第20話 犠牲者
最初のウェアウルフとの戦闘から、数分。
異変が現れた。
「おい、あれって!!」
団員の誰かが、声を荒げる。
数人の者たちが通路を駆けだし、徐々にざわめきが大きくなる。
厭な、予感がした――――
「おい、篠宮……草薙……!! 嘘だろっ! くそっ、何でっ!!」
涙声が木霊する。
皆の視線の先には、血だまりに沈む男二人。
どうやら、先遣隊のメンバーらしい。
外傷は背中にひとつ、恐らくウェアウルフのひっかき傷。そこから血が止めどなく流れ出ている。
そして異様な事に――
お互い首には、左右対称に指の跡が残っていた。
まるで同じ力で絞め合ったみたいに。
(……首を、互いに………?)
死体の指は、異常なまでに変形してる。
通常ならば、あり得ぬ折れ方だ。
周囲にはモンスターと争った形跡はない。
その事が、何よりも不気味だった。
床に挟まった肉片。
死体の指を再度見つめると、先端がわずかに削れていた。
(……指の肉か? 床を掻きむしった跡だな……)
まるで、自らの意思ではない何者かに操られた様な。
そんな不自然さが――
「私に診せて下さいっ――!!」
ただ一人、ヒールを扱える椿がしゃがみ込み二人の様子を見るも、徐々にその手が震え出す。椿は涙をぽろぽろと流し、声を押し殺して告げた。
「もう……亡くなってますっ……!」
愕然とし、すすり泣く声が周囲を満たす。
神代の顔にも、沈痛な表情が浮かんでいる。
だがそんな俺たちの悲しみを、上書きする様に。
「うああああああああああっ――――!!!!!!」
突如ダンジョン内に響き渡る、謎の悲鳴。
まるで人の物とは思えぬような、濁った叫びだ。
「おい、何だ今のっ!!」
「奥に誰かいるぞっ!!」
「どうしよう……! ねぇどうすればいいっ!?」
パニックに陥る団員。
「狼狽えるな――――!!!!」
神代の一言が、場を制圧する。
「犠牲者が出たっ! この階層に先遣隊がいるのは間違いない!! 各自、装備を最終確認! あらゆる不測に備えよ!! 終わり次第、直ぐに奥へと――」
神代がまだ話している最中、椿が立ち上がり神代の肩に手を置く。
「……エリス。私、先に行くね!!」
「待てっ!! 勝手な行動をするな、桜子っ!!」
「でも、まだ生きてる人がいる!! ヒールが使えるのは私だけっ!! 急げばまだ間に合うかもしれないっ!!」
必死の剣幕に、たじろぐ神代。
椿は震える自身の足を押さえつけ、それでも何とか、前に進もうとしていた。
すると、椿の両隣に男二人が並び立つ。
「神代隊長、俺たちも同行します! 大丈夫ですよ、椿には指一本触れさせませんから!」
神代は苦渋の顔をしている。
無論彼女も、椿を止めたいはずだ。だが、隊長である以上、未知の危険に無策で突っ込むことは出来ない。ギルドと言う名の足枷だ。
「私の事は気にしなくていいから……エリスはみんなを見てあげて!」
気丈に笑う椿――――
(…………優しさに、殺されるタイプだな。この子は)
不意に朱里の笑顔が思い浮かび、椿の顔へと重なった。
俺はまた、同じことを繰り返すのか?
否。
見過ごす事は出来ない。
自らを危険に晒してでも、他者を救う。
それは尊く、そして同時に、危うき精神でもある。
彼女に、付き添うか――――
手を上げようとした右手を、ガシッと掴まれる。
手首が軋むほどの万力で、締め上げて来る。
「……何するつもりだよ、ハイエナ?」
羽黒だ。
「俺も一緒に付いて行く。人数が多い方が安心だろ?」
「へっ! 何だてめぇ、死体漁りでもするつもりかよ? てめぇに単独行動が許されると思ってんのか? 勝手な事をすんじゃねぇよボケ!!」
相変わらず、癇に障る男だ。
そして同時に、途方もなく愚かでもある。
(……無能力者を、どこまでも見下したい。そんな所だろ、こいつの行動原理なんて)
理屈で動かない人間。
好き嫌いの感情論で、こちらの意見を封殺する。
どうしようもなく救えない。
掴まれたこの手を、へし折ってやるのは簡単なんだがな。
……今はまだ、やらないだけだ。
「なんだ、その反抗的な眼は? いいーんだぜ? この場でお前の悪巧みを大っぴらにしてもよ? ダンジョン攻略の妨害をしたってんで、後々《あとあと》出るとこには出てもらうからなぁ!」
こういう馬鹿が一番、部隊の足を引っ張るんだよ。
下らない……
争うだけ、時間の無駄だ。
俺は上げようとしていた右手を下げ、椿の後ろ姿を見送った。
羽黒は乱暴に俺の手首を離すと、フッと鼻で嗤った。
下らない……
感情で動く奴は、信用に値しない。
下らない……
下らない……
群れると下らない、足枷ばかりが増えるんだ。
だから俺は、ソロでいい。
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