四日目(2):悪党、間に合う
「……っ」
俺は駆け出した。
「ちょっと、ライ!? どこにいくの!?」
「悪いリッサ、ここは頼む!」
それだけ言うのが精一杯。
なにしろ、時間がない。
(兵士たちに囲まれていた……どこだ!?)
神託が与えてくれる知識は限定的だ。今回も、光景しか見えなかった。
しかし、時間がないことはわかる。感覚的に、すぐ近くの未来であることが理解できる。
(とはいえ、地理不案内なこの洞窟だと……どうする!?)
『――我が手助けは必要か、少年』
「のわぁ! なんだ!?」
『足を止めるな。急ぐのであろう』
俺に併走した、黒いもやのようにしか見えないなにかが言った。
「あんた……魔人か?」
『然り。名は黒影のトゥト。岩小人族に古くから伝わる『忍び』の技を使う魔人也。
それで少年、見たところ困っている様子。情報が所望であれば多少は役立てよう』
「ハルカがどこにいるかわかるか?」
『……ふむ』
トゥトは少し考えたようだった。
『即答はできぬな。なぜハルカを?』
「神託だ。ハルカが、キスイをかばって、大勢の兵士に囲まれているのが見えた」
『理解した。他に情報は?』
「地面に大穴が開いていた。心当たりは?」
『……案内しよう。ついてくるがいい』
言って、トゥトは俺の前に立って走り始めた。
横から見るとただの黒いもやにしか見えなかったが、後ろについて走りながら見ると、ちゃんと黒い衣装に身を包んだ人間に見える。
もっとも、実際には人間ではなくて岩小人みたいだけど……岩小人ってどういう種族だったっけ。
『少年、油断するな』
「え?」
『音がする。どうやら敵兵がすでに入っているようだ』
「マジかよ。もうそこまで戦争は進んでいるってことか」
『違う』
トゥトは厳しい口調で、端的に言った。
『これは奇襲だ。どうやら裏口から攻められたらしい』
「裏口って……そんなところ、この集落にあるのか?」
『少年自身が言ったであろう。地面に穴が開いていると』
「それはそうだけど……」
『魔物だらけで、あそこからの奇襲は我々も想定していなかったのだがな。裏をかかれた』
「そういうことか……うわっ!」
ぎぃん! と音がして、とっさに呼び出した俺の剣が敵の剣を押しとどめた。
あっぶねー……いまの剣、完全に殺す軌道だったぞ。
「トゥト! 足止め頼む!」
『承知した。少年は先へ。神話の加護を得た貴殿にしかできぬことがあろう』
「任せる!」
言って、俺は敵兵士の横をすり抜ける。罵声を浴びせながらさらに斬りかかろうとした敵を、トゥトが押しとどめるのが見えた。
(たしかに、これはやばい。バリケードを作って敵攻勢に耐えようと男衆が総出で出ているときに、裏から侵入されたりしたら……)
「キスイが、危ない!」
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「やれやれ、抵抗してくれるものだ」
女騎士はあきれたように言って、剣を構えた。
眼前には血まみれになった森小人の魔女。そしてその奥に『生贄』の少女。
彼女たちの後ろには大穴。その先は魔物たちが徘徊する暗い洞窟へとつながっている。つまり、退路は断った状態だ。
「我らの目的は『生贄』である。その少女さえ回収できてしまえば、他の集落の連中には手を出す必要がない。
わかるか? その少女を渡せ。この集落にとってもそれが最も幸福な結末だろう」
「それは、私を説得しているのですか?」
「他のなにに聞こえる?」
「であれば、愚かであると言っておきましょう。私の雇い主はこの集落であり、私は判断する権限を持ちません」
まわりを見ると、そこには数名の倒れた兵士と、大型の獣の死骸がある。
獣の正体は、魔女の呼び出した魔獣である。先ほどからこの獣を駆って、魔女は頑強に抵抗し、岩巨人の精兵たちを何人も打ち倒した。だが、最終的には女騎士の熟達した指揮と、精兵たちの攻撃によって獣は倒れ、魔女も重傷を負った。
こちらの兵はまだ大部分が健在。対して魔女は手負いだ。利はこちらにある。
状況を確認して、女騎士はふむ、と言った。
