第9話 江戸の遊郭
第九話 江戸の遊郭
愛留は部屋でテレビを観ていた。 “ポツ ポツ……” 雨音が屋根から聞こえてくると
「洗濯物を取り込まないと―」 愛留は慌てて庭に向かう
「なんでお母さんは出掛けているのよ~」 嘆きながら庭に出ると
『ズルッ―』 濡れたサンダルを履こうとして足を滑らせてしまった。
「いたた……」 愛留は江戸時代に来てしまったようだ。
「ここは……?」 愛留が見回すが、慎之介がいる時代にも見えるが馴染みの無い風景だった。
「ちょいと、珍しい召し物でありんすなぁ……」 愛留に話しかけてくる女性がいた。
「あの、すみません…… ちょっと転んでしまいまして」 愛留が恥ずかしそうにすると
「それにしても、どこの妓楼なんだい? そんな軽い召し物じゃ、客は来てくれないよ?」 女性がマジマジと愛留を見る。
「その言葉って、もしかして……」
「んっ? 何がでありんすか?」
その言葉に愛留が気づく。 「ここって何処ですか?」 「吉原でありんすよ。 お前さん、女郎じゃないのかい?」
前に観た映画だ…… 愛留は思い出した。 そう、ここは吉原。 江戸時代から昭和の前半まで続いた歓楽街であり
映画やアニメの舞台にもなっている場所である。
「あなたは……」 「ワッチ、音羽って言うんだ。 一応、あの見世の花魁なんだよ」 音羽は、見世(店)を指さす。
「凄いですね~ 綺麗だし、貫禄みたいなものがビンビンと来ます」 愛留は目を輝かせた。
「実は……」 愛留は行き先に困ってしまい、音羽に未来からやってきたことを話す。
「まぁ、そうでありんすか…… どおりで変わった召し物を着ているんだね…… ここじゃ目立つから、ワッチの店に来なよ」 音羽は愛留の腕を引っ張り、部屋に案内をする。
愛留が音羽の部屋に入ると
「わ~ 映画でも観た事のある部屋だ~」 感激で部屋じゅうを見渡す。
「面白い女性でありんすな~ それで、貴女は何処から来たんだい?」
「私は…… 今から三百年先からやってきたんです。 って言っても信じてもらえないですよね……」
「へ~ それで変わった召し物なんだね。 それなら納得だよ」 音羽はニコニコして愛留を疑う様子もない。
「信じてもらえたのですね。 それで花魁という職業ですと、華やかなイメージで音羽さんにピッタリですね」 愛留は会ったばかりの音羽に感激していた。
「そうだね…… 女郎は花魁を目指し、花魁は外に憧れを抱くのさ。 花魁となれば華やかな感じだけど、所詮は吉原の中だけ。 常に病気などの恐怖と戦っているのさ……」
愛留は話しを聞きながらスカートを強く握った。
「花魁ともなれば、稼ぎも多くてモテるでしょうし…… 自由なイメージがあったのですが」 愛留は映画の中でしか遊女を知らず、簡単な質問をしてしまうと、
「愛留さんの時代は自由の恋愛が出来るのかい?」
「はい。 デートと言って、一緒に出掛けたりもしますよ」
「そうなんだね…… ワッチら女郎は借金として吉原に居るのさ。 子供だったワッチは、禿として売られ成長して花魁になった。 親の借金、禿の時の生活などの全てが借金でね…… 今でも返しているんだ。 そんな花魁に自由なんかないわ。 ワッチも愛留さんの時代で自由に暮らしてみたいもんさ……」
こう話す音羽は寂しそうな顔をする。
「音羽さんは好きな男性が居るのですね……?」 愛留は音羽から何かを感じ取ったようだ。
「まぁ 居るんだけどね。 ワッチを買うことも出来なければ、身請けなんて夢のまた夢でありんす……」
花魁を身請けするのは大量の金が必要になる。 この時代、花魁を身請けするには現代の三千万くらいの料金が掛かってしまう。
遊女と呼ばれる者が吉原を出る方法は二つ。 身請けされるか、死ぬことである。 それまでは働き続けなければならない。
そして愛留が黙ったまま時間を過ごしていると、
「愛留さん、良かったら花魁の格好をしてみない?」 音羽は笑顔を見せる。
「えっ? いいんですか? 実は花魁のコスプレをしてみたかったんです♪」
「こすぷれ?」 一瞬、音羽が固まってしまうが
「これを……」
愛留は恐る恐る着替える。 そこには綺麗な衣装で身を包んだ愛留が立っていた。
鏡で見せてもらい、自身の姿を見ると
「ヤバい…… このまま持って帰りたい……」と、呟く。 これには音羽も驚いたが、笑顔になって
「綺麗ですよ、愛留さん……」 誉めてくれた。
「ありがとうございます」 愛留は感謝しながら服を着替える。
そして着物を戻そうとすると、
「あっ―」 愛留は着物の裾を踏んでしまい、転びそうになると
“チリンッ―” 鈴が鳴ってしまい愛留は現代に戻ってしまった。
「あんれ…… 消えた」 音羽は唖然としてしまう。
現代に戻った愛留は、 「いたた…… まったく幸せな時間だったのに~」落ちてきたのは愛留の自宅の前の道。
「誰にも見られなくて良かった~」
すると、若いカップルが愛留の前を通る。 愛留は気にせず服のホコリを手で払っていると
「すみません……」 カップルの女性が話しかけてくる。
「はい……」 愛留が返事をした瞬間、
「やっぱりそうだ! 私、覚えていますか?」 女性が聞いてくる。
「いえ……」 愛留がポカンとしていると、
「この時代に来て良かった。 こうして好きな人と自由に歩けるんですよ」
女性はニコッと笑うが、愛留はピンと来ていない。
「私、前世の記憶が残っているみたいで…… この時代は夢のようでありんす……」 女性が話すと、ニコッと微笑んだ。
「まさか……」 愛留が目を見開くと
「おーい、どうした~?」 カップルの男性が声を出す。
「今、いくね~」
「じゃ、お元気で」 女性は彼氏のもとに走っていった。
(まさか音羽さん…… 自由に恋愛が出来ているのね……)
愛留は嬉しさから、笑顔で自宅に戻っていくのであった。




