第21話 その瞳の映すもの
ダンジョンの通路に、神代の号令が響き渡る。
「これまでの戦闘で、装備が摩耗した者は直ぐに交換っ! 負傷者はいるかっ!!」
「……すみません隊長っ……! ウェアウルフが来た時、足をやっちまいました……! 激しい動きは、もう……!」
「羽場は後衛に下がれっ! 抜けた穴は加藤、矢部がフォロー!!」
「分かりました――!!」
息つく間もない指示の応酬。
最短、最速で。
神代は部隊の準備を整えた。
「よしっ、細かいフォーメーションは動きながら話すっ!! モンスターが出たら私に回せ、良いなっ!?」
「了解っ!!」
見据える先、終点へ――
「行くぞっ――――!!!!」
その頃――
椿は既に、第三層の最奥へと到達していた。
――――
半開きの扉。
中からは、濃密な血の匂いが滲み出る。
「椿……! 慎重にな……!」
護衛の声を背に、椿はゆっくりと扉を押し開けた。
周囲に転がる、ウェアウルフの残骸。
そして部屋の中心には――――
「そんなっ!!」
「こっ……こいつはひでぇっ!」
床に転がる、探索者たち。
まさに死屍累々――
だがその中の一人には、まだ微かに息吹がある。
「……生きてるっ!!」
椿は駆け出す。
その手を握りしめんと、必死で駆ける。
「待つんだ椿っ!!」
大丈夫、今助けるから――――
椿が手を伸ばしたその瞬間。
床の下で、何かが蠢いた。
「……?」
気のせいだと思った。
手をかざし、ヒールを発動しようとしたその刹那。
冷たい感触が、椿の手首をなぞる。
「――――っつ!?」
悪寒。
皮膚の下を、何かが這いずり回る。
眩暈。
視界が揺れ、呼吸が乱れ、心臓が跳ねる。
耳の奥で、カサ……カサ……と、蟲が囀る音がする。
「はあっ……はあっ……!!」
胸を押さえ、うずくまる。
皮膚の下を這う「何か」は、椿の脈と無関係に動いていた。
「おい! どうした椿っ!!」
声が、遠のく――――
椿の意識は、そこで途絶えた。
――――
俺と神代は、ほぼ同時に扉の前へと到着した。
中から響く、金属音。
肉を裂く音。
悲鳴――
神代の顔が蒼白する。
「桜子っ!!」
部屋に足を踏み入れた俺たちは、目撃する。
血を流して倒れる護衛の一人。
そしてもう一人は必死の形相で――――
椿のレイピアを、押し留めていた。
「た、隊長っ!! 椿がっ、椿が――――!!!!」
護衛の首を狙い、椿のレイピアが音を立てる。
こちらへ向けられた、椿の顔。
その瞳に、既に生気はない。
黒く濁り、瞳孔がぱっくりと裂け。
彼女の腕の周りでは、何かが蠢いていた。
椿の気配のその奥に――――
モンスターが、混じっている。
俺は腕をだらりと下げる。
胸の奥が、冷たく沈んだ。
「桜子……?」
ふらふらと歩み寄る神代。
「……何をしているんだ、桜子?」
皆その様子を、呆然と見守っている。
誰一人、言葉を発せない。
「桜子っ!!!! ふざけてる場合じゃないだろっ!! 今直ぐこっちに戻れっ!!」
――――薄々分かっちゃいるだろ、神代?
椿の瞳を見れば、明らかじゃないか。
あの目はもう、人じゃない。
俺はただ当たり前の様に、理解した。
これまでに感じた全ての違和感が、氷解した。
このダンジョンに潜んでいた。
寄生モンスターの、存在を――――
「桜子がっ……! そんなっ、そんなはずはないっ――――!!」
ゆらゆらと近づく神代。
「桜子は……桜子はっ……!!」
声にならない、悔恨が漏れた。
神代の声は、もはや強者のそれではない。
ただの、一人の友を失う人間の慟哭だった。
俺は腰に付けたレイピアに手を掛ける。
椿へ向けて、一歩前へ。
「――――!! 待て御剣っ……!! 何をするつもりだっ!!」
神代の叫びを背に受け。
俺はゆっくりと、レイピアを構えた。
椿の瞳。
仲間を想い、優しさに溢れていたその瞳は、既に――
獲物を探す為だけの、殺意に満ちていた。
「…………椿さんは……もう戻れないよ、神代」
俺の一言を受け、神代の呼吸が止まる。
俺は見据える。
椿のレイピアが振り下ろされる前に、俺が止める――
奔る。
ただ一点、椿のレイピア目掛け。
胸の奥が痛んだのは、一瞬だけだった。
その後は、ただ静かだった。
甲高い金属音。
レイピア同士がぶつかり、火花が散る。
椿はレイピアを弾き飛ばされ、無言で俺を睨む。
こういう事態を、何度か想定した事はある。
モンスターに寄生された人間と相対した時。
俺はいったい、どうなるのだろうかと。
俺はソロでダンジョンに潜るから。
そんな答えは、一生、やって来ないと思ってた。
俺の首を絞めようと、飛び掛かる椿。
これ以上、君のそんな顔を見せないで欲しい。
「…………椿」
心臓は淡々と、同じ律動を刻む。
まるで俺の感情と切り離された様に、ただ冷たく。
淡々と。
稽古を付けてやるという、約束だった。
守れなくて、済まない――――
「…………桜子」
俺は一度だけ瞼を瞑り、そして――――
「やめろおおおおおおおおっ、御剣ぃいいいいいっ!!!!!!」
神代の絶叫だけが、取り残される。
遅れてやって来た静寂は、まるで世界が息を止めたようだった。




