第17話 違和感
――この日の攻略戦を、俺は後に何度も思い出す。
まるで覚めない悪夢の様に。
何度も、何度も、何度だって。
第一層――
イエローゲート攻略は久々だ。自然と気が引き締まる。
「早速道が三つに分かれてやがるな……」
三又路の中心で、神代は目を細める。
「神代隊長、どちらへ進みましょうか?」
「どれを選んだとしても問題はない。最終層へは全部繋がってるからな。踏破型とはそういうダンジョンだ」
「分かりました、ではこちらへ――」
「いや、待て…… 一番右だ。若干だが、生き物が通った跡が見える。モンスターの痕跡かもしれないから、あまり役には立たぬ考察だがな」
「はいっ、分かりました!」
神代はこのダンジョンに入る前、二つの目的を掲げた。
先遣隊の捜索と、ボスの討伐。
だが後者はともかく、前者にはあまりこだわるべきではない。
(踏破型はルートが複数ある。先遣隊と合流出来ないのも珍しくはない)
自分たちの通った軌跡を目印か何かで残しておけば、こんな事にはならぬのだが。悲しきかな、実力者の多い大ギルドほど、この初歩を軽んじる傾向にある。積み重ねられた成功経験……故の奢り、といった所だろうか。
コツコツと靴音を響かせ、部隊はダンジョンを進み行く。途中談笑を挟みながら、和気あいあいとした雰囲気だ。
ダンジョン攻略とは、元来こういう物であったかと思い出す。ソロで潜る俺にとって、それはあまりにも縁遠い光景だった。
「あの……御剣さん、でしたよね?」
「ん?」
部隊の後方で一歩離れて付いて行く俺に、何やら声を掛けて来た女。
「さっきの事……気を悪くしないでくださいね。羽黒さん、失礼なこと言っちゃってましたよね? 無能力者がどうとか……」
羽黒?
神代と言い合ってた、あの男の事だろうか?
「別に気にして無いですよ」
「なら良かった! うちのギルド、ちょっと癖の強い人が集まってるから…… エリスも、口ではああいってるけど、貴方の事をちゃんと認めてると思います。でなければダンジョンへの同行なんて、絶対の絶対に認めませんからね……!」
にこりと笑う女だが、残念ながら神代が俺を認めているなどという事は、天地がひっくり返ってもあり得ない。アレは藤堂の言葉を妄信してるに過ぎないな。
とは言え――
(わざわざそれを伝える為に、後方まで下がった来たのか……律儀なものだな)
「私、椿 桜子って言います! 今日は一日、よろしくお願いしますね!」
「桜子、何を無駄話している! 持ち場に戻れよ!」
「ごめんエリス! 今行く!」
椿は右目をぱちりと瞑り、そのまま部隊の前方へ姿を消すのだった。
第一層、終点――
特にモンスターと出会う事もなく、終点まで到着した。
(……モンスターの気配は無かったな。踏破型とは言え、ここまで空っぽなのも珍しい)
目の前にはでかでかとした、重苦しい扉。この先が第一層の終点だ。
踏破型のダンジョンは各層ごとに、エリアを護る守護者が存在する。この先に、待ち受けているはずだ。
「皆、気を引き締めろよ! 行くぞっ――!!」
神代の号令と共に、扉が開け放たれる。
中は暗闇――
暗黒の中で、蠢く紅い視線の数々。
部屋全体に、灯りが差す。
「陣形、構えっ――――!!」
視線の先、待ち構えるモンスター集団。
サラマンダーにリザードマン、エルフが入り乱れる、混成部隊だ。
そして、中でもひときわ目を引く強者――
ハイエルフが、こちらを見つめ嗤っていた。
(……ハイエルフ? コイツは他の種族とは、群れたがらないはずじゃ……? それに隊列まで組んで、足並みを揃えてる? ……あり得ねぇぞ、そんなのは)
「全軍突撃いいいいいっ――――!!!!」
「うおおおおおおおおっ――――!!!!」
敵を視認すると同時に、部隊が戦場に雪崩れ込む。
先ず突進するは、前衛の大楯持ち。
「さあ、どっからでもかかって来んか!!!!」
どっしりと構えた大楯に、リザードマンの剣撃が襲い掛かる。
「ふんっ、軽いなっ!! ――――援護、頼むっ!!!!」
「おうよっ!!」
大楯がリザードマンの注意を惹きつけると同時に、後方のパーティーメンバーが挟撃。
「おらよっと!!」
「がら空きだっ!!」
「ガアアアアアッツ――――!!!!!」
左右の剣に貫かれ、リザードマンは崩れ落ちる。
「へへっ、一丁あがりぃ!」
「おい、ワンテンポ遅れてたぞ! 次は完璧にあわせろよ?」
「わーってるって!」
ハイタッチを交わす二人。
流れる様なコンビネーション、これが帝国ギルドの力か。
「グギャアアアアアアアッツ――――!!!!!」
「ガアアアアアアアアッツ――――!!!!」
前方より、多数の雄叫び。
「おっ、始まったなあ!!」
皆の視線が一点に集まる。
視線の先には、A級探索者の神代・エリス。
「ふぅ…………」
神代の左手には、巨大なランスが握られている。
先端が赤黒く濡れ、周囲には無数の屍の山。
リザードマン、サラマンダー、エルフ、ハイエルフ。
いずれも、胴体にぽっかりと穴を穿たれて、地面に横たわっていた。
「さっすが神代隊長!! 圧倒的だなあ!!」
「正直、俺たちが出る幕ねぇよな……?」
「何言ってんの? さぼりたいだけでしょ、アンタ達? ちゃんと働きな!」
「へ~い」
積み上がったモンスターの骸を見つめ、神代は静かに目を細める。
部隊の後方には、腕組みしながら壁に寄りかかる男。
「けっ、下らねぇ。どんな大物が潜んでるかと思ったら、この程度かよ? あ~あ、つまんね」
羽黒だ。
どうやら、助太刀する気はないらしい。
欠伸をしながら、スマホを取り出していじり始めた。この男はいったい何をしに来たのだろうか?
