二日目(20):決戦! 草原の弧竜-1
「まずは結界防御! ハルカ、レーヴァティン行けるか!?」
「万全です、コゴネル。ただし、時間がかかります」
「いい返事だ! 全員、ハルカのために時間を稼ぐぞ! 結界は四大式で俺が敷く。ミーチャは補助、バグルルは緊急時に備えて抜剣待機! あとセンエイとシンはなにができる!?」
「すまない。この手の相手と僕の剣は相性が悪い。火炎を斬る程度のことならできるだろうが、体当たりは厳しい。センエイは?」
「ま、召喚獣かね。ワカメラーケンはいったん引っ込めるとして……あのくらいの相手で、うまく傷をつけないとなると、ヴォルド・テイミアスかな」
「それでいい! とにかく時間を稼いでレーヴァティンをぶち当てれば勝ちの目が出る! 全員、気張るぞ!」
という声を遠くから聞きながら、俺は走っていた。
「サリ! どこにいる!? サリ!」
手に持った剣の放つ光を頼りに探す。
いい加減、膝が限界に来ている。いくら疲労回復にサフィートの術をもらったと言っても、その後のアクションで走り詰めだったのだ。
(くそ、入れ違いだったらいいんだが……そもそもこの騒ぎで、サリが姿を現してないこと自体がおかしいんだよ!)
「あいつ、別の敵かなにかと交戦中だったりしないだろうな……?」
「そうじゃなくて野暮用」
「うおわぁああ!」
俺は横からいきなりささやかれてのけぞった。
「な、なんだよ! いきなり暗闇から現れて、びっくりしただろ!」
「うん。いまのびっくり顔、おもしろかった」
「忌憚ない感想ありがとうよ! で、状況は!?」
「問題ない。協力者を配置してある」
「?」
俺がよくわからずに首をひねっていると、サリは淡々と続けた。
「いまみんなが考えているのは、私たちの最大火力である『レーヴァティン』って術をたたき込んで、瀕死になった竜を袋だたきって戦法だと思う。
だから、レーヴァティンが発動するまでは待機。その後が腕の見せ所」
「そうなのか……でも、おまえって短剣使いだろ? 竜相手に、そもそも短剣が届くところまで近寄れるのか?」
「もちろん」
言うと、サリは小さく瞑想し、
「機構『千手観音』準備」
「うわ、なんか出てきた!?」
サリの身体の陰から出てきた、たくさんの青白い人魂のようなものに、驚いて叫ぶ。
サリはそれをひとつ、つい、と俺の目の前に動かし、見せた。
よく見るとそれは、青い魔法の光を放つ、小さな短刀だった。
「これがわたしの主力武装、千手観音。
魔力を通わせた短刀が、わたしの意のままに自在に宙を動いて行動や攻撃を補助する。元々は、手を触れずに物を動かす『端末』っていう魔術を、わたしが独自改良したもの」
「それが、なんだって?」
「だから、こういうことができる」
言うと、サリはよっ、と声をかけてジャンプし、短刀のひとつの上に飛び乗った。
そのまま、よっ、ほっ、はっ、と軽くかけ声を出しながら次々と飛び乗る短刀を変え、俺の背丈の倍以上の高さまであっという間に駆け上がってから、すたっと着地。
「こんな風に、足場にして空を飛んだり、攻撃モードにすれば遠距離攻撃もできる。とっても便利」
「そういうことか。にしてもおまえ、すげえ器用だな」
「ふんす。まかせて」
胸を張って息を吐くサリ。精一杯がんばって偉そうにしているっぽいが、かわいいだけである。
と、その瞬間、地面がものすごく大きく揺れた。
「うおおああああっ!?」
「突進攻撃ね。竜の巨体を使って、一気に陣地を押しつぶそうとしたかな」
「それ、大丈夫なのか!?」
「大丈夫。ほら見て」
「あ、たしかに」
鼻先に傷をつけられ、弧竜が空に舞い上がっていくのが見える。
「たぶんバグルルとミーチャが押し返した。けど、二度目は無理だと思う」
「え、マジで?」
