閑話(4):サリ・ペスティという魔女-2
「っ、ぐ、う……っ」
じゅうじゅうと、肉の焼ける音がする。
その音でようやく、わたし、サリ・ペスティは自分の右腕に剣が突き立っていることを認識した。
「あ、か、はあっ……!」
剣を突き立てていた左手を使って、右腕から引き抜く。どろりと、血液ともなんともつかない液体が右腕からこぼれ出た。
――ぎりぎり、乗っ取られるのは阻めたようだ。
わたしは、たったいま自分の右腕から引き抜いた短剣を見る。
自分が初めて作った魔剣。『魔剣化』によって一時的に魔剣と化したものではなく、常に『魔剣』として存在する剣にするために、いろいろと無茶をした。銘は『新月』。
これには複数の、魔剣としての特性を付与してある。病魔と呪いへの耐性強化。刃こぼれの自動回復。腐食に対する耐性。重量の軽減。それから――強力な治癒能力と、それと比例した魔物への強毒化。
最後のものが一番重要だった。通常の治癒術式は、それが魔術であれ秘儀であれ、魔物には等しく毒として作用する。だからわたしは、本当にどうしようもないほど体内の魔物が暴れた時には、この剣を身体に突き立てるのだ。
今回もそれで、ぎりぎり対処が間に合った。あれが間に合わなくなったとき、わたしは……
「う、うわっ!」
声がした。
振り返る余裕はないが、知り合いの声だ。
「サリさん、なにその傷! 大変じゃない!」
「――ダメ。近づかないで」
わたしは、荒い息でそれだけ告げた。
相手は……名前は長いのでよく覚えてないが、たしか旅の神官の女の子だ。
「で、でも、その傷じゃ」
「どのみち、わたしに治癒の秘儀は逆効果。わたしの身体には魔物が宿ってる。だから、傷を悪化させることにしかならない」
シンプルに事実を伝え、相手を拒絶する。
適切に伝えられず、結果としてひどい目に遭ったこともある。この場合は、拒絶した方がお互いのためだ。
と思ったのだが、神官は食い下がった。
「つまり、魔物だから普通の治癒はダメ。建物とかに使う修復系は中の魔物も復活しちゃうからダメ。そういう感じ?」
「……うん、そう」
「わかった。その状況に見合う秘儀がある。任せて」
「え?」
ぽかん、としている間に、彼女はぱんっ、と両手を合わせて、詠唱を始めた。
「理気を司る神ザイタイ・マーフィンケルの御名において宣言する。我は天命に応ずる者」
「待って。それは……」
「時の爪痕を疑い、聖なる印を隠し、行うは永劫の棄却」
「…………」
聖なる力の働きに、思わず息を飲む。
明らかに高位の大秘儀。それも、いままで見たことがないタイプのものだ。
「力は光のごとく、炎が泡立つように、生命は再起する――回帰!」
しゅるしゅる、とわたしの左腕から、傷が静かに消えていく。
そして身体全体からも、魔物に荒らされたことによる疲労とダメージが、明らかに消えていくのを感じた。
「着弾点周辺の『神話の流れ』の時間を巻き戻す術。これなら、魔物を回復させずにサリさんの体力だけを回復できるってわけ。どう、効いたでしょ?」
自慢げに、その神官は言った。
わたしは……目をぱちくりさせて、尋ねた。
「どうして?」
「え?」
「どうして、こんな対処法を知ってたの?」
「あー、うん。わたし、地元はずっと東なんだけどさ」
彼女はちょっと照れくさそうに言った。
「東方には、『邪仙』って言われるひとたちがいてね。そのひとたちの修行法のなかに、似たようなのがあるんだ。
で、ときどき手遅れ寸前にまで悪化した邪仙が急患で運び込まれてくることがあって、そのときに使う治療法がこれ。そういうこと」
「……なるほど」
わたしは熱心にうなずき、
「東方には、こういう人たちがいる?」
「う、うん」
「なら――根本的に、人間の身体に戻る方法も、知られてる?」
わたしの問いに、彼女はうーんと考え、
「わかんない。邪仙の奥義だから、知られてたとしても彼らが外部に漏らさないようにしてるかも」
「……そう。わかった。参考になった」
