第20話 竜の報告書
倉橋はいつもより早く目が覚めた。
まだ暗い。
時計を見るまでもなく、いつもの時間ではないと分かる。
二度寝の誘惑はあったが、隣に犬がいない。
手を伸ばしてみる。
冷たい。しばらく前から、そこにはいなかったらしい。
倉橋はゆっくりと上体を起こした。
部屋は静かだった。息の音だけがある。
そっと布団から出る。
床の冷たさが、夢から現実に引き戻す。
犬は窓のそばにいた。
外を見ている。何かを待っているようにも見えるし、何も見ていないようにも見える。
「行くか」
返事はない。
だが犬は振り向き、静かに近づいてきた。
倉橋は散歩の準備を始めた。
昨日濡れたスーツが、椅子に掛けたままになっている。買い物袋に、無造作に放り込む。
外に出ると、空気は冷たかった。
夜と朝のあいだ。
まだ誰のものでもない時間。
犬はいつも通り歩き出す。
倉橋も、その後に続いた。
散歩の帰り道、倉橋はクリーニング店の前で立ち止まった。
まだ開いていない。
開店時間を確認する。
あと一時間。
倉橋は何もせず、そのまま通り過ぎた。
急ぐ理由はない。
遅らせる理由もない。
ただ、歩く。
犬の歩幅に合わせて。
その日の出社は当然早かった。
職場にはまだ人がほとんどいない。
PCに電源を入れ、起動を待つ。
昨日のままであれは、有森優希の報告書が映るはずだが、今朝は違った。
昨日の竜の報告書。
日時、場所…間違いない。
送還対象者:上村千早
倉橋の視線がそこで止まった。
いつものノイズではない。脳が理解を拒んでいる。
送還者には、倉橋の名前。
あの竜が?
白木はこれを……いや、知らないはずだ。
では有森は…?
犬が膝に乗りかかってきた。
倉橋はモニターの電源を切った。
上司を待つ時間の長さは、コーヒーを冷たくするのに十分すぎた。




