四日目(1):悪党、戦争に巻き込まれる
朝起きると、まわりがやけにあわただしかった。
「なにがあった?」
「仕事だってよ。いや、俺も詳しいことは聞いてないんだが」
俺の言葉に、荷物を運んでいたペイがそう答えて、通路の角を曲がっていった。
……ふむ?
聞いた話によると、この辺り一帯の客間は、神殿組と魔人組によってほぼ埋まっていたはずである。
他の連中は、野営地を貸し出されている。本来ならば全員に客間を用意したかったが、小さい集落故に無理だった、というのがキスイの説明だ。
だからこの辺が騒がしいということは、魔人たちが騒がしいということなのだが。
ふーむ……?
(リッサに聞いてみるか。神官たちがなにか知っているのか、確かめておきたい)
俺はすたすたと、昨日の昼には俺の部屋だった例の部屋へと近づき、
「リッサー、起きてる?」
「ライ? ちょっと待って、いま着替え中!」
「あ、そう。じゃあ待ってる」
いきなり開けなくてよかった。うっかり迅雷で打ち抜かれるところである。
そんなことを考えながら、俺は洞窟の壁に寄りかかって、
(――が危ない!)
「……!?」
がばっ、と起き上がる。
いまのは――神託! 神話の流れが可視化されたものだ。
そうすると……
「悪いリッサ、開けるぞ!」
「え、ちょっと待ってなに!?」
返事を待たずに俺はがちゃりと扉を開け、硬直しているリッサをよそに窓へと駆け寄った。
……やっぱり。
「なんだこれ……二千人はいるぞ。この集落を取り囲んでる」
「なにが?」
「わからん。岩巨人みたいに見えるけど、もしかして……むぎゅ!?」
俺は突如として後ろに引っ張られ、尻餅をついた。
「だからって、着替え中の女子の部屋に突貫してきていいわけじゃないよね?」
「いや、待てリッサ、話せばわかる!」
「うん。でも話す前にまず、ライはちょっと思い知るべきだと思うんだよ」
にっこにっこ笑って――ただし目は一切笑っていない下着姿のリッサが、俺の腕に手をかけた。
「え、ちょっと、ま、うぎゃー! 腕はその方向には曲がらひにゃあああああ!」
教訓。たとえ神託があろうが、踏み込んではならない部屋がある。
「で、結局なんなんだよ。これは」
しばらくして。
下着姿のリッサに関節技をかけられている俺を見てセンエイが爆笑するイベントなどがあったが、なんだかんだで俺はリッサと一緒に、集落の奥にある広間へとやってきていた。
そこは昨日、隊商の連中が野営地として与えられた場所だった。どうやら岩巨人の非戦闘員たちも、こちらに避難してきているようだ。みんな不安な顔で互いに話し合い、忙しく動き回っている。
リッサは首をかしげて、
「なんなんだろうね、これは」
「いや、おまえ、一切わからない状態だったのかよ。俺は神官たちなら状況を知っているかと思っておまえのところに来たのに」
「なにが?」
「朝から魔人たちが忙しく動いてたんだよ。それに……」
俺はあのとき、見た神託を思い出して身震いした。
前と同じで、もう実感は薄れているけれども。あのときに見たのは確かに、集落を囲む軍隊のようなものだった。みんな一様に同じ装備。整然とした移動。訓練された動き。そして関節技。腕に走る激痛。仰ぎ見た天井。
「おい、おまえに関節技かけられたせいで俺の神託にノイズが混じってわけわからなくなってるんだけど。どうしてくれんだよおまえ」
「思春期の女子の裸体を不用意に見たライが悪い」
「あっそ。くそ、手がかりがないな。他の神官は? それからクランは?」
「いや、さっきから探してるんだけど……いないね。なにかあったのかな」
「わからんけど、俺が見た神託だと戦争が始まりそうだったから、それ関係じゃね?」
「さっきから言ってる神託ってなに? キミ、別にそんな秘儀は習得してないでしょ」
「いや、俺の技術は昨日キスイから教わった技だよ。神話の流れそのものを見る技法だって言ってた」
「ア・キスイが……そっか」
リッサは言って、あごに手を当てて少し考えた。
「彼女が言うなら、神託という技術自体はたしかにあるんだろうね」
「ああ。けど、魔術が介入するとよく外れるとも言ってたから、俺が見たことが正しいかどうかわからないんだよ。だから確認しないといけない」
「そうするとまずは情報収集だね。誰か詳しい人はいるかな?」
「ふむ……私をお呼びかね?」
「え?」
言葉に振り返ると、そこにいたのは。
「サフィートのおっさん。詳しいのか?」
「ふ、手抜かりはないわ。忙しいからさっさと避難しろと言う魔人どもに食い下がって、ばっちり情報収集は済ませておる。あと私をおっさんと呼ぶな」
笑顔でドヤりながら青筋を立てるおっさん。とても器用である。
「で、なにが起こってるんだって?」
「どうやら岩巨人間のもめごとらしい。謎の岩巨人の軍勢が集落に攻めてきているのだと。それで朝から岩巨人の男衆はバリケード作りに駆り出され、さらに魔人たちにも支援要請が来たそうだ」
「ええ……? 大丈夫なのか、それ」
「ふ、まあ神職である我らは問題なかろうよ。神殿を敵に回したらまずいことくらいは、相手方にもわかるであろうからな」
「いや、サフィート神官補、それって他の避難民はまったく安全が保証されないってことですか?」
「仕方ありますまい。悲しいことですがそれもこの世の定め。おお、世界はなんと残酷なのか……」
リッサの言葉に、サフィートは大げさに手を顔に当てて言った。
俺は小首をかしげて、
「なあ、なあ、おっさん」
「おっさんではないと言っておろうが。なんだ小僧」
「いや、疑問なんだけど、相手はそもそもおまえらが神官だって区別つけられるの?」
「なにを言っておる。この首から提げた『神象』の護符が目に入らぬか」
「だからさ、その神象って奴。岩巨人の帝国でも通用するの?」
「…………」
サフィートは沈黙した。
「俺も、敵が誰かってのは知らないんだけど、話の流れからしてたぶん北の岩巨人の帝国の軍隊だと思うんだよな。
で、たぶんそこではこの地方の神殿ってあんまり権威がないと思うんだけど、無視して殺されないかな?」
「どどどどどうしようどうすればいい逃げ道はどこだ小僧!?」
「いや、そこまで動揺するなよ。まだ可能性の話だっての」
「ははは、それ以前に我々はなにもできませぬぞ。なにしろ神殿の立場を背負っておりますからな」
「どっから生えてきた、スタージン。……ていうか、そうなの?」
ひょっこり出てきたスタージンは、笑顔でうなずいた。
「政治と絡みますからなあ。神殿が介入するというのは一大事なのです。それを現場が独断でやってしまえば、最悪の場合にはまた左遷ですぞ。今回はどんな僻地になりますかな?」
「なるほどな……」
俺はうなずいて、
「で、ところでここには岩巨人の非戦闘員が集められてるってわけか。避難所ってこと?」
「そうですな」
「キスイは? あいつも非戦闘員だろ」
「彼女はそれ以前に、集落の司令塔ですから。おそらくは外に残ったのではないかと」
「……マジ? 大丈夫か、あいつ」
「我々としても気になるところではありますが、こればかりは部外者に口出しできぬことですので」
スタージンの言葉に、俺は渋面になった。
(けっこうやばい予感がするな……神託、使ってみるか)
意識して神話の流れを読もうと集中し、
「……っ」




