閑話(6):人形遣い
「が、あっ……!?」
「あ、センエイさんっ……!?」
少女、キスイの目が驚愕に見開かれる。
最初は悲鳴のような声を上げたのだが、その顔はすぐに困惑に変わった。
「親しすぎる相手であれば違和感に気づく。さりとて面識がないと信用されない。だから少しだけ面識がある、知り合いと言えなくもないくらいの距離感の人間を装って不意を突く。まあ、定番と言えば定番だが……」
言ったのは、センエイに短剣を後ろから突き刺した――センエイだった。
「よりによって『偽物』の二つ名を持つ私を選ぶかあ? てことは同業者だな。ひどいあてつけだが、それにしてもよくもまあ、こんな魔王のできそこないなんぞをひけらかす気になれたものだ」
「偽物、だったんですか……!」
「き、きき」
偽物のセンエイは、奇怪な声を発しながら、ゆっくりとその姿を変えていく。
人間の形から、翼持つ異形へ。
「魔物、それとも魔法生物ですか!? どちらにせよ、わたしの神格の力に動じもしなかったなんて……!」
「ま、珍しいよな。普通の魔物なら神話の力をぶつければ消える。けれど神格を真似て、一部の魔術師が作り上げた『邪格』って奴があるのさ。それを身につけた存在はよく『魔王』なんて大仰な名前で呼ばれるわけだが、そういうのには単純な神話の力によるプレスは効かないってわけだ」
「そうとも!」
「おっと!」
異様な長さに育ち、刃をつけた腕の薙ぎ払いを、センエイはもう片方の腕ではじきつつしゃがみ込んで避けた。
胸にえぐり込んだ短剣は、あくまで離さない。
「ふん、魔物殺しの力を持つ銀の短剣か。だが無意味だぞ、『偽物』!
この『魔王核』を前に半端な聖別なんてものは効かない! 邪格は世界を異界の力で塗り替え、神話を無効化する力だ! 簡単には倒れたりしないのさ!」
「…………」
センエイはその言葉に少し考えて、
「ああ、なるほど。おまえ、レイクルか」
言葉に、ぎしり、と怪物の身体がゆがみ、
「ちぇいぃぃぃ!」
「ふふん、図星か」
ぶんぶんと腕を振る怪物をいなしながら、センエイはあくまでも短剣を手放さない。
じゃじゃ馬のように暴れ回るそれをうまく制御し、いなし、キスイの方へ攻撃が行くことも許さず、一発も当たらず、そして背中に押し込んだ短剣はそのまま。
怪物は腕だけではなく、足も硬質化し刃のように尖り、さらに固い翼と、鋭利な先端を持つ尻尾まで生やして攻撃している。それをすべてさばき、暴れ馬をなだめるロデオのような動きをしながら背中側にぴったり密着し、片腕は短剣を握って微動だにしない。
並の人間はおろか、並の達人にすらできそうな技ではなかった。キスイは戦闘については素人だったが、それでも理解できる。
センエイ・ヴォルテッカ。このとぼけた感じの魔女は、とんでもない凄腕だ。
「『魔王核』とか偉そうな名前をつけているが、要はこれ、人形だろ? 人間の身体に魔法具を埋め込んで改造し、人ならざる異形へと変じたものだ。
その技術自体は魔技手工の領域だが、邪格までつけられるとなると逸脱しすぎている。裏世界で、妖術師に雇われてもおかしくない人形遣いで、価値干渉魔術まで習得しているとなると、私には心当たりは一人しかいない。――『人でなし』のレイクル・サバーリッチ。こんなところでお目にかかるとはね」
「だからどうした、『偽物』センエイ・ヴォルテッカ! おまえは本来、僕と同じタイプだろう。いいか、悪いことを言わないから手を引け。でなければ……」
「でなければ?」
「殺すぞ」
「…………」
センエイは、まずいものを食べたような表情になった。
「どうしよう。これ、三下だわ」
「ほざけ! 僕の人形技術はいまや、魔王を自在に生み出すにまで進化した! この力を使えば……が、はぁ!?」
「ん? ああ、外したか。惜しいな」
センエイはのんきに言って、押し込んでいた刃を少しだけぐりっと動かした。
途端に怪物が悲鳴を上げる。
「感触から察するに、代理操作か。人形に人形を操作させているな? 『操作物』から『操作者』に遡ってダメージを与える遡及打撃、つまりは夢幻刀儀の有力な使い手であるシンがこちらにいるから、用心のために防御策を講じたのかね。だが、この程度だと本体まで遡るのにたいした時間はいらないな」