(どうせオフラインのゲームでもしてんだろう……電波も無いのにな)
てな具合で、戦況は明らか。
「さてと、俺はどうするかなっと……」
特に何かをしなくても、問題なく戦闘は終わるだろう。
だが一応、やる気ぐらいは見せておいた方が良い。
後でさぼっていたとチクられて、報酬の魔道具を出し渋られる様な事態は避けたい。
殺すのに都合の良いモンスターが、近くにいないだろうか?
「…………じゃ、お前で」
「……ギャッ?」
たまたま目の前にいたリザードマンに、指を向ける。
腰の短刀を外し、ウエストポーチの毒を一振り――――
「――――死ね」
「グガッ――――!!!!」
そのまま胸を一突き。
刃先を引き抜くと同時に、リザードマンは血を噴き、仰向けで倒れた。
白目を剥き、泡を吹くリザードマン。ピクリとも動かない。
「…………ん?」
奇妙な感覚だ。
俺はリザードマンの骸に目を向け、ジッと目を凝らす。
徐々に毒が回り、肉が爛れて来た。
毒は正常に効いている。
だが、何だろうか?
この、違和感は――――
(俺の選定した毒で、この程度の反応か? どうにも感情が薄っぺらいな……?)
毒そのものじゃない。
もっと根っこの部分で、何かが噛み合っていない感覚だ。
「御剣さんっ!」
声でハッと我に返る。
目の前には、息を切らして興奮気味の椿の姿があった。
「凄いですね、御剣さん!! リザードマンをあんなにも簡単に倒しちゃうなんて! 団長が言ってた『ただものじゃない!』って言うの、本当だったんだ!」
はしゃぐ椿。
「それに無傷じゃないですか! 私の出番、なかったなあ……」
「出番?」
「そう! 私、ヒーラーなんです! 戦闘はあんまりだけど、治療系スキルって珍しいらしいから……」
苦笑いを浮かべながら、椿は腰に付けた剣をなぞる。細身の刀身、レイピアだな。女性でも扱いやすい、軽量武器だ。
「エリスの口添えもあって、帝国ギルドに雇ってもらえたんですよ!」
「……なるほどな」
「勿論、みんな怪我しないのが一番ですけどね! 御剣さんも、無事でよかったです!」
そう言い残すと、椿は先頭集団の元へと駆けて行った。
気が付けば、戦いは既に終わっていた。
「よっしゃ、楽勝っ!! スキルを出すまでもねぇ!」
「でもよ、先遣隊はいなかったよな?」
「別のルートで進んだんじゃねぇの? もっと先に行きゃ、そのうちどっかで合流できるだろ?」
「まあ、道は一個じゃないからな…… ったく……これがあるから厄介だよな、踏破型は……」
「大丈夫、心配すんなって! 守護者でこのレベルだろ? この程度のモンスターに、アイツらが負けるとは思えねぇって!」
守護者を撃破した事で、第二層へと続く扉が開かれる。
壁の一部がゴゴゴと大きな音を立てながら、ゆっくりスライド。小部屋が現れる。小部屋の奥には、下層へと続く階段があった。
「とりあえず、下に行くしかねぇよな?」
「なんなら、ボスを倒しちまった方が早いかもしんねぇな! どこにいるか分からねぇ先遣隊を探すより、そっちの方が手っ取り早いだろ?」
「それな!」
皆の心に、弛緩した雰囲気が漂う中。
ただ俺だけが、感じていた。
(……なぜ、ハイエルフが集団に混じってた? ハイエルフは本来、気高き種族だ。奴らは、他の種族を見下してる。共同戦線を張るなんて、絶対にあり得ない)
ダンジョンに充満する、厭な気配を――
この時の俺たちは、まだ知らなかった。
この違和感こそが、イエローゲート全体を蝕む「異常」の始まりだったということを。
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