閑話(4):悪神と秘剣
ライが去り、それを追ってサリが駆け出した後。
残った状況を見て、コゴネルはため息をついた。
「追っていきたいのは山々だが……誰か追える奴、いるか?」
「無茶言うなよ。今回はさすがに重傷だぜ……」
バグルルが答えた。
実際、ハルカは足を骨折、ミーチャは力を使い果たし、バグルルはゴレムの攻撃で大ダメージ、コゴネルも同様。五体満足なのはテンだけだが、彼に直接戦闘能力は期待できない。
「とにかく、撤退だ。このアジトは罠だった。俺たちはまんまとしてやられたんだ。
バグルル、大治癒は使えるか? 最低限のダメージは回復しておかないと、出口まで保たないぞ」
「もう自分には使った。が、それでも完全回復とはいかん。しんどいぜ……っと」
よろよろと立ち上がるバグルル。
「しかし、サリのありゃあ、なんだ? バルメイスは『邪格』とか言っていたが……」
「それについては、ここで考えても仕方がありません」
ハルカが言った。
「ライナー少年の言う通り。この場合、センエイが最も効果的な手を打てるでしょう。
さしあたり、私たちが解決すべきは別の問題になります」
「あん? なんだ、まだ問題があるのか?」
「それはそうでしょう。あれを見てください」
言われて、コゴネルはハルカが指したところを見て、
「――嘘だろ」
『お、おお、おおおおおおおおおお!』
剣が吠える。
その横に、ゆらりと揺れる光でできた人のようなものが現れ、地面に刺さった剣に手をかけ、引き抜いた。
『なんという、なんという屈辱。このバルメイスが、あのような小僧に……!
許せん、許せんぞ、ライナー・クラックフィールド! 殺してやる、殺してやる……!』
「剣が人型の神力を構築してる!? そんなのありかよ!」
「まあ、神話呪物ですから」
ハルカは意外と冷静に言った。
「そのようなこともあります。困ったことですね」
「のんきに言ってる場合か!」
『よし、ならばせめて貴様らのうちひとつ、一時的な借宿として肉体をいただくとしよう。それを使ってライナーを打ち殺す。
残りは不要だ。皆殺しにしてくれる!』
「くそ、来るぞ、構えろ!」
コゴネルは言ったが、相変わらずハルカはのんびりと、
「その必要はないでしょう。――そうですよね、シン?」
「!?」
ハルカの言葉と共に、しゃん、と、軽く鈴を鳴らすような音がして。
そして、その男は姿を現した。
「お見通しか。やはり君は賢者だな、ハルカ」
「こうまで無様に騙された後では皮肉にしかなりませんよ、シン。
確認ですが、任せてよろしいので?」
「ああ。お膳立ては十分だ。
妖術師の意図は、あの剣からライ氏との契約を除去した上で確保すること。ついさっき、ライ氏が剣の放棄を『宣言』したことで、それは誰も傷つけずに実行可能になった。
――『君らを傷つけることなく、妖術師との契約を果たす』。苦労したが、なんとか実現できそうでほっとしているよ」
『できると思っているのか?』
バルメイスが不快げにうなる。
『ぱっと出の魔人ごときが! たかだかカイ・ホルサの力を継承している程度で! このバルメイスに、立ち向かえると思っているのか!』
その言葉を聞いて、シンは苦笑した。
「なるほど、やっぱりそうか。君、バルメイスではないな?」
ぎちり。
空間が、軋んだ音を立てた。
シンは挑発的に口元に笑みを浮かべて、続けた。
「さっきから気になっていたんだよ。まるで童話の中の悪役みたいな安っぽい暴力と殺意を振りまいてたからさ。僕の知る――カイ・ホルサ神が知る、神話時代のバルメイス神とはまるで別人だ。
その上、いまの言葉だ。いくらなんでも『秘剣』カイ・ホルサにそんな暴言を吐くなど、バルメイス神ではあり得ない。彼の記憶を少しでも継承していたなら、そんな暴言は吐けないよ」
『黙れ』
「黙らない。覚えてないんだろう? カイ・ホルサのことを。だったら君はバルメイスじゃない。もっとずっと安っぽい、まがい物だ」
ばつん!
音がして、シンの頬が少しだけ切れた。
ひゅう、とシンは口笛を吹く。
「驚いた。この状況でも攻撃をかすらせることができるのか。
となるとこれは秘神断裁だな。存在はまがい物でも神威だけは本物とはね」
『貴様、我が技を……! 馬鹿な、かわせるはずがない!』
「かわせるさ。ここは燎原だ。幻覚と現実が入り交じる魔境――ここでしか使えない奥義を、僕はたくさんストックしている。
そして、やはり君はバルメイス神ではないな。バルメイスがそんなことを知らないはずがないのだからね」
『……っ』
シンはのんびりと、バルメイスから目を離して、魔人たちを見回した。
「僕も専門家ではないからね。現状、このまがいものが何者なのかについては、あまりよくわかっていないんだが……
落ち着いたら、ハルカ。君のような専門家から、いまのバルメイスの状態についてきちんと講釈を受けたいところだね」
「……その機会は訪れないでしょう、シン。いかなる手心を加えようと、あなたは我々を裏切りました」
「耳が痛いね」
シンは言って、それから一歩、バルメイスの――否、バルメイスを名乗る何者かの方へ、歩を進めた。
「では退きたまえ、魔人諸君。
ここから先は神話の戦い。『秘剣』カイ・ホルサが誇る絶技が、あの偽りの神としのぎを削る時間だ」




