四日目(3):悪党、引っかかれる
「あ、あたたた……なんだ、なにが起きた?」
暗い洞窟の中、俺はしりもちをついた状態で天井を見上げた。
先ほどの部屋にあった穴に落ちたのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。あの部屋には集落の他と同じく光る苔があって、それがあたりを照らしていた。上にその部屋があればその光くらいは見えそうなものだが、なにも見えない。穴どころか、天井すら見えない。
そう、真っ暗闇である。
夜目が利くならどうにかなるような、生半可な暗さではない。明かり取りがどこにもないので、マジでなにも見えない。
(……どうするかね。剣を呼び寄せれば、なんとかなりそうだけど)
いまは手にないのだが、俺の持つ神剣には、光り輝く謎の機能がある。あれをたいまつ代わりにすれば明かりの問題は解決できるだろう。
だが、問題は他にある。つまり、俺以外にも吹っ飛ばされた奴がこの近くにいるかも、ということだ。
敵兵士が近くにいて、俺を狙っているかもしれない。そうなると、不用意に明かりをつけるのはまずい。
(思えば、最初に声を出しちまったのも失策だったな)
あれのせいで、俺がいること自体はバレてしまった。これ以上のマイナスを受けるわけにはいかない。
幸いにも、俺に見えないということは相手にも見えないということ。敵が兵士だろうと魔獣だろうと、様子を見ている限り、いったんは安全――
「って、いてっ! なんだこれ、うわ!?」
なにかに引っかかれて俺はあわてて飛びずさった、瞬間。
「死ねえええええええっ!」
ずしゃあっ! と飛んだ俺の鼻先を剣らしきものがかすめていき、俺を引っかいたなにかに当たって両断した。
「ち、外したか!」
「ちょ、なんで見えるの!? くそ、剣よ来い!」
俺があわてて呼び出した剣の光によって、相手――女騎士カシルと、そのカシルが絶命させたであろう獣が視界に現れた。
「うっ、まぶしい! くそ、光源があるなら最初から使え、馬鹿者!」
「いや、初手で命を狙ってきた敵から罵倒されるいわれはないと思うんだが……ていうか、さっきまではなんで見えてたの?」
「火の精霊による熱源探知の術だ。私とて岩巨人の傭兵、その程度の心得はある。
それに、こんな洞窟では、周囲の獣も自然と明かりを必要としないものが集まって生活するようになる。ここにいる地刷狼のような魔獣がな。こちらだけ一方的に見えないなら、即座にこいつらの餌食だ」
「あー……なるほど……」
俺は、改めて切り潰された魔獣を見た。
狼を思わせるフォルムの四足獣であったが、目があるべき場所になにもない。くぼみがあるだけである。おそらくは、他のなにかの器官で暗闇を見通せるのだろう。
「さて、それでは改めて尋常に勝負だ、小僧」
「え、ちょっと待って。俺、なんで殺されそうになってるの?」
「あれだけ状況を引っかき回してこちらのもくろみを台無しにしておいて、いまさら生き延びれると思ったのか?」
「知るかよ。力づくで子供の誘拐をもくろんだ奴の都合なんて」
「そう、それが失敗した。となると、おいおいあの集落は戦場になる。
次善の策は用意してあるが、それもいまのままでは無理だ。だからさしあたり最初にやることは、引っかき回す目障りなガキを排除することだ」
「いや、だからちょっと待って、」
「覚悟ぉ!」
「のわぁ!?」
がきぃん! と俺の剣がかろうじて相手の剣を受け止める。
次の瞬間、直感に従って俺は剣を離して横に転がって逃げた。
「受けてみろ、秘技、吠える剣風!」
ぶおんぶおんぶおん、と俺の真横でヤバい勢いの剣撃が放たれたが、すでに俺は逃げた後。必殺技は、取り残された剣を吹っ飛ばしただけだった。
からんころんからん……と飛んだそれを見て、カシルはふん、と得意げに息を吐いた。
「勝負あったな。死ぬがよい」
「マジかよこいつ。相手が丸腰でも容赦なく殺すの?」
「そもそもおまえは不気味なんだよ。なぜか私の名前を知ってるし、妙に直感が鋭いし」
「名前を知ってたのは神託のせいだよ」
「神託ぅ? なんだそれは」
「え、だから……なんだっけ。神話っていうか、世界の流れを……見る……? えっと、そんな感じの能力」
俺の言葉にカシルは少し沈黙し、
「異端信仰か? この地方の人間社会では見つかり次第縛り首だったはずだがな」
「いやそうじゃなくて! だから……!」
「ちぇいっ!」
「おりゃっ!」
「なにい!?」
がきんっ! と鈍い音がして、ふたたび俺の手元に帰ってきた剣がカシルの剣をはじき返した。
「剣を手元に呼び出した……? いまのは魔術ではないな。なんだ!?」
「だからー、これはバルメイスとかいう神様の剣なんだよ。そんで、昨日この剣の力で未来を見るやり方をキスイから教わったんだ。おまえの名前はそれで知った」
「『生贄』からだと……? では、本当に運命律を観ているのか」
カシルは言って、舌打ちした。
「剣を呼び出す神威に神話の防御律、そして予知能力か。精霊剣だけではちと殺しにくいな」
「だからなんで殺すこと前提の考え方なの? 岩巨人ってみんなそうなの?」
「失敬だな。私は七つの頃から戦場にいたからこういう考え方なだけだ。
それにまあ、おそらくそろそろ効き始めてくるだろうからな」
「なにが?」
俺の言葉に、カシルはあっさり応えた。
「毒。先ほどおまえが引っかかれた地刷狼の爪の麻痺毒が、そろそろ身体を蝕み始める頃合いだ。殺すのにはちょうどよいな」
言葉と同時に――ぐらり、と俺の視界が揺れた。
(え?)
どさっ、としりもちをつく自分の身体をどこか遠いもののように感じながら、俺は冷や汗を流した。
これ――大ぴんちでは?
以下、魔物紹介です。
『地刷狼』
種別:魔物 危険度:25 知名度:C 発生率:B 棲息地域:洞窟 特記事項:麻痺毒持ち
明かりのない洞窟に発生する魔物。シルエットは狼のそれであるが、目がない。
目の代わりに、なんらかの超常的な知覚を用いて周囲を認識している。そのため、明かりを向けてもなんの反応もないし、逆に明かりがなくとも動きは鈍らない。
厄介なのは毒で、ちょっと引っかかれた程度でもかなり致命的な麻痺が発生する。秘儀等で除去する、なんらかの加護で防ぐ、等を行わない限り、半日は動けなくなる。また、あまりにも多くの毒を受ければ当然ながら心臓麻痺などを誘発して死に至る。
毒がなければ通常の狼と大差ないのだが、この魔物の危険度を上げているのはこの要因による。




