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おくりかえすひと――異世界帰還者を送り返す仕事  作者: 活呑
第一章 おくりかえすひと

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第3話 英雄だった人


倉橋がその言葉を聞いたのは、午前の終わりだった。


「……英雄?」


書類を差し出しながら、後輩が小さく笑った。

別の課の女性で、倉橋より一回りほど年下だ。性格がいい、というのが一番しっくりくる。仕事に対しても、人に対しても。


「都市伝説みたいな話ですけど。異世界から帰ってきた英雄がいる、って」


倉橋は書類を受け取り、目を通すふりをした。

内容はどうでもいい。案件はもう把握している。


「噂話だ」

「ですよね」

後輩はあっさり引いた。


納得したというより、これ以上踏み込まないと決めた顔だった。


倉橋はそれを、少しだけありがたいと思った。


⸻


英雄だった男は、倉橋より少し年上に見えた。


街外れの簡易面談室。


男と、倉橋は机を挟んで座る。

犬が足元で伏せていた。


椅子に腰掛けたその男は、背筋が伸びている。軍人のようでも、スポーツマンのようでもない。ただ、無駄な動きがなかった。


「……もう、戦う必要はないんです」

男はそう言った。


男の視線や所作、威圧感が、倉橋の肌をピリつかせる。


「こっちの世界は、静かでいい」

男は穏やかに笑った。


倉橋もつられて笑いそうになって、止める。


能力は、ほとんど残っていない。

剣も魔法もない。

だが、問題はそこではなかった。


扉の外で、誰かが立ち止まる音がした。

一瞬の静寂の後、

足音が遠ざかって行った。


「送還対象です」

倉橋は、いつも通りに告げた。


男は驚かなかった。

「……そうですか」

少しだけ、肩の力が抜けたように見えた。


⸻


廊下で、後輩に会った。

倉橋を見つけ、軽く会釈をする。


その視線が、面談室の方を一瞬だけ気にした。

「さっきの人」

言いかけて、言葉を選ぶ。

「悪いこと、してませんよね」

倉橋は立ち止まらなかった。


「していない」

「英雄だったって……」


そこで、後輩は口を閉じた。


問いを投げきれなかったのではない。

投げてはいけないと、自分で判断した顔だった。


倉橋は歩きながら、短く言った。

「英雄だった。それが問題だ」

後輩は、それ以上何も言わなかった。


⸻

送還は、いつも通りに行われた。

魔法陣。

帰還紋。

エネルギーの供給。


男は立ったまま、倉橋を見た。

「……また、誰かを助けられますか」


倉橋は答えなかった。


光が収束し、男の姿が消える。


部屋から重みだけが削り取られた。


静かだった。


⸻


事後処理を終え、廊下に出る。

後輩が、まだそこにいた。

「あの……」

声をかけて、首をかしげる。

「さっきの人、誰でしたっけ?」


倉橋は、ほんの一瞬だけ考えた。


「案件だ」

後輩は、曖昧に笑った。

「ですよね。変なこと聞きました」

そう言って、去っていく。

歩きながら、彼女は何かを思い出そうとするように、眉を寄せていた。


⸻


帰り道。

倉橋の足元には、犬がいる。

白くて、大きい。

今日は散歩に行けた。

空気は重くない。

ただ、何かが一つ減った。


倉橋はそれを、振り返らなかった。



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