第22話 送還申請
職場に帰ってきた倉橋を出迎えたのは、犬だった。
珍しく足下をくるくるとまわって、においを嗅いでくる。
はしゃいでいるわけではない。
何かを確かめるような動きだった。
もう昼過ぎだというのに、
上司は席にはいない。
PCを立ち上げる。
例の、明日の報告書。
書式に異常はない。ただ、ここにある。
おそらく――自分にだけ届いている。
犬がデスクに前足をかけて、PCを覗き込んだ。
普段はしない動きだ。
犬はいちど倉橋の方を見て、
そのまま椅子の下に寝そべってしまった。
誰が送ってきたかが問題じゃない。
倉橋自身がどうするかの問題だ。
そしてこれは――仕事だ。
感情は定まらない。
それでも、やるべき事は見えていた。
書きかけだった初見世界への送還申請書を開く。
数秒、画面を見つめる。
そして、続きを書き始めた。
送還場所 会議室A
同席者 白木悠斗
送還対象者 有森優希
内容を確認して、調査班の課長、自分の上司、あとは白木に送信する。
普段なら宛先は上司のみでいい。
今回は調査班へ仁義をきる。
「さて。あー・・・あ、あ、ん」
久しぶりに声を出す気がする。
交渉用の他所向きの声。
これから彼女に、有森優希に会いに行かねばならない。
感情はフラットになっている。
送還相手の事を考えて辛くなる感情は、ずいぶん前に摩耗してしまった。
その筈だ。
いつもの帽子。
いつものコート。
社内のどこかのフロアにいるだろう。
外出ではないが--儀式みたいなものだ。
倉橋は犬と目があった。
すでに立ち上がり、準備万端のようだ。
「いくか」
一人と一匹は、静かに席を後にした。




