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第22話 修羅へ堕つ

 全てが、スローモーションに見えた。



 こちらへ向けて駆け出してくる、神代の動きも。

 泣き崩れる、ギルドの団員の姿も。




 俺に心臓を潰されて、唇から血を流す――

 椿 桜子の、表情も。



 胸の中央、一突きだ。

 レイピアを引き抜くと、ぽっかりと空いた孔から、血が溢れ出す。



 椿はその場で膝から崩れ、地面に横這いに転がった。



「桜子おおおおおおっつ――――!!!!」



 椿に近寄ろうとする神代の肩を掴み、俺は進行を阻む。


「はなせええええええええっつ!!!!!」


「近寄らない方が良い。相手は寄生型のモンスターだ。寄生される条件が分かってない以上、安易に近づくのは――――」


「黙れえっつ!!」


 殺意の眼光。

 気圧された俺は、一瞬たじろぎ、神代はその隙に椿に駆け寄る。


「さく……ら……こ……」


 神代は椿を抱き寄せる。

 白銀の鎧が、血で汚れる事などいとわずに。


 力いっぱいに、彼女の骸を抱きしめた。



「う……あ、あ……あ、あああっつ…………!!!!」


 骸を抱えて泣きじゃくる神代。


 椿は神代にとって、唯一と言っていい対等な存在だったのだろう。

 神代の事を『エリス』と呼ぶのは、この部隊で一人、椿だけだったのだから。



 団員達も、次々と椿の周囲を包み込んだ。

 あちらこちらで聞こえる、嗚咽、鼻を啜る音。




 その様子を、一歩引いた場所から。

 冷めた目で見つめている俺がいる。


 悲しみに包まれたこの場において、ただ一人。

 涙の一つも浮かべずに、成り行きを見つめている俺がいる。


 胸の奥が何も反応しないことに、俺自身、薄ら寒さを覚えた。



 同時に、悟った。


 ああ、そうか――――


「俺はもう……化け物だったのか」



 ようやく理解した。


 復讐に焼かれ、モンスターを殺し続けるうちに。


 俺自身もまた、救いようも無い化け物になっていたことに。






 だがそれでも、構わない。


 モンスターを殺す事、それだけが俺の生きる意味だ。


 奴らを殺す為ならば、俺は修羅にだって身を投げる。




 ひとしきり泣いたのち、立ち上がる神代。

 無言で俺へと近づき、胸ぐらを掴み上げた。


「なぜだ……! なぜ桜子を殺したあああああっ!!!! 御剣いいいいいっ!!!!」


 まなじりに涙を浮かべながら、神代は吠えた。


「彼女は既に自我を失っていた。モンスターに寄生されていたんだ。ああなってしまったら、もう助けるすべはない」


 俺の首元を絞める手に、一層の力が入った。


「助ける術がない? それはお前が勝手に決めた事だろうがっ!!!! 外に行けば、医者だっている!! まだ方法があったかもしれないだろっ!!」


「寄生モンスターなんて外に連れ出して、他の人間に取りついたらどうなると思う? 未曾有みぞうの大災害だ。どれだけの人間が犠牲になるか、分かったもんじゃないだろ」


「それでもっ!!!! お前はいったい何の権利があって、桜子の命を奪ったんだっ!! 御剣っ!!」


 A級まで昇り詰めるような探索者が、まさか知らない訳でもあるまい。


「寄生されたら、それはもう人間じゃない。人の皮を被ったモンスターなんだよ。モンスターは、人に仇名す敵だ…… 敵に情けをかけるなよ、神代」


「おまえっ――――!!」


 俺は神代の手を振り払い、この場の全員に向かって語り掛ける。


「人の姿をしてるってなら、むしろ普通のモンスターを殺すよりも簡単だろ? モンスターは時に、こちらの想定外の動きをする。奴らは体の構造からして、人とは大きく異なるからな。俺たちの想像を遥かに超えるような、驚異の身体能力を見せる事も多々ある――――」



 良く回る舌だ。

 なぜ俺は今、こんなどうでも良い事を、べらべらと喋っているのだろう?


 自分の声が、まるで他人の物の様に感じられた。



「だが相手が人の肉体を動かしてるってなら、話は別だ。どれだけ無茶な動きをしようと思っても、人の身では限度がある。つまり、全部俺たちの想定内の動きしかしてこないって訳だ。これは普通のモンスターを相手にするよりも、ずっと楽――――」


「……御剣……」


 神代は、穢れた物を見るような視線を俺に向ける。


「……お前、本当に……人間か……?」


「探索者ってなら、モンスターを殺す事だけに意識を向けろ。それが俺たちの役割だろう?」


「このっ、狂人がっ……!! 人でなしっ!!!! 許さない……! 私は貴様を、絶対に許さないからなっ……!!」



 そんな事、改めて言われなくても分かってる。


 俺は人でなしだ。

 モンスター共を殺し続けるうちに、俺の心は、とうの昔に壊れちまってたんだ。



 ――――でもな、神代。


 これだけは、事実なんだよ。



「……お前は椿 桜子に、仲間を殺させたかったのか?」



「――――っつ!!!!」


 神代は目を見開き、呆然と下を見つめた。




 仲間を手に掛けるぐらいなら、彼女はきっと、死を望んだんじゃないかと。


 化け物の俺でも、そう思ったんだ。

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