「そもそも、あれだけ強大な竜相手に、防御陣地を敷いての耐久戦はきつい。コゴネルたちはたぶん、隊商のひとたちが退避するまでの時間稼ぎのためにああいう戦法を選んだのだろうけど」
「じゃあ、どうするんだ?」
「だから、まずは最大火力をぶつけて弱らせるの。弱った竜はもうあんな無茶をできなくなるから、後は狩るだけ」
「わかったけど、いや、でも待て。弧竜がまた引き返して来たぞ!?」
「うん。だから」
サリは言った。
「ライ、構えたほうがいい。大技が出る」
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「っしゃあ! 見たか!」
「まるまる~!」
ひん曲がった大剣を掲げてバグルルが吠え、ミーチャが叫ぶ。
「落ち着け! シン、損害報告!」
「防御陣地ロスト! あとコゴネル、君の魔術攻撃も効いてなかった! いまの魔力差だと四大制御系は諦めた方がいい!」
「ええいくそ、わかってたが化け物だなあれは! ハルカ、進捗は!?」
「まだ方向付けの構築途中です。もうしばらく時をお稼ぎください」
「センエイ! おまえの方は?」
「任せろって。準備、できてるぜ」
センエイはすっくと立ち上がり、いつの間にか地面に描いていた魔法陣の中心で不敵に笑った。
「さて、これに出でたるは死神どもの総領袖! 悪夢より出でし不定形の獣、出でよテイミアスの顎――!」
呪文と共に、得体の知れない気配がせり上がってくるのを、その場の全員が肌で感じた。
「さあ、来い! ヴォルド・テイミアス、部分召喚で悪いが働いてもらおう!」
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「な……なんだ、あれ!?」
俺は思わず声を上げた。
それは『気持ちの悪いもの』だった。
そうとしか言いようがなかった。なにしろ、見えているはずなのに正体がわからないのだ。
なんらかの獣だとは推測できるのだが、それ以上はどうしてもわからない。まるで、頭が理解を拒否しているかのようだ。
そして、その感覚と『あれはいてはいけないものだ』という生理的嫌悪が混ざって、ものすごく気持ち悪い。見ているだけで吐きそうだった。
「あまり無理して見通さなくていい。元から、見えないようにできてる」
魔人たちの陣地に下降してきた竜を真っ向から迎撃して弾き飛ばし、そのまま飛翔して空中戦に移行した化け物を見て、サリが言った。
「あれはなんなんだ? サリ、おまえは知っているのか?」
「たぶん。わたしも召喚魔法は素人だけど、見たことはある。おそらくは『死神の王』の異名を持つ超生物、ヴォルド・テイミアス。ただし、一部分」
「一部分?」
「おそらく召喚者はセンエイ。この短時間にあれだけの精度のものを呼び出すなんて、すごい」
サリは無表情で言った。
その言い方が、なんとなくこれは前座であって、もっとヤバいものが控えているということを告げてくれる。
「まだ先があるのか?」
「うん。ヴォルド・テイミアスは強い召喚獣だけど、逆に強すぎて長い間の召喚ができない。今回の召喚の持続時間では、足止め以上のことはできないと思う」
「じゃあ……」
言おうとして、俺は、それに気がついた。
魔人たちの陣。その中央にともる、小さな赤くて丸い球体に。
(なんだ、あれ)
ぞくん、ぞくん、と、自分の中の怖気がどんどん増していくことに気づく。
あれはさっきの化け物どころではない。この世に存在してはいけない――
「直視はだめ。訓練してないとひどいことになる」
さっ、とサリの手が視界をさえぎり、俺はほっと息をついた。
「や、やばかった……ありがと、サリ。でもあの赤いの、なんなんだ?」
「あれが『レーヴァティン』。ハルカが使う召喚術式で、『射撃魔法』っていうカテゴリの中で最強と言われる魔術」
