五日目(2):悪党と『花嫁』、そのいち
カシルの緊張した声で、全員が彼女の方を見た。
「……あり?」
そして、その奥にいた女を。
少女、と言うには大人びているが、女、とだけ言うには若作りすぎる。そんな感じの、つかみにくい女だった。
身につけているものは、旅慣れた旅人が着るような丈夫そうなローブと、特に凝っていない意匠の杖。怪しいところと言えば、明かりもなく洞窟を歩いてきたあたりだろうか。
女はにかっと笑って、
「おおー、すごいね。足音ちゃんと消してたのに、気づいたんだ。えらいぞ!」
「そいつはどうも。……で、あんたは誰にとっての敵で、誰の味方だ?」
カシルは警戒して、いつでも剣を抜ける態勢で言った。
女はそれに対して首をかしげて、
「……誰の敵で、誰の味方?」
「……おい?」
「いやあ、そんな難しいこと聞かれてもわかんないなあ。だってわたし、暴れてこいとしか言われてないよ?」
「マジかよ……」
「あ、ごめん。暴れてこいとすら言われてなかったわあっはっは! 暴れていいかって聞いたらできる限り派手にって言われただけだった!」
笑顔で言う女。ヤバい。こいつ、なにかのネジが外れてるタイプだ。
「どうでもいい。とにかく、雇い主はあの妖術師だよな? 私は彼と同盟を組んだ岩巨人の戦士だ。できれば共闘を――」
「危ない、カシル!」
俺はとっさに剣を手に呼び出して振りかぶる。
「え?」
「ライナー・クラックフィールドの名において……くらえっ!」
「左のレッサー!」
がぎぃん! と、俺のフルパワーの光の剣撃が、カシルを狙って放たれた不可視の力場と衝突して相殺し、
「右のジャイアント!」
「うわあ!?」
間髪入れず放たれた一段階大きな衝撃波を、俺はかろうじてのけぞってかわした。一拍置いて、だいぶ遠くで壁に着弾したらしき爆音が響いてくる。
カシルはあわてて、
「な!? ちょっと待ってくれ、私は味方で……」
「うん。だけどそれって自称でしょ?」
「え?」
「わたしはあのじーさんの交友関係なんて知らないし、誰が味方かなんて把握してないし。
それ以前に、わたしは単に派手に暴れることしか考えてない。それ以外の話は聞いてないからね。そういうわけで、敵は多いほどいいのよ」
「くそ、最悪だ! だからうさんくさい妖術師なんかと組むべきじゃないって上司に言ったんだ!」
カシルが悪態をつきながら剣を抜き放った。
相手はそれを見て、ふふん、と笑い、
「さあて、どこまで粘れるかな?
左のレッサー、右のジャイアント。この神をも殺す熊猫殺神拳の前にどの程度立っていられるか、楽しみだね!」
「おい、こいつ戦い方はギャグだけど化け物だぞ! 無理するな、カシル!」
「わかっている! だが、これでも岩巨人の身。『生贄』に危害を加えられる可能性があっては、退くわけにはいかんのだ!」
「同感です。助太刀しましょう」
ジロロが、特徴的な赤みがかった槌を持って前に出た。
「お? それ、アルクリメソゥダの鉄槌じゃん。よくそんな神格兵器持ってるね、えらい!」
「それはどうも。ところでそちらは何者ですか? 戦士なら名前を名乗りなさい」
「悪いけど戦士じゃないんだよわたしは。知られている通り名は『花嫁』……この名前で、わっかるっかなー?」
「なん……だと……」
「カシル、知ってるのか?」
俺の言葉に、カシルは青ざめてうなずいた。
「高名な魔女の中に、その二つ名を持つ者がいると聞いたことがある。転生を繰り返し、千五百年以上を生きる伝説の魔女。名前は、たしか――」
ごくり、とつばを飲んで、カシルは続けた。
「フレイア・テイミアス……『テイミアスの花嫁』!」
「にっひっひ、正解!」
フレイアは楽しそうに言って、拳を構えた。
「さて、今回のおもちゃはどの程度耐えられるかな? 楽しみだなあ!」
「カシル、後ろに下がれ! 右はともかく左は俺なら受けられる!」
「了解した! ジロロ殿、隙を見て攻撃を!」
「み、皆さん、無理しないでください!」
「甘い甘い」
ちっちっ、と舌で音を出して、フレイアは拳を振りかぶった。
左。だったら剣でなんとか受けられる――と思った直後。俺は嫌な予感がしてその場でしゃがみ込んだ。
「左のレッサー・ショット!」
「うわあああ!」
さっき俺の必殺技と相殺した攻撃が、ものすごい速度で乱射される。
「うおおお、やばいっ!」
「カシルさま、ジロロ、わたしのそばへ! わたしのイェルムンガルド外殻なら流れ弾の対処ができます!」
「それも甘い」
フレイアは今度は右腕を振りかぶった。
「右のジャイアント・インパクト!」
「甘いのはそっちだ、馬鹿!」
がぎぃ! と踏み込んだ俺の足が相手の振り下ろそうとした腕を弾き飛ばす。
剣だけを警戒していたらしい相手は、あっさりそれを食らった。狙いが逸れて、すさまじい衝撃波――本来ならばキスイに向かうものだったそれが、遠くの洞窟の壁を爆砕する音が聞こえてくる。
「うひゃ!? すごい!」
「とどめだ! このライナー・クラッ……」
「レッサー!」
「ごへぇ!?」
腹に直撃を食らって俺は吹っ飛ばされた。
数歩分をごろごろ転がって、なんとか立ち上がる。
「くっそ、連打になんの制限もないのかよ!」
「ふふん、少年の技は最初に見たからね。それ、名乗らないと力が出ない系でしょ? 乱打戦で使うには、ちょっと遅いよねえ」
にこにこ笑顔でフレイア。
カシルとジロロはキスイのバリアの内側からなんとか隙をうかがっているが、手が出るほどの隙がない。
そして、右手の攻撃に対しては、こちらは防御手段がない。さっきみたいな奇策ももう通用しないだろう。
これは……詰んでるのでは?
俺が冷や汗を浮かべた、その瞬間。
「……ん? なに、この騒音?」
「これは……」
「わーっはっはっはあ! ただいま諸君!」
「センエイ……って、なに連れてきてんだテメエ!?」
センエイが、露骨にヤバい生物に追われていた。
「見てわからんか、洞窟緑竜だ! 奴の餌場から肉をちょいと失敬しようとしたら見つかっちまってな!」
「そんなこったろうと思ってたよ! ていうかこの状況でさらにヤバいののおかわりはやめろー!」
言っている間に、センエイを追う洞窟緑竜はかぱっと口を開けた。
「おい小僧、伏せろ! 洞窟緑竜の酸の吐息はかなりヤバい! 全身ドロドロになって死ぬぞ!」
「う、うわああああっ!」
カシルの言葉に、あわてて地面に身を投げ出す俺。
「……ふうん?」
一方、フレイアは軽く目を細めて、洞窟緑竜に向かって踏み出した。
一歩、二歩、三歩。
そのあたりから駆け出し、センエイとすれ違って。
「――顕現率上昇」
つぶやいてから、右を振りかぶり、
「右の……ジャイアント!」
叫ぶと同時に、洞窟緑竜が酸の吐息を吐き出し。
そして、轟音と共に、洞窟緑竜が爆発四散した。




