五日目(7):決戦? 洞窟の緑竜
「ええい、きりがないな!」
毒づいたカシルの言葉で、俺とキスイの足が止まった。
言われるまでもなく。さっき一匹撒いたと思えば、すぐに前方からずしん、ずしん……という大型生物の歩行音が響いてきている。
「いや、いくらなんでも多過ぎだろ!? ナーガの奴、あえて俺たちに竜多めのルートを教えたんじゃないだろうな!」
「たぶんそういうのじゃなくて、竜たち、本来の巣から動いちゃってるんじゃないでしょうか。ここ、もう集落からそう遠くないはずなので、本当なら竜がいるはずはないんですよ」
「マジかよ……どうする? 引き返すのは無理だろうが、そこの脇道に入るか?」
キスイの言葉に俺は提案したが、
「その脇道とやらがこちらならば無理です。行き止まりでしたので、いま戻ってきたところです」
「うわっ!?」
後ろから声をかけられて、カシルが悲鳴を上げた。
まあ、悲鳴を上げたくなる気持ちはわかる。
一方でキスイは慣れたもので、
「ドッソ……! 探しに来てくれたのですか!」
「ラ・ジロロより、秘蹟による連絡がありましたので。とはいえ戦力の抜けを最小限にするとなると、私が一人で行くしかないということになりまして。
そちらの方は?」
「この方はカシル殿です。家柄名はヴァロックサイト。我々の敵ですが、いまのところ休戦中です」
「ど、どうも……」
カシルはガチで引きつった顔をしている。
(まあ、この巨体だもんなあ)
味方であるはずの俺ですら、自分の二倍の身長のドッソは未だにちょっと怖い。ましてやカシルはこの巨体を見るのすら初めてなのだ。そりゃあ怖いだろう。
しかしキスイは気づいてないのか、平然と続けた。
「カシル、こちらドッソです。家柄名はガルヴォーン。さっき話題になっていた、ドラゴンを投げ飛ばした人ですね」
「ってあの噂の!」
「ああ、その話ですか……忘れてください。あれは若気の至り、まさかドラゴンというのが竜のことだとは知らなかったので、騙されたという怒りで、つい」
「そんなことより、ドッソ。いま我々は洞窟緑竜に追われています。なんとかできませんか」
キスイが真剣な顔で言ったところ、ドッソはふむ、と少し考え込んだ。
「なかなか難しいですが……やってみましょう」
「? ドラゴンを投げ飛ばしたんだろう、あんた。なにが難しいんだ?」
「いえ、神聖なるア・キスイの御前で、狩りでもないのに無害な生物を殺生することは忍びなく……手加減が必要ですが、どうしたものかと」
「…………」
無害な生物とか言っちゃったよ、この人。
「ではライナー様、ア・キスイ、それとヴァロックサイトの君。お手伝いをいただけますか」
「かまわないけど……どんな?」
「まずア・キスイ。神格防御にて、酸の吐息が吐き出されたら散らしていただきたい。避けるのは難しくありませんが、ここは狭い洞窟です。近くに溜まると少し厄介ですので。
そしてその役割がある以上、ア・キスイには前線に出ていただきます。もし竜が標的とした場合、念のためにライナー様に護衛を願えればと」
「なるほど、俺たちの役割はわかった。それで攻め方はどうする?」
「竜であろうとなんであろうと、大抵の生物にとって頭が弱点です。大きく揺らせば眠るでしょう」
ドッソは淡々と言った。
「しかしながら、洞窟緑竜の頭はどうにも固く、そのままでは有効な打撃が与えられません。そこで、分厚いうろこに覆われながらも、洞窟緑竜が嫌う肩の『痛点』を狙い、頭を下げさせて上から狙います」
「なるほど……で、具体的には私はなにをすればいい?」
「最初に私がこの斧にて『痛点』を狙います」
カシルの言葉に、ドッソは自分の腰にくくりつけた斧を指した。
……ていうかこれ、相手の身体のサイズ感がおかしいせいで手斧に見えてたけど、普通に戦斧だな。
「傷をつけて狙いやすくしますので、以後はヴァロックサイトの君がそちらを執拗に狙ってください。うまくいけば嫌がった竜が頭を落としますので、私の斧で撃墜すればよろしいかと」
「か、簡単に言うなあ……踏み潰されかねない位置取りだぞ、それ」
「なに、大丈夫でしょう」
ドッソは爽やかに笑った。
「ヴァロックサイトと言えば、音に聞こえた武門の一族。その家名を背負って戦場にいる御身が、その程度をこなせぬはずがございませぬ」
「わかった。わかったよ! やるともさ!」
半ばやけっぱちになって、カシルは剣を構えた。
