三日目(1):悪党、世間話をする
ごーろごろ、と車輪は回り、馬車は進んでいく。
「いやあ、昨日の喧噪が嘘みたいだなあ。静かで、平和だ」
俺は遠い目で、馬車から見える景色を見ながらつぶやいた。
すでに草原は遠く、あたりにあるのは鬱蒼とした暗い森と、それを貫く街道だけ。
俺の隣に座ったリッサはうなずいて、
「現実逃避はそのくらいにしようね、ライ」
「うん。ていうか、まだ悲鳴聞こえてくるな。あのおっさん、実は体力すげえのか?」
「いやあ、どうだろ。どちらかというと、手加減してもらってるんじゃないかな」
後ろの馬車から断続的に聞こえてくる悲鳴を聞いて、俺とリッサはため息をついた。
旅の情緒も感傷も、この騒がしさでは台無しである。
この悲鳴は、例のサフィートとかいう、あの腹黒神官のものだ。
昨日の夜、俺たちはとある事情によって、竜退治をしなければならなくなった。
それ自体は、まあ、過ぎたことである。結果として死者も出ず、無事に竜を倒すこともできた、まではよかったのだが。
「誰だよ。あのおっさんに対して、竜の死体が高く売れることをバラした奴は」
「わかんないけど、ボクのせいだと思う」
「え、なんで?」
「いや、あの魔人さんたち、けっこう律儀でさ。竜退治に活躍した以上、ボクとスタージンさんも取り分を得るべきだって話をしに来たんだ。朝方ね」
「あ、じゃあそれを横で聞いてたあいつが……」
「たぶん、そういうことなんじゃないかな」
俺が知っているのは、隊商の出立直前になって、サフィートのおっさんが魔人たちに自分にも竜退治の分け前をよこせと怒鳴り込んでいったことだ。
その後、おっさんは相当ごねて暴れたらしく、結果として魔人たちの堪忍袋の緒が切れ、ああやっておしおき(穏当な表現)をされるに至った、ということのようだが……
「しかしあのおっさん、あれで本当に聖職者やっていけるのか? 前に聞いた話じゃおまえのとばっちりで左遷されたみたいなこと言ってたが、そんなものがなくても時間の問題だったんじゃないのか?」
「ふふーん、わかってないなあ、ライ」
にんまり、と、リッサは得意げな顔で言った。
「なにが?」
「サフィートさんのこと。あの人、あれで『人生相談の達人』って言われてたんだよ。元いた街ではちょっとした名物だったんだから」
「……マジ?」
「マジ。というか、ボクも最初は半信半疑だったんだけど、何度も実例を見たからね」
リッサに言われて、俺は首をかしげた。
いや、人生相談。人生相談……?
「あれに……? 無駄に喜捨を搾り取るだけの詐欺とかじゃなくて?」
「ま、たぶんライにはわかんないよ」
「なんでだよ」
「迷ってないから。サフィートさんの真価は、迷ってる人に対して発揮されるの。
人生に迷っている人に対して、その人の立場に立って事情を整理し、事実を陳列して、その上で妥当で現実的な選択肢をいくつか提示して選ばせるの。そういうのが極端にうまいんだよ、サフィートさんは。だけど、それが自分でできちゃう人間にとっては……」
「なるほど。ありがたみがわからないのか」
「そういうこと」
そう言われてしまうと、たしかに俺にはそういう相談のありがたみがわからない。
というか、人生相談なんて考えたこともない俺には、需要自体がいまいちピンとこない話ではある。
「でも、それを除いたら普段の言動はあんなんだぞ?」
「いやあ、いくらなんでも偉い人の前ではちゃんとしてるよ、サフィートさんは。ボクよりずっと、外面を取り繕うのはうまいんだから。
まあ……そのボクをうっかりかばいすぎちゃったせいで、とばっちりを受けちゃったんだけどね」
「へー……」
意外な話に俺は感心した。
単にがめついだけの奴ってわけでもなかったんだな、あのおっさん。
「まあそれはそれとして寄付金はしっかり取ってたから、ライの言ったことも間違ってはいないよ」
「あ、やっぱり?」
「というか、だから上層部からの覚えもよかったんだよね。稼ぎ頭だったから」
「まあ、そういうもんだよな」
俺はうなずいた。
馬車はごろごろと森の中を進み、もう勘弁してくれえ! という悲鳴が遠くから聞こえてくる。
風情もへったくれもない騒音に、俺とリッサがそろって苦笑していると。
「お、なんだよなんだよお二人さんいい雰囲気じゃーん。デート中?」
トンチキなことを言いながら、馬車にセンエイが乗り込んできた。