「くそっ、ヒドゥナ・カラミテ式か! ならば!」
「うわっ!」
爆発が起きた。
怪物の胸が、自分から爆ぜたのだ。余波でセンエイは吹っ飛ばされ、短剣は怪物から抜け出ることになった。
しかし、その代償として怪物は胸に大穴が空き、呼吸ももはやおぼつかない。全体的にガクガクした、いまにも崩れ落ちそうな動きになってしまっている。
「うわー……おまえ、この人形って、元は洗脳した人間だろ? 無理矢理自爆させて逃げるとか、人としてどうなの?」
「知るか。どうせ僕の身体じゃない」
「これだから人形遣いってのは……悪趣味な。とことん私の趣味に合わんな」
「ふん、言ってろ。どうせ貴様はここで終わりだ。魔王から逃げられると思うなよ、センエイ!」
「はん」
センエイは鼻で笑った。
「さっきから魔王、魔王とうるさいな。たかが六級程度の邪格等級で魔王を僭称するな。そういうのは最低でも、神と匹敵できるようになってから名乗るもんだ」
「黙れ。これでもイェルムンガルド外殻は十分に展開できる。たかだか木っ端魔女一人が、僕の傑作兵器に対して用意もなく対抗できると思うなよ――!」
怪物は剣と化した手と足を不気味にすりあわせながら、センエイに襲いかかろうとして身構え、
「持ち主に遡れないならもう用はない。じゃあな」
次の瞬間、怪物が爆発四散した。
「おおおおおお、があああああああああっ!」
しばらく、怪物の頭だけが地面に落ちながら耳障りな悲鳴を上げていたが、すぐにそれも止まった。素体となった人間の命が、尽きたのだろう。
センエイはぽりぽりと頭をかきながら、
「うーん、取り逃がしてしまった。あれだけ大口たたいたのに、後でなんて言い訳しようかな……」
「え、いま、なにやったんですか!?」
「ん? ああ、これだよ、これ」
センエイは言って、地面に転がっているものを指さした。
キスイはおそるおそるそれを見て、
「これ……銅貨ですか?」
「そう。『指弾』っつってね。この種のものを指で弾くんだ。ちゃんと訓練した奴がやると、けっこうエグい威力が出る」
「でも、相手は神格……じゃなくて邪格でしたか。イェルムンガルド外殻が張れるほどの敵ですよ。当たらないのでは?」
「そりゃ普通の人間が打てばな。けど私も伊達に『偽物』なんて二つ名を持ってないんでね」
「えっと……というと?」
「邪格のねつ造なんてお手の物ってことさ。相手と同じ六級くらいなら簡単にな。同格の邪格持ちが打てば、ただの物理攻撃だってイェルムンガルド外殻を貫通するさ」
もっとも――と、センエイは心の中だけで思う。
(近くに人間が少ないからこその技術なんだけどな、これ。観測者が多いと、どうしてもずるをしていることが世界にバレる)
おそらくそれはレイクルも同じなのだろう。だからあの人形は、囲んで殴ればなんの障害にもならないはずだ。一対一で対峙したときこそが、最も危険なのである。
キスイは、まだ若干警戒が解けない顔で、センエイを見た。
「それで……センエイさんは、私を助けに?」
「そうだよ? 美少女を助けるのはいつでも私の役目さ。あ、薔薇いる?」
「いや、どこから出したんですかその花。……じゃなくて、えっと。実はライさまも転移に巻き込まれたらしくて、助けるのを手伝っていただければと思うんですが」
「男なんか助けたくないのでこのまま帰ろう」
「どうしよう。このひと、さっきの偽物よりずっと癖が強い……」
「ふふふ、しかしキスイくんはホントにかわいいな……誰も見てないんだよなあ、いま」
「ちょ、いや、待ってください。なんか手つきが危険な感じに見えるんですけど」
「大丈夫大丈夫、ちょっとだけだからちょっとだけいろいぐはぁ!?」
言葉の途中で危険な角度でハンマーが頭に突き刺さり、センエイの身体が地面と水平に吹っ飛んだ。
「キスイさま、大丈夫ですか!? 心配しましたよ!」
「ジロロ!? いえ、あの、助けに来ていただいたのはいいんですけどどうしてここに!?」
