五日目(1):悪党、野営中
「そんなこんなでいまはもうたぶん深夜だ。野営すっぞ」
というセンエイの鶴の一声によって、俺たちは一晩寝ることになった。
俺たちが飛ばされたところは、直線距離なら集落まで半日程度の場所。そこまでめちゃくちゃ遠いわけではなかったのだが。
「周辺のワープポータルはことごとく片道切符だし魔物が多くて未調査なのばっかり。その上、最短で帰るルートには洞窟緑竜どもの巣があって、迂回しなきゃいけないとはね。ハルカの奴、つくづく迷惑な場所に飛ばしてくれたもんだよ」
「ま、まあまあ……ハルカさまはよくやってくださったと思いますよ」
「キスイさまに同感です。宴会の席で、外法師にしては話がわかると思って早めに接触を取っていたのは正解でした。でなければ、あの奇襲には対応できなかったはずですからね」
ジロロはそう言ってから、ぎろり、とカシルを見た。
「問題は、その奇襲してきた敵までついてきていることですが……本当によろしいのですか、キスイさま?」
「はい。ヴァロックサイトの君には、捕虜となっていただきます。傷つけてはいけません」
「…………」
カシルは無言。
合流した直後、カシルはこっそり逃げようとしたところをセンエイの魔術で捕らえられたのだが。
『相手との交渉をするなら仲介役が必要でしょう。それにヴァロックサイト家と言えば我が集落にも記録が残っている名門貴族。悪い扱いはできません』
というキスイの言葉によって、特になにもされず。その後は無言でついてきている。
なんか妙に静かになったなあ……と思いながら、俺は尋ねた。
「そんで、野営するのはいいけど、さっきの休憩のときに携帯食料がもう尽きたとか言ってなかったか? 水とか食料とかどうにかなるの?」
「水はまだあるが、食料はないな」
「……仕方ない。一日なら我慢するしかないか」
「わはは、まあ待て。こんなときこそこのセンエイ様の役に立つ時よ。そういうわけで狩りに行ってくるからちょっと待ってな」
「狩りに……って、魔物の肉とかじゃねえだろうな」
「あれは死んだら消えるから腹の足しにはならねえよ。まあ、待ってろ。特上肉食わせてやる」
言って、センエイはさっさといなくなってしまった。
「って、一人で大丈夫なのか、あいつ……」
「……っはー」
カシルが息を吐いて、座り込んだ。
「こ、怖かった……死ぬかと思った」
「…………。
え、センエイの話?」
「そうだよ。おまえマジであのクラスの魔女の横にいてなんも感じないのか。やべー奴だぞあれ」
「やべー奴なのは知ってるよ。二回くらい殺されかけたからな」
「マジかよ。それで生きてるのかおまえ。道理で私に殺せないわけだ」
疲れた顔で悪態をつくカシル。よくわからないが、ひどくおびえていたようだった。
「そんなに怖いなら、逃げればよかったのに」
「馬鹿たれ。あのレベルの魔女から逃げられるか。どうせ身体のどっかにマーカーつけられてて、逃げ延びてほっとしたところで呪いが発動して変死体になって終わりだよ」
「えー……ホントに?」
一応、俺は参考意見を求めて、ジロロとキスイを見た。
ジロロは笑顔で、
「外法のことはよくわかりませんので」
と言い、キスイはキスイで戸惑った顔で、
「えと、よくわかりませんけど、そこまでひどいことをするひとには見えなかったんですけど……」
と言った。
俺はうなずいて、
「結局おびえてるのはおまえだけだぞ、カシル」
「くそ、なんとでも言え。生き残った奴が正義だ。
しかしあの女、この薄気味悪い洞窟のどこに肉なんか取りに行ったんだ。ここに食える獣なんかいるか?」
「我々の集落でも、ここを狩り場とする風習はありませんね。狩りをするなら森に出た方が早いですし。
ライナー殿は、なにかご存じで?」
「なんで俺が知ってるんだよ」
「いえ、神パワーあふれる方ならなにか察知できるかもと思いまして」
「ならキスイに聞けよ。俺よりもずっと本職だろ」
「あらまあ、道理ですね。でもキスイさまもあの集落の岩巨人ですから、私と知識が被るんですよね」
「はい。わたしも心当たりはないです……どんなお肉を取ってくるつもりなんでしょう」