「なるほど道理だ。ではシンプルに降伏を勧告する。雇われの身とはいえ、身命をこの集落に捧げるほどの義理はあるまい?」
「それこそ愚問。ここで放り出す程度の三下であれば、そもそもまともな仕事は来ませんよ。そのあたりの機微、どうもあなたは理解していらっしゃらないようで」
「強気だな」
あきれたように女騎士は言って、まわりをもう一度見回した。
(ふむ。私の理解する限り、この種の召喚術は極めて魔力の消費が激しく、一日に二度も三度も使えたものではないはずだったが……)
「よい。敵はまだ隠し手がある。油断せず弓で殺せ」
女騎士がまわりの兵士に命じ、兵士たちが矢をつがえる。
魔女はうっすらと笑い、『生贄』の少女が身をすくませる中、騎士は号令を――
「――ちょっとまったあああああああああああああああああああ!」
「なに!?」
と、そんな箇所に現れたのが俺、ライナーである。
危ない危ない。神託で見えてたマジでギリギリのタイミングじゃないか。この後、ハルカの必死の足止めもむなしく、キスイは連れ去られる予定だったが……こうして俺自身が介入した以上、その未来は来ない。
女騎士は、ぜーはー言いながら息を整える俺を一瞥し、
「なんだガキか。無視しろ」
「おーおー安い挑発してくれんじゃんカシルさんよう。俺がここに来た意味が、テメエにはわかんねえってのか?」
俺の言葉に、女騎士――カシルはぴくん、と眉をひそめた。
「貴様、なぜ私の名を知っている? 何者だ?」
「ふふん、よくぞ聞いてくれました!」
俺は胸を張った。
「我が名は世紀の大悪党、ライナー・クラックフィールド! 今宵は北の帝国とやらから、岩巨人の姫君をかっぱらいにやってきたのさ!」
「……夜型か貴様。もう朝だぞ?」
「いや、そこ突っ込む? もっと別のリアクションないの?」
「ないよ。子供のお遊びに付き合ってる時間はない。
というわけで、全員弓を構えろ。このおかしなチビは無視だ、無視」
「テメエ言ってはいけないことを言ったな! なら俺も本気出してやる。おいハルカ!」
「年上を呼び捨てとは感心しません。なんです、少年」
「敵の目的はキスイのペンダントだ。こいつらが逆らったら容赦なくぶち壊せ」
「なるほど、理解しました」
「な、なにいいいいっ!?」
慌てるカシル、どよめく兵士たち。そして青ざめるキスイ。
「あの、あのっ。ライさま、それはわたしも困るっていうか――」
「貴様、言っていることがわかっているのか!? ここで『生贄』の神具を失えば――」
「俺は岩巨人じゃないからな。知らない」
「そうじゃない! この集落が腹いせで蹂躙されることになると言っているのだ!」
カシルは叫んだ。
「私の雇い主は凶暴だ! 手段を選ばず『生贄』を確保する、そのもくろみが頓挫すればどれだけ暴れるかわからん! 大虐殺になるぞ! わかっているのか!」
「そうだな」
俺はうなずいて、
「だから壊さないでいいように、あんたたちも逆らうなよ?」
「聞いているのか! 私を捕らえたところで雇い主は止まらんぞ! 二千以上の兵士が外に控えているんだ! この集落の無事のためには『生贄』を素直に引き渡すしかない!」
「知らねえよ。部外者の悪党に道理を説くな。後のことはおまえらが考えろ」
「……っ」
「さて、じゃあ武装解除だ。わかっていると思うが、動くなよ?」
俺はにやりと、意図的に悪そうに笑って、そしてカシルに近づいた。
その瞬間、様々なことが起こった。
「のわぁ!?」
がばっ! といきなり足に組み付かれて、俺は横転した。
この兵士……死んだふりして、隙をうかがってやがった!
「よし、いまだ! 『生贄』を確保せよ――なに!?」
「風の王よ、我が呼びかけに応え、力を――」
「召喚魔法だ! くそ、やはり余力を残していたか!」
兵士たちにどよめきが走る中、カシルだけが迷いなくハルカへと突進する。
「させるか!」
ようやく兵士をもぎ離した俺が、全力でその背を追いかけたが、
「だめですライさま、巻き込まれる――!」
「え?」
キスイの言葉も、虚しく。
俺たちは、そろって吹っ飛ばされた。




