三日目(3):悪党、ビビる
超巨大な昆虫の巣。
というのが、その集落の第一印象だった。
ケセイの岩棚、というのが、目の前にある巨大な断崖絶壁の名前である。
この岩棚はまさしく森林を貫くように通っていて、だからこそ通行のためにトンネルなんてものが必要になるわけだが。洞窟を住まいとすることを好む岩巨人族にとっては、格好の住居だったというわけだ。
岩棚の表面を加工してぶっとい円柱が頭だけ突き出しているような形にして、ところどころに明かり取り用の穴を開けて、「でっかい岩のところどころに虫食い穴が開いてる」風の不思議な外見の集落のできあがり。
天然由来のように見えて、その実ものすごく手の込んだものだというのがよくわかる。職人芸だと言えるだろう。……センスの方は、ちょっとよくわからないけど。
ともあれ、
「これ、どっから入るんだ?」
「あそこじゃないかな? ほら、円形の部分からちょっと離れたところに穴が開いてる。あそこからならボクたちでも入れると思うよ」
「あー、なるほど」
どうやら、よじ登って入る必要はないらしい。俺は少しほっとした。
そして、首をかしげる。
「にしても、なんで俺たちなんだろうな?」
「だよね。交渉してたの、魔人さんたちの一人だよね? なんでボクたちなんだろ?」
そう。
なぜか、岩巨人たちは俺とリッサをご指名だったのである。仕方ないので二人だけでこうして馬車から先行してきたが、正直言ってどうしてこの二人なのかというのがよくわからない。
「そもそも、なんで相手方はこちらのことを知ってたんだ?」
「わかんない。でも名指しでの指名だったらしいんで、ライとボクについては少なくとも名が知れてるってことじゃないかな」
「うええ、なんか嫌だなあ。どういう調べ方したんだろう」
「わからないけど、たぶん神格――待ってライ。あれ、もしかして集落からの出迎えかな?」
「え?」
リッサが指さした先にいたのは……
怪物だった。
いや、そうとしか言いようがない。おそらくは俺の二倍近い身長の人型生物。がっちがちに固められた筋肉質の『太い』身体で、下手すると俺の胴より太そうな腕や、それよりさらに太い脚。ところどころに古傷らしきものがあるのが恐怖をさらにかき立てる。
「よし、逃げよう」
「待ちなさい」
がしぃ、とリッサが俺の襟首をつかんだ。
「馬鹿、離せ! いくら巨人族っつったってあそこまででかいなんて聞いてねえぞ!」
「ボクだって聞いてないけど、敵対してるわけじゃないのに逃げたら失礼でしょ!」
「そんなこと言ってる場合か! 殺される、いいから離せー!」
「ほら、暴れない! シャキッとする! いまあの隊商の代表はボクたちなんだから、舐められる態度を取っちゃだめ!」
俺がリッサに抱え込まれながら見苦しくあがいていると。
「失敬――神の系譜に連なるお方に、見下ろすような姿勢をお許しください」
いつの間にか目の前まで来ていた筋肉の化け物がそう言って、片膝をついた。
「我が名はドッソ。家柄名をガルヴォーン。しがない岩巨人の戦士にございますが、此度は我が集落の代表から命を受け、お二人をお迎えにあがりました」
(あ、意外と紳士っぽい)
バグルルばりの脳筋を想定していた俺は、その物腰の柔らかさに少し拍子抜けした。
リッサは、俺の抵抗が弱まったのを見て離れて、ドッソに向かって言った。
「こんにちは。ええと……ガルヴォーンの君、とお呼びするのがよろしかったでしょうか。すいません、岩巨人の文化はわたしには縁遠くて……」
「いえ、どうぞドッソとお呼びください。我々岩巨人は人間と異なり、家名は特別なるもの。故に、その呼び名は通常、目上への尊称となります。私はただの案内人、そのような呼称は身に余ります」
「……そこまで俺たちを上として扱う理由はなんなんだ? ただの客人にそこまで礼を尽くさなくてもいいだろうに」
「こら、ライ!」
リッサがあわててたしなめたが、一方でドッソは特に意に介した様子もなかった。
「我が主の客人でございますれば、当然かと。岩巨人ならば誰でもこうすると存じます」
「その、あんたの主ってのは?」
「岩巨人の間では、『生贄』の名で呼ばれております」
隣にいるリッサが息を飲んだ。
「……どうした? リッサ、いまの名前に心当たりが?」
「うん。ちょっと看過できない。
ドッソさん、『生贄』とは……あの、『生贄』なのですか?」
「はい」
ドッソはすんなりとうなずき、続けた。
「我ら岩巨人族が崇める唯一にして至尊なる御方。姿をお隠し遊ばされて幾星霜、今なお神秘の色あせぬ偉大なる大巨人。――女王。その代理たる、岩巨人族の至宝にあらせられる御方が、あなた方をお客人として招く決定を下したのです。ライナー・クラックフィールド様、リクサンデラ・メザロバーシーズ=キルキル・ポエニデッタ様。お二人をお呼び立てしたのは、そのためでございます」