サリは淡々と解説した。
「どんな魔法だ?」
「生物の魂を極限まで純化した『始原の炎』を召喚し、それを剣にして使役する魔術……なんだけど」
「なんだけど?」
「途中でどうやっても暴走するので、その暴走方向を制御して暴走した始原の炎を相手にぶつけるのが、実際の使い方」
「けっこう乱暴だな! 使って大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃない。実際、人間の街に使ったら、何万人死ぬかわからないレベルの大災害を引き起こす技だから。
だけど弧竜みたいな規格外には、こういう技じゃないとまともに効くことすら期待できないから」
言うと同時に、サリは手を軽く振った。
かかかっ、と、俺の足下に例の青い短刀が三つ、取り囲むように刺さる。
「お、おい、なんだよ」
「ライは動かないでね」
「え? うわっ!」
光る円柱のようなものが発生し、俺は閉じ込められた。
「なにすんだよ、サリ! ちょっと!」
「ごめん。でも、いま一番危ないのはライなの。だから、前線に絶対出てこないようにしなくちゃ」
サリは自分で言い聞かせるように言って、それから空を見上げた。
「行ってくる」
「おい、サリ――」
俺の言葉も聞かずに、サリは空に向かって跳躍。
直後。
爆音と共に、火炎の塊が竜へ向けて発射されたのが、見えた。
【余談】
本来、この場合の弧竜に対する最も有効な戦法は、森におびき寄せてのゲリラ戦術です。相手は視界が利かず攻撃の的を絞れず、魔人側が一方的に攻撃し削ることができます。
しかし今回、隊商が後ろにいるためその作戦が取れず、魔人たちはやむを得ず次善の策として結界防御陣を敷いてのガチンコを選択しています。大きなダメージさえ与えてしまえば竜側も回復のために魔力を割かねばならず、結果として防御力が減衰して魔術攻撃が通りやすくなるため、まずは一発でかいのを当てようという作戦です。
サリがその防御陣に合流しないのは、ライを見張りたかったからというのもひとつの理由ですが、もうひとつは、合流してもやることが変わらないからです。サリには陣地の防御に適した能力がないので、与えられる役割は遊撃。この後にサリが行うことを考えれば、なにも変わらないのです。
以下、今回出てきた魔術の紹介
『ヴォルド・テイミアス召喚』
種別:召喚術 習得難易度:67 知名度:B+ 普及度:E 備考:魔力消費甚大
死神の王というあだ名を持つ強大な召喚獣、ヴォルド・テイミアスを召喚する。
途方もなく高等な召喚術であり、また召喚術の中でも魔力の消費が非常に激しいため、普通の魔術師には覚えられず、覚えられたとしても使えない。センエイも、かなりの小細工をしてなんとか実現させている。
ヴォルド・テイミアス自体はとある事情からとても知名度が高いのだが、使用者が極めて少ないのは、そういった事情に起因している。
『レーヴァティン』
種別:召喚術/一〇八の奥義 習得難易度:75(∞) 知名度:B 普及度:E+ 備考:魔力消費甚大
元はとある『魔王』と呼ばれる存在が編み出した必殺技。遠き聖典世界の果て、炎獄回路から、純化された魂の結晶である始原の炎を召喚して剣の形にして使役する。近接攻撃、遠距離攻撃、どちらに使用しても隙がなくめちゃくちゃな攻撃力を誇る、まさに最強の召喚術……なのだが。習得難易度にあるように、本来の形ではこの魔術は誰にも使用できない。
そのため、方向付けだけして暴走させて敵にぶち当てるという、攻撃魔術としての使用法が研究されている。今回のハルカの使用法もこれ。こんな乱暴な使い方ですら、難易度は常人が極められる限界を超越している。
なお、こんな超高等魔術であるが、みんなの憧れ的なものでもあるため、難易度の割に習得者はそれなりにいる模様。




