五日目(6):悪党、竜母と出会う
「ナーガ?」
俺の言葉に、ちっちっちと舌を鳴らしてその生き物は言った。
「違いますよバルメイス神。わたくしのフルネームはナーガラジャ・ランガラクザン・ホルテリコゥ・モトイ・ナクラス・パリアシテラ・コルマラグプタです。いい加減覚えてくださいよ」
「無理に決まってんだろ。あと俺はバルメイス神じゃないって。たまたまバルメイスの神剣を受け継いだだけの別人だ」
「いやあホントそこはよかったですね! 別人でなかったらもう斬り殺されてたかもしれませんし!」
「どんだけ暴れ神だったんだよ、バルメイス……」
「実際わたしの尻尾がこれだけ短いのも、大昔に根元から切断されたからですからね……なんとか、なんとかここまで復活しましたけど……」
「いや、そうは言うけど尻尾けっこう長くない?」
俺はジト目で言った。
ちなみに尻尾の長さは、だいたい俺の足の長さの倍くらいある。十分長い気がする。
カシルはまだうさんくさいものを見る目で、
「本当に力ある竜母なのか……? 私でも斬れそうだが」
「ひいい超怖い人がいる! 助けてくださいバルメイス神!」
「いや、大丈夫だから……っていうか、ジロロとは面識あるんだろ? 俺たち、あの集落を目指してるんだよ」
「ああ、あの御方ですか。そういえばそちらの大巨人さまは、ジロロさまと似た雰囲気をお持ちですね。眷属の方ですか?」
「あ、あはは……まあ、そんなところです……」
適当にごまかすキスイ。
どうやらこの竜母ナーガ、女王という大巨人をまったく知らないし、認識もできないらしい。ここまでの会話でそれを悟った俺たちは、あまり深いことには突っ込まないようにしてごまかしていた。
「ともあれ、ジロロ殿からはあなたの庇護を受けて集落に帰るように言われている。案内をお願いできないだろうか、ナーガ」
「えー」
「……えー、とは?」
「そこまで親しくないのにいきなり名前を短縮してくる失礼な人は、ちょっとー、いただけないっていうかー」
「ではなんと呼べと?」
「そうですねー。フルネームはさすがに長いので、ナーガラジャ・ランガラクザン・モトイ・ナクラス・コルマラグプタでどうです?」
「いや十分長すぎる。私には覚えられん」
「ではもう少し削ってナーガラジャ・ランガラクザン・モトイ・コルマラグプタでは?」
「んー、もう一声!」
「お客さん商売上手ですねえ。じゃあナーガラジャ・モトイ・コルマラグプタでいかがです?」
「……別にナーガでいいだろ、減るもんでもなし」
「よく考えたらそうだな」
「ひどっ! ひどいですバルメイス神となんかよくわからない人! あなたたちには人の心がないんですか!?」
「いや、だって明らかにこっちをからかってるだろおまえ。そういうのいいから」
俺はふたたびジト目で言った。
気が弱かったくせに、ある程度安全が確保できたとなると急に饒舌になる。へんな奴……いや、へんな竜である。
「うわーんいじめられたー! 助けてください大巨人さま!」
「え、ええと……その、それでナーガラジャさまは……」
「あ、べつにナーガでいいですよ長いですし」
「やっぱりいいんじゃねえか!」
「あの、わたしたち、この巣を抜けて集落に帰りたいのですけれど。道をお教え願えますか?」
「構いませんが……え、ここからですか?」
「なにか問題でも?」
「いえ、どう行っても洞窟緑竜の巣を通ることになりますので……あまりおすすめできないというか……」
「マジかよ」
竜母の庇護下に入ったはいいが、問題はかえって山積していた。
「ていうか、敵が手を出せなくなるのって、単純に洞窟緑竜が多すぎて侵入できないって意味じゃないだろうな……?」
「なぜか集まってきちゃうんですよね、あの子たち。私はなにもしてないんですけどねー」
あっけらかんとナーガ。
「ええと、洞窟緑竜を説得とかは……?」
「あー、ジロロさまはなにかの神秘でできるみたいですけど、私は無理ですねー。そもそもあの子たち、言葉通じませんし」
「…………」
竜母の秘術とかに期待した俺が馬鹿だった。
「よし、じゃあとりあえず、順路だけ教えてくれ。なるべく安全なルートで頼む」
「いいですよー。途中まではご案内しますので、後はがんばってください。まあ、バルメイス神ならいざとなったら竜をずんばらりんしちゃえばいいんじゃないでしょうか」
「いや、おまえ同族だろ。それ許容範囲なの?」
「同族じゃないですよ。私は洞窟緑竜じゃありませんし」
「……そ、そう」
竜の世界はよくわからない。
「まあ、ともかく方針は定まった。行こう」
カシルが言ったが、そこでナーガが唐突に言った。
「あ、ただしバルメイス神、こちら老婆心ですが」
「ん? なんだ?」
「なんだか呪い? 穢れ? みたいなものが、御身の周囲にただよってますよ。なにか呪術でも受けたのでは?」
「え、マジ?」
「んー、たぶん。お祓い受けといたほうがいいんじゃないですかねえ」
「お祓いって……」
「それならわたしに任せてください。これでも祭り役、しかも『生贄』ですから。だいたいの呪いには対処できます」
キスイが言った。
俺は少し考えて、
「よし、そんじゃ頼むわ」
と言った。
後から考えると、ここが分岐点だった。つまり、このお祓いをもし受けてなければ、今後の展開はまるで違ったものになっていただろう。
しかしそのときの俺は、それに気づいていなかった。というか、ナーガの人格と役立たずっぷりに目を奪われ、その裏で起こっていることをまったく見逃していた。
いくらナーガが見た目ダメダメだったとしても、竜母である。力ある竜との接触がなんの影響も与えないなんてことは、まずあり得ないのだ。
とはいえ、その話はもう少し後になったときのこと。
この時の俺は、
「っていうか、この道も竜ばっかりじゃん! どこが安全なルートだ!」
「ライナー、無駄にしゃべるな! 体力を浪費すると死ぬぞ!」
「ライさまこちらです! この吊り橋を渡れば一息つけるかと!」
このように、目先の対処で手一杯だったのである。




