閑話(8):サリと人形遣い
「ちぇいや! 食らえサリ、これがあたしの全力全開!」
「足下がお留守」
「ぎゃはっ!?」
斬りかかろうとしたプチラの足をふたつの短刀がすくうように絡め取り、プチラは無様に大地を転がった。
「隙あり……!」
「反応が遅い」
「ぐはっ!?」
そして後ろから殴りかかったミスフィトは、腹に三本の短刀の直撃を受けて、金属質な音と共に吹っ飛ばされた。
サリはそれらを見て、軽くため息をつき、
「あまり強くなってない。二人とも、真面目に鍛えてたの? 怠けてなかった?」
「ぐわー言いたい放題だちくしょう! ミスフィトおまえなんか言い返してやれ!」
「…………! ……!」
どうやら横隔膜を直撃したらしいミスフィトは、言い返そうとしたが呼吸が乱れてなにも言えないようだった。
うぐぐぐ、と歯がみするプチラは、再び単分子剣を構えながら、
「くそ、だけど時間稼ぎは十分にやったぜ! ミスフィト、例の仕掛け、できてるな!」
「……」
「ミスフィト?」
「できているというか……」
なんとか呼吸を整えたらしいミスフィトが、渋い顔で言った。
「とっくに『完了してる』んだよ。だけどどうにもならん。というか、サリがさっきから一歩も動かずに俺たちをいなしてるの、気づいてないのか?」
「わかってんだよんなこたぁちくしょー! だけどかかったなサリ! 動けなくなっちまえばおまえといえどもこのあたしの超必殺技、金剛殺しの餌食ぎゅはっ!?」
言葉の途中ですっと一歩前に出たサリの前蹴りを食らってプチラは悶絶しながらごろごろ地面を転がった。
「ご、がほっ……なんだよなんで動けるんだよ! ミスフィト、話が違うじゃん!」
「俺に言われてもな……」
「うん。搦め手として『硬直化』の呪いを習得したのはわかる。効いてもいる。実際身体は普通には動かせない」
サリは無表情でそう言った。
「けどプチラ、わたしの千手観音の仕組みはわかっているでしょう? これは短刀を、まるで自分の肉体であるかのように意のままに操る魔術。本数が多いことを除けばごくありふれた、魔力もほとんど消費しない、とても簡単な技術よ」
「知ってるよそんなことはよ! でもそれと呪いとはなんの関係も――」
「だから、同じ術を身体にかけることを、なんで想定しないの? 動かない身体でも、動かない短刀でも、等しく自分の肉体のように操ればいい。そうでしょう?」
「ぐあー駄目だこいつサリだった! 常識が通用しねえ!」
頭を抱えたプチラにあわてた口調でミスフィトが叫ぶ。
「くそ、プチラ、せめて陣形を崩せ! いまの千手観音は『剣乃舞』、サリがいちばん自在に各短刀を扱える形態だ! これを『針鼠』か『鳥船』に崩せないとそもそもまともに近づけない……!」
「そんなこたぁわかってるよ! けどどーやって!?」
「違う陣形がいいの? わかった」
「あ、ちょ、待ったサリ、待っ」
「陣形『迦具土』、実行」
「ぎゃあああ死ぬ死ぬ死ぬ!」
「ぜ、全力防御だ! プチラ出し惜しみするな、死ぬぞぐぼぁ!」
「ほんげえええええええええええ!」
言葉の途中でプチラをかばったミスフィトが吹っ飛ばされ、余波でプチラも巻き込まれて一緒に飛ばされる。
サリは、ふう、と軽く吐息をして、完全に気絶した二人を見下ろした。
(……うん。ちゃんと威力が出てる)
おそらくいまの攻撃に対して、プチラは手持ちの防御呪具を全開にしたはずだ。それを貫通してこれだけの打撃威力が出せるということは、少なくともこの前の竜との戦いで使ったときとは比較にならないほどの攻撃力があったはずである。
あの戦いで迦具土がこの威力を出せていたら、普通に一騎打ちで勝てただろう。となるとあれはやはり、因果律の乱れによって弱体化させられていたか。
(まあ、なんとかいつもの威力が出せるようになって、よかった)