ちょうど、洞窟の奥から竜が、のっそりとその巨体を現してきていたところである。
「では、皆様は構えていただきたい。……戦いを、始めましょう」
静かに、ドッソは宣告した。
その戦いの結果は、どうなったかというと。
開幕に吐かれた酸の吐息はキスイが散らし、怒ってキスイに突進した竜を俺が一撃、その隙にドッソが肩口に一撃して竜が絶叫し、下がったところをカシルが追撃して、怒った竜がかみつこうと頭を下げたところにドッソがもう一撃。これで終わりました。
要約すると、特に危なげもなく勝利。現場からは以上です。
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「マジで一撃でのしやがった……あれは本当に岩巨人の一撃か……」
「おーい、なにぶつぶつ言ってるんだカシル」
竜を特に危なげもなく下した後。
俺たちはドッソの案内で、集落に向かって最短距離で帰っていくところだった。
竜を実質一発でのしてしまったという戦果については、ドッソは特に誇るでもなく、キスイも当たり前みたいな顔。俺は多少あきれてはいたものの、まあそういうこともあるだろうなという感想。
俺たちがあれだけ苦戦した弧竜は長生きしていたから強いって話もあったし、それにここは洞窟なので空を飛べない。この条件なら、案外竜なんてこんなものなのかもしれない。
「そんなわけがあるか……竜だぞ、竜……」
俺の心を読んだかのようなカシルの言葉である。
なぜかこいつ、あの一戦以降ずっとこんな感じなのだった。よほど衝撃を受けたのだろうか。
ドッソは静かに、
「岩巨人の狩人が『生贄』の加護を受けて戦うのです。竜ごときに後れを取るはずもないでしょう」
「くそ。こんな奴が敵に回るとか聞いてないぞ。おいライナー、いまからでも構わんから金でこっちに寝返らないか」
「寝返るわけないだろ。勝ち目を考えろ」
「……ふむ。そういえばヴァロックサイトの君は、休戦中の敵とのこと。
岩巨人が『生贄』に剣を向けるなど普通はあり得ませんし、あなたもそれは変わらぬ様子。なぜあなたは我々の敵に?」
「それは……」
カシルはちょっと言いよどんだが、正直に言うことにしたようだった。
「金で雇われてる。それだけだよ」
「ですが相手は『生贄』を害するような者。なぜそのような相手に?」
「そこは見解の相違だ。私は雇い主が『生贄』を害そうとしていないと見ている。
……いろいろ情報を聞く限り、少し疑問符がつくことはあったが。少なくとも私はまだ、我が雇用主が『生贄』を正当に遇する可能性を捨てていない」
「では、その可能性がなくなったらどうするのです?」
「先ほどア・キスイにも尋ねられた。その場合の答えは自明だ――『生贄』をお守りするのは岩巨人の戦士の義務。そこに疑問が入り込む余地はない」
「なるほど」
ドッソは言って、少しだけ笑った。
ごつごつとした岩のような、それでいて妙に暖かい笑みだった。
カシルは不審げに、
「なにがおかしい?」
「いえ。私はあなたとは逆で、あなたの雇用主が『生贄』に対する敬意を持たぬことを確信しておりますので。
心強い味方が増えてよかったと、安堵しているところです」
「……よく言ったものだ」
カシルは渋面でそう言った。
そこで、
「あれ、なにか聞こえてきません?」
キスイが、そんな風につぶやいた。
俺もそれは気になっていた。どうやら言い争いのようだが、だいぶ多くの人数が集まっているようだ。
ドッソは淡々と、
「コゴネル殿は、敵に回したくないですな」
と言った。
「コゴネル? あいつなにかやったの?」
「はい。正直、私も知ったときには唖然としましたが……細かいことは、当人からお聞きになるとよろしいかと」
「ふうん……?」
このデカブツがそこまで言うとは、相当なことをしでかしたんだろうな、と思ったが、俺はそれ以上は追求しなかった。
もう騒ぎの源は見えてきていたし……
「あ、ライ! 無事だったんだね!」
「おー、『生贄』さんも無事か! 大金星だな!」
というリッサとペイの言葉が、聞こえてきていたからだ。
俺は通路の奥から顔を出している二人に駆け寄って、
「悪い、心配かけたな。いまの状況は?」
「うしし、たいぶ有利よ。なにしろ――」
「なにしろ?」
言葉に、ペイは後ろを指さしつつ、答えた。
「敵の司令官、いまそこの広間で包囲中だからな。ここで勝負、決めるぞ」




