???:ある狭間の出来事
「振り出しに戻る。という言葉がありますけど」
その女は、出し抜けにそう言った。
「わたしにとっては、あまり縁のない言葉なんですよね。『過去』なんてものを司っているからですかねー。誤解されるんですけど、『過去』とは振り返るときに初めて意味を為す言葉。当人は常に未来に生きてなければいけないのです」
「いや。おまえ、誰だよ?」
「おっと。もう自我が覚醒したんですか? 思ったより早いですね」
女はにこにこ笑いながら、そう言った。
俺はまわりを見回した。
花畑、のように見える。
遠くには、人工物のブロックがあって、そこから先は一面の抜けるような青空が広がっている。とすると、ここはかなり高いところなのだろうか。塔の上とか。
しかし、塔の上にしてはずいぶんと広い場所だった。
あたりは一面、花で埋められている。そしてその中に目立つ人工物として、折れた、剣が――
「ああ、そこまでそこまで。あまり世界庭園なんか観察するものじゃないですよ。ましてや、これは偽物ですからね」
「そうなのか?」
「はい。どうしても必要があって再現したものです。わたしは、擬園の聖域なんて呼んでますけど」
「…………」
よく、わからなかった。
よくわからないまま、俺は尋ねる。
「まあ、いい。それで俺はなんでここにいるんだ?」
「あなただけじゃありませんよ?」
「え?」
女は、底知れない目で笑った。
「この世界のすべての生きとし生けるものが、ここに集っているのです。いえ、集められた。そう、つまり――」
ふう、と吐息して、
「急に世界が滅びてしまったので、みんな途方に暮れてるんですよ。それが現状です」
「はあ?」
俺は思わず声を上げた。
「世界、滅びたの? なんで?」
「わたしが聞きたいですよ。なんでこんな気軽に世界なんて滅ぼしちゃったんですか、ライナー・クラックフィールド」
「い、いや、そんなことを言われても……」
「なーんて」
てへっ、と女は舌を出してみせた。
「冗談ですよ。『いまこの瞬間』に世界が滅びているのは事実ですが、それは世界からすれば本当に一瞬のはざまの出来事。実際には世界は滅びず、これからも続いていくように、さっきから調整をしているところです」
「調整……?」
「まあ、そういうわけで。ライナー、あなたにはそのうち、わたしと出会う運命を義務づけさせてもらいます」
女は、こちらの質問に答えているのかいないのか、よくわからないことを言った。
「それでなんとかなるでしょう。後のつじつま合わせには古いつてを頼りますか。あの馬鹿者も、さすがに今回は断らないでしょうしね」
「いや、待ってくれ。そもそも……」
俺は、少しだけ言いよどんで、それから言いたいことをなんとかひねり出した。
「世界なんて、そんなに簡単に壊れるものなのか?」
「そりゃあ、ほら。現にこうやって」
「俺、なにか選ばれし存在だったりするのか? 世界を簡単に壊してしまえるような?」
「誰に選ばれたんですか?」
「いや、それは……」
俺は少し考えて、
「よくわからない。特別な血筋ってわけじゃないしな、俺」
「そうですね。そもそも血筋なんて、数千年経てば混ざりまくって、わけわかんなくなってますからね。血筋で世界が滅ぼせるなら、誰にだって滅ぼせることになる。それは困った話です」
「……逆に言うと、俺が世界を滅ぼしたというのは、俺が特別だったと?」
「そうですね。特別です」
「なんで? 俺、生まれてからいままで、自分が特別だなんて思ったことは一度もないぞ?」
「え、バルメイスの神剣を抜いたのにですか?」
女に言われて、俺はふとそれを思い出した。
「……あー。それはたしかに、特別かな」
「ですよね」
「じゃあアレか。俺はバルメイスの神剣を抜けるような、それどころか世界すら滅ぼしてしまえるような特別ななにかだったわけか?」
「違いますけど?」
「……さっきから話が堂々巡りなんだが」
「まあまあ、いいじゃないですか。どうせこの空間を抜けて元の時空に戻ったら、全部忘れてますから」
「あ、これ、そういう話なの?」
ようやく、状態が少しだけ見えてきた。
つまり、これは世界の狭間、なにか別の時空で行われている刹那の問答で。
しかも、おそらく目が覚めた瞬間に記憶が吹き飛ぶような、そんなあやふやなものなのだ。
「そうなると一気に興味がなくなってきたな……」
「ええー、そんなこと言わずにもっと問答しましょうよ。わたし、けっこう退屈してたんですよ?」
「そう言われてもな。俺は芸人じゃなくて悪党だ。あんたを笑わせるのは、別の奴の役割だろうさ」
「いえ、気づいてないかもしれませんけどライナー、あなたの人生はわりと面白いですよ? 外から見てると」
「あっそ」
「つれないなー。もっと乗ってくださいよ。そうだ、いままわりの女の子で誰が気になってます? やっぱりリッサちゃん?」
「そんなこと気にしてられるほど余裕ねえよ。生きてるので精一杯だ」
「そんなこと言いながら、大悪党なんて余分を目指しているくせに」
「いや、それは――」
「よし、とりあえずこれからハーレム築きましょうハーレム。サリちゃん、リッサちゃん、あと手頃に手を出せそうなのは誰ですかね。マイマイちゃんも行っときます?」
「人の人生をひどい娯楽に使ってるなおまえ! そして築かねえよ!」
「えー、でも悪党っぽいじゃないですか、まわりに女の子はべらせてるのって。まあライナーの場合、背丈が絵面的に問題になりますけど」
「おまえ言ってはいけないことを言ったな! 戦争だ!」
「はいはい暴れない暴れない。……ん、だいたいうまく行ったかなー。ちょっと大変だろうけど、まあこれなら行けるでしょ」
「なんの話だ?」
「さて」
女はとぼけて、笑った。
「じゃ、適当にがんばってください。――世界が滅びるにしても、もう少し納得のいく結末を。それがわたしたち、残された者たちの願いなのだから」
【余談】
旧作を作成中、ライはバルメイスの血を引いているのですか? という質問を見ましたが、答えとしては、たぶん引いているんじゃないでしょうか。
バルメイスが生きていた時代から二千年以上経ちますし、その間にものすごく血が混ざっていますからね。神の血なんてその辺の誰でも引いてる時代ではないかと思われます。
もちろん、ライが剣を抜けた理由はそれではないです。




