七日目(10):悪党、逃げ帰る
「うおおおおお! 間に合ええええええええ!」
必死で地上に向けて走りながら、俺は叫んだ。
当然ながら見えないのだが……感じ取れるのだ。ヤバいものが、背中の方から迫ってきていることが。
サリがいま、どういう状態なのか。当然ながらまったくわからないが、とにかくヤバいことだけはわかっている。
「だけどこっちにもすばしっこさには自信があってな! 逃げさせてもら、ってうわ!?」
どごぉ! とすさまじい勢いで、俺のすぐ脇を駆け抜けたなにかが壁に激突した。
「るうううううううっ……うううううううぅ……」
「……うおおおおおおお!」
逃走を再開する。
サリだった。そしてすさまじい速度だった。
あんなものから逃げられるわけがない。だが、目測を誤って壁に激突した。いや……
(俺と同じだ……サリが、中で抵抗してるんだ!)
「くそ、だからといってあのスピードじゃ逃げられねーぞ! どうする!」
俺が思わず叫ぶと、
「騒がしい小僧だな」
言葉とともに、ぱん、と音がして、後ろでなにかが激突した。
「――なんだ!?」
『拙だ。少年』
「トゥトか!?」
『然り』
トゥトは、見覚えのある黒装束に、加えて黒頭巾まで被った本格的な忍者スタイルで、うなずいた。
『相手が話のわかる者で僥倖。この危急の時、一時的に共闘が成立した』
「共闘って……」
「話は後だ、小僧」
走る俺たちに併走する、獣人族の男。
「サリが暴走しかかってやがる。いくらこの燎原だからって言っても、俺じゃ止めきれん。どうする?」
「表まで逃げれば、センエイって知り合いがいる。あいつならなんとかなるかも」
「――『偽物』のセンエイ・ヴォルテッカか。
なるほど、悪くない賭けだ。では俺は足止めを担当する。全力で地上に戻れ。急げ!」
「ああ、助かるぞおっさん、また後でな!」
「おっさんって言うな!」
叫んで、獣人は身をひるがえした。
すぐに、後ろで壮絶な打ち合いの音が始まる。
「どのくらい稼げるかな?」
『さすがにそう長くは保たぬだろう。相手はサリ・ペスティだ。
急ぐぞ少年。貴殿が抜け出さないことには話が始まらぬ』
「ああ!」
うなずいて、俺は走る。
道は一本道ではなかったが、おそらくは侵入者を迷わせることに特化した造りになっていたのだろう。その上、主要な罠はサリが解除している。すぐに洞窟の出口が見えた。
「この後はどうする!?」
『あの獣人と合流を待って、破幻術をかけて一気に燎原を突破する。
破幻が始まったら、少年はすぐさま陸地に向かって一直線に駆けろ。その際、『幻は消えろ』と強く念じるのだ。さすれば帰還は果たせよう』
「了解!」
俺たちは洞窟から飛び出し、そして。
「……森!?」
『さよう。どうやらこの短時間に、幻術の様相が落ち着いたものに変化したようだな。
もちろん危険ではある。油断するな、少年』
「で、どっちに行けばいいんだ?」
『破幻の瞬間までは陸が見えん。壊れた瞬間、一瞬だけ見える陸を認識してすぐに駆け出すのだ』
「けっこう難しいな!」
と、後ろから激しい打撃音。
「悪い、限界だ! もう来る!」
「待ってたぞおっさん! 破幻って奴、頼む!」
「わかった! 陸に走るぞ!」
獣人のおっさんはそう言って印を結び、
「砕けよ、幻想!」
ガラスが割れるような凄絶な音と共に、周囲の光景が爆発四散する。
俺は、さっとあたりを見回し、
「こっちだ! 急ぐぞ!」
叫んで、走る。
しゃりじゃりじゃり……と、幻覚が再生していくのを、足下の気配で感じる。
(閉じ込められたら、逃げられない……!)
「幻、消えろおおおおおおおおおおっ!」
叫んで、俺は駆け抜け。
たっ、と、陸に上がった。
が、まだ足は緩めない。そのまま駆け抜ける。
「センエイ!」
「お、おかえりライくん。早かったね」
「おかえりーライ兄ちゃん。え、あとトゥトだけ?」
「いや、なんか見慣れない獣人がいるけど……後はどうした?」
「のんきに言ってる場合じゃねえ! 後ろを見ろ、俺の後ろ!」
「へ?」「あん?」
マイマイとペイは言われたとおりに俺の後ろを見て――あんぐり、口を開いた。
「なんだ、ありゃ……サリ?」
「結!」
センエイが叫ぶ。
まさに陸にサリが上がろうとした、その瞬間だった。サリの身体が瞬時に硬直する。
そして、あたりに大きな魔方陣が浮かび上がった。
「やれやれ、予想していた展開のうちではあるが……
この罠をサリに使うのは、やりたくなかったなあ!」
台詞とは裏腹に笑顔で、センエイは見上げた。
宙づりになった状態で――なにもない空に、サリの身体が浮かび上がっている。
その表情には生気がなく、どす黒い妖気のようなものが体内から溢れている。
「なんだ……なんなんだよ、これ。サリはどうしたんだ?」
「サリ姉ちゃん……なにがあったの?」
不安げに言うマイマイ、そしてペイに対して、センエイは答えた。
「知らないってこともないだろ? 神話の時代から、我々はある意味、これに対処してきたと言っていいんだから」
「じゃあ、まさか……」
「ああ」
センエイは獰猛な笑みを浮かべながら、うなずいた。
「あれが魔王という奴だ。我々の敵、神話の敵対者、魔物たちの発生する根源――魔人と言われる我々がずっと戦ってきた、恐るべき災害だよ」