「そもそも魔物以外にこんな洞窟に住んでいる獣なんかほぼいないだろう。いるとすれば、さっき話題になった洞窟緑竜くらい……あっ」
「あっ」
俺とカシルはどうやら、同時にその可能性に気づいたようだった。
「どうしたんですか、ライさま。なにかお心当たりがあるんですか?」
「いや。もしかして、もしかしてだけど……」
「?」
「あいつ、洞窟緑竜を狩りに行ったんじゃないだろうな?」
「「あ」」
キスイとジロロが、同時に声を上げた。
「いや、でも、まさか。いくらセンエイさまでも洞窟緑竜を一対一で倒すなんてことは……」
「ま、まあそうだよな……いくらなんでも竜を一対一で倒すなんて馬鹿げてるよな」
「そうですね。うちの集落のガルヴォーンの君でもない限り無理でしょう」
「できる奴いたんかい!」
ていうか、ガルヴォーンってたしか、あの俺の二倍の身長持ってた化け物みたいな奴だよな。たしかにあいつならできそうな気がする。
「たしか彼、若い頃に武者修行でドラゴンを名乗る武闘家が出るという噂の闘技場に挑戦して、出てきたのが主催者が飼っていた本物の火竜で、しかもその頃火竜を知らなかったものだから偽物と勘違いして『貴様がドラゴンを名乗るなど十年早い、出直してこい』と一喝しつつ場外に投げ飛ばしたそうですよ」
「…………。
いや、それ、さすがに冗談だろ?」
「あのガルヴォーンの君が冗談を言うとはあまり思えないんですよね。その上、目撃者までいるので」
「そういえば、『岩巨人が人間社会の武術大会で火竜を一蹴した』という噂は私も聞いたことがあったな。……まさか、ここの集落の戦士だったとはな」
「ふふふ、あなたもガルヴォーンの君に出会わなくて幸運でしたね。彼さえいれば、あの程度の人数の奇襲はなんなく捌けましたよ」
自慢げに言うジロロと、ため息をつくカシル。
キスイはなにか言いたげにしているが、どうも保護者のジロロがいると口を出しにくいようだ。
なので、俺は軽く話題を振ってみることにした。
「ところで、集落からこんな近くになんで洞窟緑竜なんかが巣を作ってるんだ?」
「ああ、それは、竜母さまがいらっしゃるからですね」
「竜母?」
キスイの言葉に、俺は首をかしげる。
聞いたことのない言葉だった。察するに、特別な竜であるようだが……?
「あ、もしかしてライさま、竜母さまという言葉自体をご存じないのですか?」
「ああ。そもそも竜なんて、ちょっと前に初めて見たくらいだからな」
俺は言った。
……その見た竜は討伐してしまったわけだが、それを言うと話がさらに明後日の方向に飛んでいきそうなので、黙っておくことにする。
「すいません。この集落の近くには竜が多いので、つい常識みたいに思っちゃって……じゃあ、少し説明をしますね。
ええと、竜族というのは神話にもよく出てくる特別な生物なのですが、その竜の中でも成長し、変化などの高度な術を覚え、枠を飛び越えてより上位の存在になられた方がたまにいらっしゃるんです」
「それが、竜母……?」
「いえ、竜族に分類されながら上位種でもあるものは『竜祖』と『竜母』という二種類がいらっしゃるんですけど……ええと、なんて説明したらいいか……」
「ふふ、キスイさまは少し説明下手ですね。私が引き継ぎましょう」
と、言ったのはジロロだった。
「まず、竜種の上位種には二種類おりまして、片方は『竜祖』と呼ばれます。それは、神話の時代に生きていた【なんだかよくわからない生き物】のうち、神話世界のシステムによって後付けで『実は竜だった』ということにされてしまった方々です。それに対してもう片方の『竜母』は、最初から竜として生まれたものが自己研鑽の末に昇華された方々を指す呼び名です」
「へえ……ってことは、竜祖はあまり竜っぽくないのか?」
「そういう場合が多いようですね。私が知っている話だと、虹だと思っていたものがよくよく見たら遠くの空を泳ぐ竜祖さまだったということがあったとか」
「なるほど」
「まあ、どちらにせよこの付近にいらっしゃる竜母さまは、普通の竜が長じたものですから、基本的には我々が知る『竜』です。もちろん、術によって変化していらっしゃることも多いので、ぱっと見ではわからないかもしれませんが……」
「悪いがおしゃべりはそこまでだ。なにか来るぞ」




