第18話 忠告
胸の奥に残った違和感は、第二層に入っても消えなかった。
第二層――
相変わらず、道中でのモンスターとの接触は皆無。
皆黙々と、終点目指して歩み行く。
(守護者の部屋以外に、モンスターの気配がない……? こいつは、ひょっとしたらひょっとするかもな……)
短刀を握る手に、自然と力が籠る。
俺の中では既に、一つの仮説が確定しつつあった。
第二層、終点――
目に見える形での異変は、ここで現れた。
「んん? なっ、なんだぁ……?」
部隊の先頭が足を止める。
視線の先には、開け放たれた大扉。
中の大部屋は、もぬけの殻だった。
「おいっ、ここって終点だよな……?」
「間違いねぇって! 扉があんだろうが?」
「いや、でもよぉ……何もいねぇじゃねぇか! ってか扉、開いてたし……守護者はどこだよ!?」
投げ掛けられる疑問――
「どういう事だよっ!? 各部屋の守護者が全滅した時点で、その部屋はクリア判定って事になるんだろ? 守護者が部屋を離れるなんて事、あり得ねぇだろうがっ!!」
ざわつく集団。場は混迷に包まれる。
先程、団員が声を荒げていた事実。
守護者が全滅した瞬間、その部屋はクリア扱いとなる。
扉が開いているなんてこと自体が、そもそもあり得ない話だと。
神代はただ一人、事態を静観していた。
「か、神代隊長……これはいったい、どういう事でしょうか?」
「………………」
扉を潜り、大部屋の中に足を踏み入れる神代。
他の者達も、恐る恐る追従する。
「御剣さん、私たちも行きましょう……」
「ああ……」
椿に先導され、俺も一緒に部屋の中へ。
「おいっ! 向こう、見てみろよ!」
部屋の奥を指差す団員。
全員の視線が注がれる。
そこには第三層へと続く階段が、露わとなっていた。
同時に、先程感じた違和感が――――
確信に変わる。
「…………こりゃ面倒なダンジョンに、足を踏み入れちまったな」
一人ごちる俺。
軽く状況の整理だ。
先ず一つ目の違和感。
先程の第一層。ハイエルフと他のモンスターが、同時に現れた。
ハイエルフとは本来、気高き種族。
他のモンスター共と慣れ合う事など、そもそも考えられぬ話なのだ。
そして、俺が短刀を突き刺したあのリザードマン。
奴の反応が、あまりにも淡白過ぎた。
俺は毒を使って、これまで何千何万のモンスターを殺してきたから、良く知ってる。
毒を受けたモンスターは皆、例外なく、苦しみ悶え、発狂する。
あれには毒を受けた者特有の、『悲鳴』が足りなかった――――
二つ目の違和感。
踏破型のダンジョンでは、モンスターはフロアの終点を守護する。
――コレは奴らの遺伝子に刻まれた、絶対的な命令だ。
どんな事があろうとも、覆る事はあり得ない。
にもかかわらず、この終点の大部屋には誰もいない。
あろう事か、第三層へと続く階段が、既に出現してしまっている始末。
上記に符合する、ひとつの仮説。
状況的に見て、ほぼ間違いない――――
団員の一人が、顔を引きつらせながら呟く。
「……先遣隊が……通った道なんじゃねぇの? アイツらが先に来て戦って、もう守護者を倒しちまったから、階段が出てるんじゃ……?」
その推論は、なかなか良い線をついている。
だが本質を捉えきれてはいない。
(こいつはただの異常じゃない……その裏に、もっとデカい黒幕がいる)
胸の奥がじわりと冷えた。
これはただの偶然の積み重ねじゃない。意図的だ。
部屋には戦闘の痕跡はおろか――――
モンスターの死体ひとつだって、在りはしないのだから。
(モンスターを倒したのなら、当然死体はそこに残る。それすらないってのは、つまり……守護者は全員、この部屋から移動したって事だ)
故に、俺の結論は一つ。
(一層で殺した連中の中に、二層の守護者がいた可能性がある…… ハイエルフの奴ら……自我を失ってやがったな……?)
