七日目(9):悪神と虐殺者、そのいち
「コゴネル、テン。あなたたちが一番軽傷よ。負傷者を集めて撤退して」
サリは言って、静かに俺を――バルメイスを見据えて、短剣を構えた。
バルメイスは不快そうに、
「なんだ貴様。人の獲物を横から……不愉快な」
と言って、剣を構える。
サリはいつもの、なにを考えているかよくわからない、どこか眠たげな目でバルメイスを見て、
「わたしの身体には、魔物が潜んでいる」
と、言った。
「……で?」
「魔物はわたしの身体を乗っ取ろうと、機会を見ては暴れ出す。だけどわたしは毎回、意思の力で閉じ込めてる」
「だから?」
「そのたびに、魔物はわたしの中に潜伏して、力を貯めて……その結果、また少しだけわたしの身体を操れるようになって暴れ出す。それで力関係が逆転することはないけど……」
「それで?」
「そういうこと」
サリは言って、一歩前に出た。
その身体の周辺には、すでに彼女の短刀――千手観音が、浮いているのが見える。
(…………。
そういうことか)
「なにを言っているかはわからんが……」
バルメイスは言って、剣を構えた。
「敵対する意思がある。その理解でよいのだな」
「…………」
「あいわかった。その身の魔物ごと、ここで朽ち果てよ。女」
次の瞬間。
ばぢん! と音がして、バルメイスの伸ばしたイェルムンガルド外殻がサリの短刀のひとつとぶつかり、互いを弾き飛ばした。
「――防いだだと!?」
「陣形『針千本』実行!」
叫んで、サリは突進する。
バルメイスはあわててかわしながら剣を打ち振るう。だが、直接打っても同じ。
攻撃は短刀の一本を弾き飛ばすのがせいぜいで、その一本もすぐに復帰してしまう。
「まさか魔法剣――しかも、最上級のものか! こしゃくな!」
バルメイスは大きく後ろに飛び下がるが、サリは厳しく追いすがろうと……して、次の瞬間にはまるで瞬間移動のような素早さで、広間の入り口付近まで飛び下がった。
次の瞬間、ゴレムが吠えた。
「まだ動くだと!?」
残った神力をすべて消費するかのように、あたりの地面を、天井を、ゴレムの部品が乱打する。
バルメイスはうっとうしそうに目を細め、
「ならばこれを食らえ! 幻日!」
叫ぶと共に、ゴレムの身体が今度こそ、完全に木っ端微塵になった。
サリはその瞬間を見逃さず、突進してきたが、途中で止まった。
「……!? 陣形『盾結界』実行!」
「死ね! 地割刺域!」
大地の槍が四方八方からサリに突き刺さり、それをサリの短刀が発生させたバリアが弾く。
それを見届けて、サリは息をつき、
「ふん!」
「!」
がつん、と、神剣とサリの短剣がぶつかり合う硬質な音が響いた。
バルメイスは、必殺技を放った直後、即座に距離を詰めてサリに斬りかかったのだ。
隙がない――あらためて、このバルメイスのスタイルの強さを感じる。
必殺技にほとんど隙がない。連発もできるし、その後に行動制限がかかるわけでもない。
だが、それ以上の問題は。
「……っ」
「はは、馬鹿め! 神の威光に直接当たって、魔物と同化した貴様の身体が保つと思うのか!?」
バルメイスの言う通りだった。
サリの身体から、煙が上がっている。魔物に近い彼女の身体にとって、バルメイスの神力は毒なのだ。
「だ……め……」
「ははは、いいぞ女! その苦しみに歪んだ顔は俺の溜飲を下げるのに絶好だ! もっと苦しむがよい!」
「出てくるな……いま……いまは……」
「な、に?」
様子がおかしいことに、ようやくバルメイスは気づいた。
サリの身体から吹き出す煙が、どんどん黒く。
どんどん禍々しく――なっていく。
「なんだ、これは……邪格!?」
バルメイスが動揺して、一歩たじろき――
いまだ。
「どっ、せーい!」
『な、なにいいいいいいい!?』
俺――ライナーは、バルメイスの神剣を思いっきり放り投げた。
そう、サリが最初に投げかけた言葉、あれはバルメイスに対してではなくて俺に対しての言葉だ。
最初に、俺は少しだけ言葉を上げることができた。つまり、身体の主導権を、一時的に取り返すことはできたのだ。
なら、力を貯めて不意をつけば、剣を放り投げるくらいのことはできる。それを、サリは伝えてくれたのである。
ふう、と、俺は吐息。
「ようやく取り戻せたよ、俺の身体。ったく、迷惑な剣だな」
『貴様、正気か!? この俺を放り投げるなど――』
「いや、もういらんよおまえ。持ち主を乗っ取る剣なんて迷惑なだけだし」
『貴様の力が失われるのだぞ!』
「俺の力じゃなくておまえの力だろ。
まあ、それももう不要だ。ゴレムは倒したしな。後はここでおまえと縁を切って、二度と呼び出さなければいいだけだ」
『き、貴様……!』
わなわなと剣が震える。
俺は剣から目を離して、サリに目を向けた。
「遅くなって悪い、サリ」
「ら、い――」
サリは、ごうごうと出てくる黒い煙を見て、悲しげに首を振った。
「だめ……止められそうにない……逃げて!」
「ああ、逃げるさ!」
俺は叫んだ。
「逃げて地上に出る! 出れば――センエイがいる!」
「あ……」
「あいつなら必ずなんとかしてくれる! だから、おまえも諦めるな! 必ず助けてやるからな、サリ!」
言って。
俺は、走り出した。




