第21話 帰還紋のログ
「帰還紋のログチェックだって?」
上司の声には呆れが混ざっていた。
今までするように言われて一度もやってこなかったのだから、それも仕方ない。
倉橋は答えなかった。
帰還紋のログは、確認する必要がない。
送還したものは、すべて覚えている。
忘れたことは、一度もない。
「まぁ、一種の健康診断か…行ってこい」
しっしっと手を振る。上司はこれからネット麻雀の時間だ。
ログの確認に使う設備は、調査班のいる建屋にあった。本来は、主に彼らのための設備なのだ。異世界に行くこと、帰ってくることのリスクはそれほどに高い。
倉橋は書類を持って窓口へ向かう。
犬は今回職場で留守番だ。
窓口で書類を受け取った事務員は、こちらへ、と感情もなく部屋へと案内してくれた。
途中、水色の髪の子が、バインダーをもってちょこちょこ歩いているのとすれ違った。
有森優希だ。
「ソウカンガカリさん! あなたも検査ですか?私もなんです」
「えぇ、まぁ」
「こういうの初めてで、ドキドキしました」
「そうですね、初めてだと驚きますよね」
「はい!
あ、白木さんが待っているので行きますね
この後、外にカレーを食べに行くんです」
軽いお辞儀。
あの年頃の女の子より幼く感じた。
倉橋は軽く手を振り、検査室へ。
予想外の遭遇に、少し緊張する。
ゴテゴテとした巨大な計測装置のある部屋。
どれも白一色でまとめられ、どうにも落ち着かない。
ログの読み取りが始まった。
紋様の刻まれた異世界サンプルが近づけられる。
帰還紋の一部が熱を持ち、ぼやっと発光する。
倉橋の脳裏に送還時の光景が浮かび、それがモニターに映し出される。
日時、場所、名前。
およそ報告書に書いている内容の全てが、そこにはあった。
忘れていない。再確認にもならない。
とくん、と、帰還紋が脈打つ。
記録の読み取りは続いていく。
突如、送還した覚えのない姿が浮かんだ。
女性。
よく知った顔。あの報告書の人。
そんなわけがない。
帰還紋に記録があるのだ。
日時は、昨日のあの時。場所も一致。
竜を送還したあの一件。
心臓の鼓動が早くなった。
記録にあるが、送還したのはコレじゃない。
女性の顔と、竜の顔がダブって見える。
巨大な竜。
帰還紋は間違わない。
少なくとも、これまでは。
送還対象:上村千早。
……あの報告書の通り。
しかし、あの時の消耗は人を一人送還した時のものではなかった。
送還先のログが表示される。
見覚えのある世界名。
白木の報告書で何度も見た名前。
上村千早が消えた世界。
有森優希が来た世界。
――同じ、世界。
ズキっと、帰還紋に痛みが走る。
ログの読み取りが続いていた。
脳裏には何も浮かばない。ただモニターに化けた文字が羅列される。
日時、明日の※※時。場所◻︎◻︎。
送還対象:有森優希
未来の、記録の無いはずの紋が、そこにあった。
そこで、ログの読み取りは終わった。
右腕が異様に重い。
見るべきものが、定まらない。
設備の係に礼を言って、ログの書類をもって部屋を退出する。
訳の分からないことだらけだが、
それでも決断が必要だった。