守護者が部屋を離れるなど、普通じゃない。
まるで何かに、『誘導』されているとしか思えない――――
忠告を、すべきだろうか?
ギルドの人間が俺からの進言を……真っ当に聞き入れるとは思えない。
だが……
「ちょっと話がある」
「ん? 何だ?」
後方集団の幾人かに、声を掛ける。
「アンタたち……このダンジョンの様子がおかしいって事には、もう気付いているな?」
頷く集団。
「そりゃな…… 扉が開いてたってのは、どうにも気味が悪い…… 下に続く階段も出ちまってるし…… 今までこんなダンジョン、見た事ないぞ?」
「俺の経験上、こういった場合は幾つかのケースが考えられるんだが…… 最悪の事態を想定して、一応情報を共有して――――」
「おいおいおいっ!! 何やってんだぁ、ハイエナ野郎ぉ!」
会話の最中、割って入って来たのは羽黒だ。
「俺の団員に何を吹き込んでんだ、てめぇ? 口出しすんなよ、無能力者が!」
「…………別にあんたらのやり方に口出しするつもりはない。だが、不測の事態に備えて、情報は共有しておいた方が――――」
「誰がてめぇにそこまで許したよ? 何様のつもりだ、ボケ!! お前はただ俺たちの後ろに引っ付いてきて、安全確認でもしてろや!!」
……聞く耳持たずか。
他の団員も皆、委縮してしまった。
仕方ない、これ以上の会話は時間の無駄だ。
最後に羽黒に向けて、ひとつだけ。
「……このダンジョンは異常だ。何が起こってもおかしくない。とにかく周りに注意を払え。異変を見かけたらまず観察、直ぐには近づくな。他の団員にも言い聞かせておけ」
「はぁ……? 何言ってんだ、てめぇ?」
これが今の俺に出来る、最大限の譲歩ライン。
これ以上踏み越えれば、争いは必定。
そんな面倒は御免被る。
「ちっ――!!」
去り行く俺の背中に、羽黒は大きな舌打ちが浴びせるのだった。
俺はダンジョンの片隅で、目を凝らす。
何か他にキャッチできる異変はないだろうか?
……このダンジョンの異常は、まだ序章に過ぎない。
するとその行いが、思いもよらぬ収獲を生んだ。
「……ん? あれは……?」
部屋の片隅。石壁の色が、他とは微妙に異なる。
ジッと見つめなければ気付かぬような、わずかな違いだが――間違いない。
「隠し部屋か……!」
走り出す俺の背を、数人の団員が追いかける。
俺は石壁をコンコンと叩き、音の違いを確かめる。空洞音が響く、間違いない。
「御剣、何をしている?」
遅れて到着した神代が怪訝な表情を浮かべるも、束の間。
石壁が、ゆっくりと動き出す。
「これは――――!!」
神代の顔に驚愕の表情が張り付く。
石壁の奥に現れた、小部屋。
そしてその中央に、宝箱だ――――
俺は慎重に小部屋の中へと歩を進める。
トラップは無いだろうが、念の為だ。
黄金に輝く、宝箱。
中を開ける――――
「…………レイピアか?」
箱の奥底に眠っていた、細身のレイピアを持ち上げる。
触れた瞬間、俺にははっきりと分かった。
「これは、ただの武器じゃないな……」
「私、鑑定できます! ちょっと見せて下さい!」
団員の一人が前に出て、両手をかざす。
青白く輝く光が瞬く間に、レイピアを包み込んだ。
「鑑定結果、出ました……! このレイピアは、魔道具ですっ!!」
椿が、息を呑んだようにレイピアを見つめていた。
触れてもいないのに、まるで何かを感じ取っているかのように。
その横顔が、妙に印象に残った。
――この時はまだ、その理由を考える事すらしなかったが。
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