三日目(2):悪党、世間話を続ける
俺はセンエイを見て首をかしげ、
「いい雰囲気……? この騒音でか?」
「いいからいい雰囲気になれよ。おまえがそこの神官ちゃんとくっつけばサリを狙うライバルが一人減るんだよ」
「いや、むちゃくちゃ言うなおまえ」
「あはは、どうもです。えっと……センエイさん」
「お、名前覚えててくれたんだね、かわいこちゃん。そちらは確かリッサちゃんだったね?」
「あ、はい。お世話になって……おりま……?」
会話の途中で急に距離を詰めたセンエイはリッサのあごをくいと持ち上げ、
「麗しい……子猫ちゃんだね。ふふ、かわいらしい」
「えっと、あの?」
「どうだい、この後ちょっと楽しいことをしないか? なあにたいしたことじゃない、ちょっと二人で秘密のぎょはっ!?」
言葉の途中で硬い植物でできた水筒がセンエイの顔面を直撃した。
「センエイ、さっきからうるさい」
言ったのは、この馬車に一人寝かされている患者。つまりは、サリである。
特に述べていなかったが、ここは医療用馬車。昨日の戦闘で重傷を受けたサリが寝かされているここに、俺とリッサはお見舞いに来ていたのだった。
センエイは大の字に転がった状態からがばっと起き上がって、
「ふ、ふふ、サリ、嫉妬とはまたかわいらしいじゃないか……」
「おまえ、その台詞を鼻血ぼたぼた垂らしながら言っても最高にダサいだけだぞ」
「うるさいぞライくん! サリは私の言動に嫉妬してはぎゃ!?」
さっき放られた水筒がひとりでに飛び上がって後頭部を直撃し、センエイはもんどり打って倒れた。
俺はあきれて、
「ていうか、おまえサリ狙いを公言しながらサリの目の前でリッサに手を出そうとするとか、どんだけ節操ないの?」
「ば、馬鹿言うな……私の本命はサリ一人……ただ」
「ただ?」
「それとは別にかわいい子がいたらつまみ食いしようとするのは、それはそれでありかなって」
「最悪の発想……」
「ていうか、なにしに来たんですか?」
さすがにジト目になってリッサが言うと、センエイはそうだったと荷物を取り出した。
「シャツ? それ、サリのか?」
「ご名答ー。サリ、復元終わったよ」
「ん、わかった」
「……復元って、あの、燃えカス状態だったところからか?」
「まあな。元から自動復元の魔術をサリがかけていたんだが、それだけだと雑にしか再現されないからな。あそこまで原形をとどめてないと厳しい。
だから微調整を依頼されてたんだよ」
「へえ……」
さすが魔人。魔術についてはエキスパートである。
サリはセンエイからシャツを受け取ると布団の中でごそごそして、そして普通にベッドから降りた。
「って、大丈夫か!?」
「もう大丈夫。実を言うと身体の復元はもう終わってた」
「復元って……」
俺が説明を求めてセンエイに視線をやると、彼女はふふんと胸を張った。
「サリは回復術が効かない代わりに自動回復持ちだからな。さすがにこれだけ経てば元通りよ」
「昨日の夜、全身やけどで所々炭化してなかったか?」
「そのくらいならわたしは大丈夫」
サリはあっさり言って、水筒を拾い上げて水を飲んだ。
五体満足。きれいな身体である。
「ん。消化器系も不全なし」
「一応後で精密検査するぞ。うちの馬車へ来るようにな」
「わかった」
サリがうなずくと、センエイは笑って、
「じゃあなライくん! いちゃいちゃするのもほどほどにな!」
とウザい台詞を吐いて、その場からいなくなった。
「あいつ、なんでもそっち側につなげないといられない病気なのか……?」
「気にしないでいい。あれはセンエイなりの嫌がらせ」
「嫌がらせって……」
「直接暴力に出るとわたしに止められるから、せめてライが嫌がることをしないといられないんでしょう。放っておいていい」
さらりと、サリは言った。
それから彼女はこちらを見て、
「そういえば、結局いまはどういう状況?」
と言った。
俺は肩をすくめて、
「予定は変わってねーよ。いまは昨日話題になっていた、岩巨人の集落へ移動中」
「そう。交渉はうまくまとまったのね」
「歓迎してくれるって話だよ。まあ、バグルルからの又聞きだけど」
「竜の死体は? あれは高く売れるはずだけど」
「そっちはとりあえず、狩りに参加した連中で分け合うことになった。大きな街でないと相場がわからないからいまのところまだ正確な額は確定してないけど、俺の分け前だけでも剣は余裕で買い取れるって」
「でしょうね。……そう、ライの借金が消えたのはよかった」
サリは言って、軽く吐息した。
リッサはこくん、と首をかしげ、
「でもキミ、実際のところこれからどうするの? このまま岩巨人の集落経由で森を抜けたとして、次に行けるでっかい街ってヴァントフォルンだよね?」
「らしいな。街道の終点だって?」
「古くは三王国時代の、東王国の首都だね。ボクたちはそこからさらに北へ行って、最近騎士団が開拓したっていう新興都市へ向かうんだけど」
「と、遠いな……」
「伊達に左遷されてないよ。
……って、そうじゃなくて。ボクたちのことはそれでいいとして、ライはどうするの? 借金が消えたら、この隊商とも縁がなくなっちゃうよね?」
「ああ。まあ、継続して働いてもらってもかまわないってクランから言われてるけど、そこまでクランに依存する気もないしな。
幸い、借金を返してもまだいくらかは余裕のある金額をもらえるみたいだし、選択肢はいろいろある。着くまで時間もあるしな。ゆっくり、後のことを考えるさ」
「そうだね。それがいいよ」
リッサに言われ、俺は森が続く道を馬車の窓から見やった。
余分な雑音を除けば、実に平穏な森である。馬車の進みも滞りなく、天気もよい。
だというのに、俺はなにか胸騒ぎがするのを、自分で感じていた。
(なにか、嫌なことが起こらなければいいんだけどな)