「ふふん、舐めないでください。これでも私だって元『生贄』。女王の神格がどこにいるかくらいは感知できますし、いったん見つければこの大空洞にある片道ワープポータルでちょちょいのちょいです」
「いや、そうじゃなくて問題は危険な角度でセンエイさんにハンマーが当たったことなんですけど」
「大丈夫ですよ。あんな変質者、死んでも誰も悲しみません」
「そういう問題じゃないわっ!」
がばぁ! と頭から血を流したセンエイが起き上がって抗議した。
それを見てジロロはガチで舌打ちして、
「ち、生きてましたか。この性犯罪者」
「おーおー私じゃなかったら死んでたわ! つーかその槌、ガチの神格兵器じゃねえか! 張る防御間違えてたら私でもお陀仏だったぞ!」
「それがなにか? キスイさまの身体をつけ狙う変質者は処刑が妥当でしょう」
「それは同意だけどさっきのは小粋なジョークだよ! ホントはあの敵になにか仕掛けられてないかチェックしようとしただけだっての!」
「チェックついでに美少女の身体に合法的に触れて役得だラッキー、とか思いませんでしたか?」
「馬鹿な、なぜそれを!?」
「ふふふ、当然です。私だってそう思いますから」
「いや、二人ともそろそろ止まってくださいよ」
「知ってますよ。あなたはこの洞窟のワープポータル群を把握していない。ということは自身も召喚からの転移魔術でここにやってきたということ。いまのあなたは強力な召喚術は使えないはずです」
「だったら倒せるとでも? 神格を失った元『生贄』ごときに? はっ、笑わせるな。たかが神格防御を突破できる程度の得物で私をどうかできると思わないことだな」
「止まって! ください!」
「うわあ!」「ひゃあ!」
ごう、と流れた神話の力に二人の馬鹿はそろって吹き飛ばされた。
キスイはそれが収まるのを待ってから、ごほん、と咳をして、
「ともかく、ライさまを救出に行きます。異論はないですね?」
と言った。
本文中でだいたい解説できてると思いますが、一応設定について補足します。
・人形について
見ての通り、人間をサイボーグ化する技術みたいな奴ですが、ただしこの世界ではSF的なガジェットというよりは、意のままに操れるように人体改造する行為という側面が大きいです。操られている当人の意識が残っているかいないかはまちまちですが、どちらにしろ人を一人潰さないと『人形』と呼ばれる兵器は作れません。
そういうわけで、『人形遣い』と言ったらクズ&外道というのが魔人界隈での共通認識です。
・遡及打撃、もしくは夢幻刀儀について
この『夢幻刀儀』という名前の技術は、幻影やゴーレム、あるいは今回の人形などの、『遠隔操作されている魔術存在』を触媒にして、操作している本人に直接攻撃するという技の総称です。
オリジナルの『夢幻刀儀』を誰が作ったのかはそこそこ知られていますが、ときどき名前が出てくる一〇八の奥義のひとつで、他人にはまず使えません。
しかし、『操作対象から操作者に遡って攻撃する』というコンセプトが魅力的だったので、その後様々な方法で類似の技が生まれ、それらは発案者の名前を冠して『○○の夢幻刀儀』と呼ばれています。今回センエイが使った『ヒドゥナ・カラミテの夢幻刀儀』もそうですし、だいぶ前に名前が出てきた『カイ・ホルサの夢幻刀儀』もその類です。
・魔王と邪格
邪格については本文の通り、神格の捏造物です。この世界以外の世界から呼び出されたものが、出身世界の加護という形で持つのが大半であり、その加護の強さによって神格等級と同等の『邪格等級』が存在しています。邪格を持つものは『魔王』と呼ばれ、恐れられています。
……が、そもそも邪格自体が社会から認知されていない存在なので、その種の異常事態への専門家でないと知らない概念です。なので、『どのくらい強い邪格を持っていれば『魔王』と呼べるか』についての統一見解がありません。
今回で言うと、レイクルは邪格等級六級ほどの人形を『魔王』と呼んでいましたが、センエイからするとその程度のものは魔王とは呼べないのでした。