この仕事が終わったら、東方へ旅をしてみよう、と考えるわたしだった。
そして、いまさらながらに気づく。
「ところで、大丈夫なの?」
「え? なにが?」
「たしか神殿は、魔物との接触を禁止していたはず。わたしに関わってよかったの?」
「あー、うん」
彼女は目をそらし、気まずそうにうなずいた。
「ホントはまずいんだと思う。でも、ボクはこの地方の神殿のしきたりとか、疎いから。よくやっちゃうんだ」
「そう……」
「だからここであったことは内緒。お願いね?」
手を合わせて言う彼女に、わたしはうなずいた。
「うん、わかった」
「そう。よかった」
「ところで。わたしはあなたの名前を覚えてない」
「え、そうなの?」
「うん。だから教えて」
言われて彼女は、肩をすくめて答えた。
「長いからね。愛称でいいよ。『リッサ』って、そう呼んでくれれば」
「そう。――ありがとう、リッサ。今日のこと、わたしは生きてる限り忘れない」
「そ、そんな大げさな! わたしは、」
リッサがなにか言おうとしたとき。
『傾注! 傾注である!』
「――!? なに!?」
リッサが上を向いた。
わたしも驚いたが、まずは声の方向を確かめることを重視して、沈黙し、耳を澄ませる。
おそらくは若い男とおぼしきその声は、こう続けた。
『我が名はスライデン! スライデン・アムルタート! 『過去』を司る大巨人プロムの筆頭祭祀にして、研鑽の末に亜神へと至った者である!』
「プロム様の……筆頭祭祀……!?」
リッサが目をむく。
筆頭祭祀という言葉を、わたしは知らなかった。たぶん、神殿の関係者であればわかる言葉だったのだろう。だが、亜神という言葉の方は知っている。
(修行によって、神に近い位置までたどり着いた者……でもそんなものが、なぜここに?)
答えは、次の言葉で示された。
『こちらに、未来予知に関わる神威、あるいはそれに準ずるものを持つ者がいるとお見受けする! その者へ、我が主よりのお言葉を伝達する!』
「あ……」
間違いない。この左目のことだ。
そして次の言葉が、決定的だった。
『現在、ある事情によって神話の力が極度に乱れており、そちらの能力は正常に発動しない可能性が高い。
故に使用を控えること! もしありえざる未来を見てしまえば――』
一呼吸置いて、
『逆にそれが現実になる危険性がある! 注意し、対策せよ! 以上だ!』
「――!」
言いたいことを完全に理解する。
わたしは魔物が暴れる直前、この目の力で見た光景がある。
あれ自体はたぶん、魔物がわたしの身体を乗っ取るとっかかりに、こちらの精神をかき乱し意表を突くためのフェイクだったのだと思う。
けれど、いまの言葉は『それが現実になる』と言っていた。
元々、未来予知は未来を変える能力と区別がつかないと言われることがある。いまはその二つが完全にごちゃ混ぜになっていると、あの亜神は言いたかったのだろう。
ならば――このままでは、まずいことになる。
「ど、どういうこと? サリさん、いまのって――」
「リッサ。申し訳ないけど、少し手伝って欲しい」
「え、ええ? うん、いいけど、なにを……?」
とまどう彼女に、わたしは端的に要点を告げた。
「竜退治。弧竜から、ライを守るの」
以下、技の紹介コーナーです。
『回帰』(リインカーネーション)
種別:秘儀 習得難易度:49 知名度:E 普及度:E+ 備考:消費大
神話の力による運命の流れを逆転させ、部分的な時間遡行を引き起こす秘儀。
大秘儀であり、それどころかこの地方ではほとんど知られていない。習得難易度も極めて高く、非常に腕の立つ聖職者でもない限り使えない。また、時間遡行の距離は長くなく、15分を超えて遡ることはまず不可能である。などなど、いろいろと制限が多い。
しかしその効果は絶大で、傷の状況次第によっては死者蘇生すら可能とする。また、魔物は神話の力から外れているのでこの秘儀の効果を受けないが、それが有用になる場合がある。
備考にあるように消費が激しく、一日に何回も使えるわけではないのがネック。




