きさ自体はこれまでと変わらないだろうが、モンスターの集団がいない分、幾分か広く感じられた。
部屋の丁度中央、石床の上。
グジュ……グジュ……
そこに、ボスはいた。
グジュ……グジュ……
赤黒い軟体生物。
例えるならそう……スライムだ。
真っ赤なスライムが、ただポツンとその場にいる。
異様な光景だ。
目の覚めるようなあの『赤』は、いったい何の色だろうか?
これまでに奴が喰って来た、モンスター、冒険者たち……その血肉か?
このダンジョンは言うなれば、奴の腹の中。
全ての生物は、奴によって寄生され、思うがままに動かされている。
「はっ……! はっはっは!! んだコレっ! どんなでけぇモンスターが出て来るかと思ったら、コイツがボスかよ!? あっはっは!!」
羽黒は腹を抱えて笑っている。
スライムに、動きは無い。
「あーおもしれぇ。身構えて損したぜ! んじゃ、止め刺してやるかぁ。上の奴らが降りて来る前に終わらせてやった方が、俺の英雄っぷりが浮き立つからなぁ……!」
スライム目掛けて、ゆっくりと歩を進める羽黒。
まくった腕から雷を放出させ、周囲に雷撃の火花が散る。
そのままスライムの前までやって来た。
手のひらを向けて、雷を圧縮。
空気を震わせる。
グジュ……!
雷撃が床へ飛び、スライムの表面を刺激。
奴の内部が、ぞわりと一つ、蠢いた。
まるで次なる宿主を見定めた、狩人の様。
「死んどけや、雑魚が」
雷を放つ、その刹那――――
赤い障壁が、羽黒の目の前を覆った。
「なっ――――!!!!」
ギチ……ギチギチギチギチ…………ギチギチ……!
突如スライムが膨張し、羽黒の視界を覆い尽くしたのだ。
目の前で蠢く、無数の触手。
そのままスライムは羽黒を抱き寄せ、自らの器官の中に招き入れる。
「なっ、何だコイツっぅ!!!! うぁっ、や、やめろおおおおおおおおっ――――!!!!」
必死の抵抗は、虚しくから回る。
雷を受けても、スライムはびくともしない。
羽黒の全身が、赤黒い粘膜で覆われて行く――――
「や、ヤベッ――!! おいっ!! ハイエナアアアア!!!! てめぇなに突っ立ってやがる!! 早く助けやがれっ!! たっ、助けろって――――!!!!」
浸食が顔付近まで広がった。
終わるまで、あと数秒と掛からぬだろう。
俺はただ冷めた目で、その様子を見守る。
「お、おいっ!!!! 頼むって!!!! 俺がっ、俺が悪かった!! だから助けてくれっつ!! 頼むっ!!!!」
絶叫は懇願へと変わった。
哀れだな。
「嫌だぁぁあああ!!!! 俺はまだ上に行くんだっ!!!! 死にたくねぇっ、死にたくねぇえええええ――――!!!!」
そんな哀れなお前に、相応しい一言をくれてやるよ。
「良かったな、羽黒。汚れ切ったその心に……ようやく肉体が追い付いたじゃねぇか。もう言い逃れできねぇよ。紛れもないモンスターだ、お前は。安心しな――」
レイピアの切っ先を向け、俺は静かに息を吐いた。
「化け物の俺が、怪物になったお前を心置きなく処理してやる」
「あっ――あ、あああああああああああ――――!!!!!!」
顔全体を覆い尽くす粘膜によって、羽黒の絶叫は途絶え、飲み込まれた。