短刀を戻して服の中にしまい込もうとしたサリは、そこでふと顔を上げた。
「……誰? そこで見ているのは」
「おや、バレてしまったようだね」
ニコニコしながら出てきたのは――異形のつぎはぎだった。
人間をいびつにパッチワークしてつぎはぎにしたような身体。悪趣味なことに、着ている服にまで継ぎ目を用意して、連続的につぎはぎになっているように見せかけている。
サリは少し相手を観察して、
「……人形?」
「いやあ失敬。もっと上等な人形でお迎えしたかったんだがね、サリ・ペスティ。なにぶん無粋な不心得者に手持ちの人形をだいぶ壊されてしまって、こんな在庫しかなかったんだよ。勘弁してくれたまえ」
「そう」
「おや、つれない返事。君を僕の人形としてコレクションしてあげようと来たのだけどね?」
「ふうん」
気のない返事をしながら、サリは周囲に視線を走らせる。
(どこにいるのかしら。こんな相手が出てくる予知はしていなかった……)
「予想外の来客、という顔だね?」
「そうね。でも、そういうことは珍しくはないわ」
「そうかね?」
「ええ。どんな敵が出てこようと――予想できなかったということは、対応できるということよ」
言いながらサリはさらに用心深く気配を探る。
レベルの高い魔人との戦闘は、一手間違えると即座に敗北につながる。それこそ、ひとつの失言が元で勝敗がひっくり返りかねないのだ。
彼女の予知は『破滅を見る目』だが、実際には『自分の行動が既定路線のまま』であれば起こる破滅だけしか見ることができない。つまり、自分が大ポカをやらかしたときの破滅的結果は、実際にやらかすまでは、見えないのだ。
だから油断してはいけない。そう思っていたサリだったが。
「そうかな?」
人形の主は、そう言ってくくくと笑った。
「さっきは少し脱線してしまったが、本来僕は、君への対処として雇われた身なんだよね。そしてそれが意味することが、わからないかな?」
「…………」
「人形遣いは心の専門家だ。心と身体の間隙を埋め、壊さないように人形として調節することこそが、僕たちの真骨頂。
そして君は自覚していないようだが――客観的に見てどれほど破滅的結果であろうと、君が破滅だと思わない結果は、予知できない」
「!?」
(――おかしい! なにかが起こって……!)
身体の中で急激に膨れ上がるなにかに恐怖しながら、サリはもがく。
人形の主は楽しそうに、
「君自身は、まわりに起こる『破滅』を常に防ぎながら、心に取り憑いた魔物を暴走させないように、それで被害が出ないように、ずっと戦っている。もう何年も、ずっとだ。
敬服すべき胆力だ。素晴らしい貢献だ。恐るべき能力だ。しかし……君自身は、それにもう疲れ切っているのではないかな?」
「あ、がっ」
「誰かに命じられて、それを淡々とこなすことに興味はないかね? もう破滅と戦うことから解放されたくはないかね? 言いなりになっていればそれでいい、そんな人生に安らぎを覚えないかね?
もしそういう欲求が君にあるのならば……僕に負けることは、君にとっては、むしろ幸福に思えないかな?」
もうサリにはまわりは見えない。
なぜなら。心に住まう魔物が、起きようとしている。
(普通なら、一度力を使い果たせばしばらくは出てこないのに……!)
心の間隙。おそらくそこをこの人形遣いに突かれ、魔物を縛り付ける手綱を意図的に緩められたか。
必死で暴走させないようにもがくサリを見て、人形はつぎはぎだらけの顔で、にやりと笑みを浮かべてみせた。
「さあ、楽しい見世物の始まりだ。
君の心の隙間はすでに掌握した。心の中の魔物が暴走しようと、鎮圧しようと……疲弊した君はもう、僕の支配に逆らえない。
サリ・ペスティ。宣告をあげよう。――もはや君は、僕のものだよ」




