二日目(21):決戦! 草原の弧竜-2
「よーし直撃! ……って、なんだありゃ!?」
下からコゴネルの声が聞こえてくる。
(バグルルと違って細身のくせに、声はよく通るのね、彼)
そんなことを考えつつ、わたしは跳躍する。
いまの千手観音の陣形は『鳥船』。空中走行を自動サポートしてくれる形態だ。
それを使って空中をひた走る。ただひたすらに、竜に向かって。
ヴォルド・テイミアスを腕力で押し返した直後、レーヴァティンの直撃を受けた竜は、赤熱していた。
赤熱しているが、しかし、それだけだ。
レーヴァティンは炎の形を取っているが、その本質は『存在力』による存在浸食である。熱だけで済んでいるというのであれば、それは『防がれた』ということだ。
おそらくは、古い竜特有の強大な魔力で、魔術の働きを変えられたか。
わたしは右目の方を見開き、赤熱した相手の状態を仔細に眺める。
……うん、予想通り。直撃した腹部の鱗が、何枚か剥がれている。
(ここまでは予知通り。ここから!)
まずは、攻撃に激怒して反撃に移ろうとしている竜を、こちらに注目させる。
「陣形『迦具土』実行!」
わたしの命令に反応した短刀が、一斉に弧竜の腹めがけて殺到し、弱い箇所に突き刺さった。
致命傷には遠い。が、かなり痛かったのだろう。弧竜は咆吼を上げ、わたしに向けて口を開けた。
「陣形『鳥船』修復!」
戻ってきた短刀を足場にして高速移動。竜から吐き出された炎の塊をやり過ごしつつ、竜の腹へと向かう。
竜はあわてて前脚で払い落とそうとしたが、
(空中戦ならば、小さいこちらに分がある!)
的が小さすぎて、うまく当てられなかったのだろう。脚はかなりわたしから離れたところを通り過ぎていった。
わたしはそれを見届けてから『新月』を抜き放つ。
即席の魔法剣である短刀では、このクラスの竜には痛みくらいしか与えられないだろうが、このナイフは真の意味での魔剣。これをはがれた鱗の部分に突き立てれば、かなりのダメージを与えることができる。
もちろん、浅すぎて致命傷にまでは到達しないだろうが……
(だけど、今回は別の切り札がある)
短刀を飛び移って竜の腹にもぐりこんだわたしは、えぐるように『新月』を、鱗がはがれた箇所にたたき込んだ。
ぎゃあああああああ! と、竜の悲鳴。
そして竜は怒り狂ったように旋回を始める。おそらく、その動きに巻き込んでわたしを葬るつもりだったのだろう。
だがわたしはそのとき、すでに『新月』から手を離し、遠くまで離脱している。
「リッサ、後はお願い!」
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「見えた!」
その青い光は、遠目からでもはっきりと見ることができた。
狩人として鍛え上げた、遠くを見る目。そして、サリが竜に突き刺した短剣が放つ、青く鋭い光。
これだけの条件が整えば……やらないわけには、いかない。
(ああもう、自信なんてないってのに!)
「理気を司る神ザイタイ・マーフィンケルの御名において宣言する! 我は天命に応ずる者――」
慣れたはずの詠唱の、声が震えているのを感じる。今回行うのは、それだけの大役だ。
なにしろ、失敗すれば後がない。魔人たちは最大の攻撃を外してガス欠。一時の痛みから回復した竜は、今度こそ彼らを全滅させるだろう。
「時の爪痕を疑い、聖なる印を隠し、行うは永劫の破却!」
弓にかけた指が震える。けれど。
(ボクに『自分の道を貫け』なんて偉そうに説教してくれた子がいて、それを助けないといけない。なら――)
「力は光のごとく、炎は泡立つように、生命は再起する――!」
(それに応えるのが、ボクの生きる道だって、もうわかってる!)
「回帰! いっけええー!」
放つ。
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瞬間、世界が巻き戻り、弧竜の絶叫があたりに響き渡った。
レーヴァティン。『始原の炎』をぶつけ、存在力の暴力で相手の存在を刈り取っていく剛炎の魔弾。
一度は弧竜の魔力によって逸らされ、無効化されたはずのそれが、飛んできた矢に付与された回帰によって復活していた。
がん、がん、がん! と、炎が当たっている音とは思えない金属の採掘音のようなものが響き渡り、弧竜の胴を削り抜いていく。
そして術式の核となる赤い真なる炎はとうとう竜の体を貫通し、遙か空の彼方へと飛んでいった。
竜は力なくうなだれ、地面へと落ちていく。
それを見届けて、わたし、サリ・ペスティはふう、と息をついた。
なんとかうまく行った。
あの秘儀が『神話の力に属するものの時間を巻き戻す』というのなら、神話の力の塊と言える『始原の炎』にも有効だと読んだのだ。
さすがにあんな術が二発たたき込まれれば、古き竜と言えど耐えられない。それに、今回の炎の軌道上には竜の心臓が位置するように『新月』に細工してある。追撃するまでもなく、これで終わりだ。
わたしはゆっくりと地面に向けて下降しながら、状況をチェックする。
竜によって予定されたライの死は、とりあえずは回避された。
はず。なのに。
ぐちゃぐちゃになった、ライの死体が見えた。
「――え?」
「ダメだサリ、後ろ!」
センエイの悲鳴みたいな声に、わたしが振り向く間もなく。
炎の弾丸が、わたしの背中に炸裂した。
『千手観音』(サウザンドアームズ)
種別:魔化 習得難易度:3 知名度:B 普及度:E- 備考:陣形と言われる追加効果あり
逆さ螺子山地の戦いにおいて、群虫の魔王テゥトトトトトリリムと対峙した魔女、『虐殺者』サリ・ペスティが構築した決戦魔術。総数二十八本の短刀にそれぞれ魔法剣としての特性を付与し、自在に操る。足場として使う、重ねて盾にする、独立してまわりを攻撃させる、収束して打ち出す、などの使い方が代表的。
習得難易度が極度に低いことからわかるように、本当に形だけならば、およそ魔技手工を名乗っている魔人であれば誰でもまねすることができる。それもそのはず、サリ・ペスティがこの魔術を開発したときに知っていた魔術は、ナイフを一時的に『魔剣化』することと、それを『端末』として空中に浮かせて動かすことだけであり、この魔術自体はその二つの「基本」の魔術を進化・発展させたものに過ぎない。
もちろん『端末』も『魔剣化』も非常に初歩の魔術であり、「使う」だけならば誰でもできる。しかし、「サリ・ペスティほどの魔法鍛冶が使った『魔剣化』」を再現できる者はそういないし、「サリ・ペスティほどの魔法剣士の行うナイフ捌き」ができる者もそうそういない。これらを前提として、さらに「『端末』二十八本を同時に意のままに操る能力」がないとまともに使いこなせない。
結局、この技がサリ・ペスティの代名詞たる理由は、
・当人の能力がそもそも世界最強クラスの魔法剣士であること
・『魔剣化』によって作られた魔剣の異常な高性能
・『端末』二十八本をそれぞれ独立して、自分の手と同レベルに操る人外じみた制御能力
この三つの条件を共に満たせるのがこの世でサリ・ペスティただ一人だけだから、なのである。
なお、この魔術にはさらなる隠した力があるが、それはこの時点ではまだ秘されている。




