閑話(2):夢幻に住まう秘剣
「ふっ……!」
ざくんっ。
にぶい音がして、いくつもの木の枝のうち一本だけが、きれいに切断されて地面に落ちてきた。
それを見て、男――シン・ツァイは息を吐き、ゆらゆらと頼りなく実体化していた手の中の剣を消す。
ぱちぱちぱち……と、空虚な拍手が場に響いた。
『けっこう、けっこう。実体と虚像を意のままに揺れ動き、狙った部位のみを切断する虚実の剣――それがホルサの剣とやらかの。見応えがあるわい』
「貴様に見せるためにやったわけではないのだがね」
シンは静かに言って、それからあたりを見渡した。
「どこにいる? グラーネル」
『ひょひょ。冗談を言うでない。実像と虚像とを問わず、あるがままを斬る『秘剣』カイ・ホルサの夢幻刀儀……その使い手を前に、わかりやすく見える幻像を設置するほど儂が愚か者に見えるかえ?』
「まあ、そうだろうな」
シンはため息をついて、言った。
「実のところ、予想はついていたよ。こうして一人で鍛錬にでも出れば、元弟子たる僕を貴様は必ず籠絡しに来る――そう思っていた」
『飲み込みが早いのは美徳じゃな。弟子よ』
「その呼び名、どうにかならないのかね? かつては弟子として能わずと切り捨て、捨て駒に使ったのはおまえだろう、グラーネル」
『それは勘違いじゃぞい、シンよ。儂は単に、誰が弟子であろうと切り捨てて捨て駒に使うだけじゃ。特段にお主が弟子失格であったわけではないぞ』
「それがなにかのフォローになっていると思うのなら、おまえはどうかしているよ」
『では殿下とでも呼びますかの?』
「からかうのはそこまでにしろ。用件は?」
冷たく問うたシンの言葉に、妖術師はひひひと暗く笑った。
『なに、ちょいと物入りでなあ。イレギュラーで、手に入れようと思っていた神器がひとつ、欠品してしもうたからな』
「あの剣か」
『おう。うまいこと軌道に乗せたと思うたらあの様よ。とはいえ、まだまだ代わりになるものはいくらでもある。あれか、あれと等価な神器か。それを手に入れたいのよ』
「僕が聞きたいのはそちらではない。対価だ」
『わかっておるだろうにのう。なあ、シンよ?』
舐めるような言葉に、シンは舌打ちした。
「『王子の二重性』か」
ひひ、と声が響いた。
「たしかに、余にとって奥義の収集は第一目的だ。僕がなにを考え、どう契約していようと、それに優先する。奥義を取引の道具として出されれば、応じるしかない。そこにつけ込む気か」
『こんなにわかりやすい弱点もないでな。ひひ。
未だ知られぬ奥義が儂の手の内にある。その時点で、お主は契約に応じざるを得ん。計画が立てやすくて助かるわい』
「そうか、そうか」
シンは言って、それからふっと微笑んだ。
「なあ、ところでグラーネルよ」
『うん、なんじゃ?』
「貴様、『混沌懐胎』の名で知られる奥義を知っているか?」
『なにをいまさら――待て。お主、まさか』
妖術師の声に、かすかな狼狽が混じる。
シンはかまわず淡々と、
「いまはまだ、僕は奥義とやらを見せてもらったわけではない。その『可能性』をちらつかされただけだ。取引材料としては足りん――そして」
『いや、待て。くそ、幻術が、幻術が解けん……!』
「収集、してないわけがないだろう? さすがに一〇八の奥義の原典そのままではないが……敵の居場所を決めつけ、虚実をない交ぜにして、強制的に自分の前に引きずり出す奥義の一つや二つ程度ならば、余の手の中にもある」
『木の枝か! 貴様、そこに儂を強制的に封じ――』
「死ね」
ざくんっ。
軽やかな音とともに木の枝が一本地面に落ち、そして静寂が訪れた。
シンはしばらくあたりを確認して、そして舌打ちする。
(駄目だな。当たりが浅い)
「さすがは生き汚さに定評のある『北の妖術師』グラーネル・ミルツァイリンボ。我が夢幻刀儀に耐えうるほどの防御法を、あらかじめ用意していたか」
手傷くらいは負わせただろうが、それ以上にはならなかっただろう。そう考えて、シンは顔をしかめた。
(いまは、これでよし。だがグラーネルが本当に『奥義』の断片を持っていて、それを取引材料に持ちかけられたら――)
「僕は、どうするんだろうな……?」
答える声は、そこには存在していなかった。




