五日目(3):悪党と『花嫁』、そのに
「は?」
意味がわからなかった。
見たままの結果を言うと、フレイアの右拳から放たれた衝撃波が、酸の吐息を一瞬で霧散させてその奥の洞窟緑竜の身体に突き刺さり、衝撃で洞窟緑竜がバラバラになって吹っ飛ばされた、ということになる。
人間をはるかに超える巨体の、洞窟緑竜がだ。
(……さっきまでのは、手加減していたのか!?)
「――マジかよ」
センエイが、珍しく真顔でつぶやいた。
一方のフレイアは余裕の表情で、
「わたしの到来を見越していったん場を離れ、洞窟緑竜を連れてきてぶつける作戦だった。――って理解でいいんだよね?
一応の牽制にはなるけど、その程度じゃあわたしにはなんの足しにもならないなあ。残念!」
「……妖術師め。こちらの規格外二人に対して、どんなカードを持ってくるのかと思っていたが」
センエイは低い声で言った。
「よりによって、『花嫁』フレイア・テイミアスだあ!? サリ・ペスティの次はこいつかよ! どーなってんだ今回の仕事は!」
「おや、そっちもわたしをご存じだった? にししし、有名人は困るなあ!」
「そりゃあ知ってるさ! 強い奴と見ては喧嘩をふっかけて殺し合いをする大問題児! おまけに自身は転生の秘術を習得しているからノーリスクで、対策もできないと来た! こんな厄ネタ、さすがにこの業界なら誰だって知ってるよ!」
にっしっしと笑うフレイアと、吐き捨てるように叫ぶセンエイ。
センエイは、ふう、とため息をつき、
「あー、叫んだらすっきりした。なんの対策も浮かばねえけど、気持ちを切り替えないとなあ」
「そっかそっか。
でも君、わかってるよね? いまの状態、たぶん詰んでるよ?」
「…………」
フレイアの言葉に、センエイは無言。
俺は、よくわからなかったので、センエイに尋ねた。
「おい、詰んでるってどういう意味だ?」
「……このフレイアって女はな、ヴォルド・テイミアスっていうやべー召喚獣と特殊な契約してるんだよ」
センエイは言った。
その固有名詞に、俺は心当たりがあった。先の弧竜戦で、他ならぬセンエイが呼び出していた、凶悪な魔獣。
弧竜すらも力ずくで弾き飛ばし、空中戦で圧倒したのを、俺は目撃している。
「さっき使っていたのはその影を瞬間的に呼び出す術だ。普通の召喚術と異なり、世界の目をごまかして放つから魔力の消費がとにかく少ない。まあ、とんでもない使い手が、召喚獣と特別な縁を得て初めて可能な技なんだが……」
「えへへーそんな照れちゃうなー旦那とわたしの絆を説明されちゃうなんてー」
なぜかくねくねしているフレイアを無視して、センエイは続けた。
「で、契約をしている都合上、こいつはヴォルド・テイミアスの召喚に限定すると常人よりはるかに軽いコスパで呼び出せる。だから召喚術で対抗するなら、ヴォルド・テイミアスと戦えるレベルで、かつ相性がいいタイプの魔獣を呼び出すしかないんだが……」
「いないのか?」
「…………」
「いるにはいるよ。旦那が苦手なタイプはね」
フレイアは、にししと笑って言った。
「けど……わかるかな? わたしはたしかに旦那を契約の関係上とっても簡単に召喚できるけど、別に『旦那以外を召喚できない』わけじゃない――先にメタを打たれたら、打ち返せばいいだけの話でしょ?」
「……あ」
俺は理解した。
つまりこういうことだ。現状、このフレイアはとんでもない技で俺たちを圧倒しており、打開策はセンエイの召喚術しかない。
しかしセンエイが先に召喚術を使った場合……フレイアは、その召喚獣がヴォルド・テイミアスにとって苦手だったらそれに対抗できる奴を、そうでなければ普通にヴォルド・テイミアスを呼び出せば、それで完封できる。
だから実質的に詰み。フレイアが言っているのは、そういうことなのだ。
フレイアはそこで、ふっと笑いを深くして、
「でもそういう地味なのは趣味じゃないなあ。だからハンデをあげる」
ごう、と魔力が渦を巻き、尋常ではない勢いでフレイアに収束していく。
「なんだ!?」
「来るぞ! ヴォルド・テイミアスだ! 全員、意識を確かに! 生半可な覚悟で直視すれば魂を吹き飛ばされるぞ!」
センエイが叫び、俺たちは一斉に身構える。
(先にヴォルド・テイミアスを呼び出されれば、センエイは対抗する魔獣を召喚できる。そうすればたしかに詰みではなくなるが……)
……それで、勝てるのか?
こんなでたらめな気配を持った魔獣を呼び出されて、俺たちになにかできる余地が、あるのだろうか?
俺は、険しい顔でフレイアをにらみつけ、
「……おや?」
フレイアが少し、首をかしげて。
次の瞬間、集まったはずの魔力が、真っ二つに切り裂かれて霧散した。
「ちっ……やっぱ、切り札を切らざるを得ないか……!」
センエイが舌打ちする。
俺は、魔力を真っ二つに切り裂く斬撃がやってきたとおぼしき方向を見た。
そこにいたのは、シンだった。
「そういうことだろうね。おそらく、妖術師が考えているのは僕の対策だろう」
フレイアは、召喚を邪魔されたことなど一切意に介していない不敵な笑顔で、シンを見た。
「出たか、ホルサの剣士」
「出るともさ。それが望みだろう?」
「わたしは強い相手ならなんでもよかったけどねー。あのじーさんの望みっていうなら、たぶんこの展開なんだろうね」
「シン。決断の時だ。どうする?」
センエイが、よくわからないことを言った。
シンは少し、沈黙した後。
「――ライ氏」
「お、俺?」
「そうだ。『生贄』とその他二名を連れて、竜の巣に走れ」
「は、はあ!?」
「竜母殿の庇護下に入るんだ。そうすればフレイアだけでなく、この洞窟にいる誰も追って来れない。安全に集落へと帰還できるだろう」
「つまり……そういうことだな?」
センエイの念押しに、シンはうなずいた。
「ああ。こいつはここで倒す。手伝ってくれ、センエイ」
「……了解。いいよ、力を貸してやる」
「へえ。へえええ!」
フレイアが、目を輝かせて言った。
「つまり、真儀解放するってこと? 白雪を呼び込むリスクを承知で?」
「そうだ」
「よく吠えた!」
ばっ、とフレイアは手をかざす。
「ならば受けて立ちましょうとも! 当代のホルサの剣士の力、このフレイア・テイミアスが判定してあげる!」
「ライ氏! 早く! 守りながらで戦える相手ではない!」
「わかった! 死ぬなよ、シン、センエイ!」
俺は言って、残りの三人に合図して走り出した。
「さあ、仕事だよ旦那! 地獄の底から出ておいで――!」
とんでもないものが顕現する気配を、背中で感じながら。




