二日目(11):悪党、こそこそ歩く
「で、具体的に、草原のど真ん中にある洞穴までどうやって移動するかだが」
「そのまま行けば弧竜に見つかって食われるだけだよな。どうすんの?」
サフィートと俺が尋ねると、マイマイは喜々として答えた。
「うん、これを使うんだよ!」
「……これは?」
バンダナ。そして木の枝。
「…………」
「…………」
「や、やだなあ。ちゃんと魔法をかけた幻惑の枝だよ? これさえあれば竜だって絶対気づけないよ?」
「そうだといいんだけどな……」
コントの道具にしか見えないそれを受け取りながら、俺はぼやいた。
大丈夫なんだろうか、これ……
げんなりしつつも、バンダナで頭に木の枝を結びつける。
「あっはは、ライ兄ちゃんってばすっごい馬鹿な絵面!」
「おまえもだからな、マイマイ」
「知ってる!」
にこにこ笑ってマイマイ。やばい、こいつ無敵か。
サフィートは真剣な顔で草原を見据えながら、
「うむ。では行くとするか」
「風に向かってキメ顔してるところ悪いがな、おっさん。その枝のせいで絵が台無しだぞ」
「わかっとるわっ。いいからさっさとこの枝を外すためにも進むぞ!」
「よーし、じゃあ洞窟に向けてれっつごー!」
マイマイの言葉とともに、俺たちは一列になって草原へと足を踏み出した。
ざっ、ざっ、ざっ……という、単調な足音が響く。
「いまのところ、見つかった形跡はないな……」
「ふ、そして見つかってしまえばもう逃げられないほど、街道から距離が離れてしまったな……」
「おっさん、見かけによらずけっこう余裕だな」
「そう思うか、小僧? 私の足はさっきから笑いっぱなしだが?」
「威張って言うことじゃねえなあ……」
「しっ。上を見て」
マイマイの言葉に、俺たちは空を見上げた。
月明かりの中、優雅に飛ぶ姿は、否が応でも目につく。
――弧竜。
「竜って夜でも寝ないんだな」
「そうみたい。でも飛んでるのにこちらに反応しないってことは、ちゃんと幻覚は効いてるね」
「だといいけど……」
「あんまり話しちゃだめだよ、ライ兄ちゃん。この魔法、視覚に限定してのカモフラージュだから。この程度なら弧竜のところまで声が届くとは思えないけど、大声を出せば……」
「わ、わかった」
ごくり、とつばを飲み込み、俺はうなずいた。
やがて、マイマイが言っていた洞窟が、草原の中にはっきりと姿を現してきた。
「明らかに人工の入り口だな。それに、中から光が漏れてる」
「でしょ? これはもうお宝間違いなしだよ、ライ兄ちゃん!」
「うむ……早くたどり着きたいものだ。中に入ってしまえば、弧竜に万が一見つかっても死ぬことはないからな」
「そだねー」
マイマイが言った、直後。
弧竜が、大きく咆吼した。
「うわわわわ!? なんだ!? 見つかったか!?」
「落ち着いてライ兄ちゃん! これはただ吠えただけ! それと竜の声には恐怖を呼び起こす魔力があるから、気を強く持って備えて!」
「わ、わかっ……」
「うおおおおお、もうだめだああああ!」
「おっさん静かにしろ!」
「もが、もががーっ!」
あわてて俺はおっさんの口を押さえる。
上を見ると、たしかに竜はこちらに注意を向けず、ただ悠々と空を飛翔するだけだった。
……ホントに吠えただけかよ。迷惑な。
「よっし、やった! ちゃんと隠れられてるし、この距離まで近づいてたらもう大丈夫! 走れば弧竜が反応する前に洞窟までたどり着けるよ!」
「あ、こらマイマイ、走ると危ない――」
「大丈夫だって、ほらほらライ兄ちゃん、こっちにきゃああああああ!?」
途中からマイマイの声は悲鳴に変わり、そして姿が消えた。
代わりに、ものすごい光を放つなにかが、一斉に飛び立った。
「うわ、なんだ……!?」
昼になったような光に、俺は最初、状況がわからず立ち尽くしたが。
(虫……そうか、宝石虫か!)
昼間、マイマイに言われたことだ。宝石虫は地面を掘り返す厄介者で、畑から追い出されると。
だが、追い出す者がいないこの草原では、宝石虫が地面を掘るのに邪魔は入らない。
どれだけ多く掘ったかは知らないが、マイマイにとって落とし穴になる程度には深く、穴ができていたのだろう。そして、そこを巣穴にしていた宝石虫が、乱入者に驚いて飛び立ったのだ。
そして、これだけぴっかぴかに光っていれば、弧竜だって気づくわけで。
「おっさん、走るぞ! 弧竜にはもう見つかった!」
「うむ。無理だ」
「なんで!?」
「いや、さっきの咆吼で腰が抜けてしまってな」
「すっかりお荷物だなテメエ!」
と、ここで二度目の咆吼が響く。今度はただ吠えただけではなく、こちらを明らかに認識している様子だった。
走っても――間に合わないか!
「よしおっさん、いちかばちかだ! あの宝石虫のねぐらに入ってやり過ごすぞ!」
「だ、だが……安全なのか!?」
「ここより危険ってことはねーだろーよ! ここにいたら確実に死ぬ!」
「うむ。仕方あるまい……うぐぐ、腰が……」
「よいしょっと」
「うお!?」
俺はサフィートの身体を持ち上げた。
「よし、投げ入れるぞ!」
「いや待て小僧、まだ心の準備があああああああああああああああああ!」
途中から悲鳴に変わった声を残し、サフィートは縦穴に吸い込まれていった。
「あとは俺だけ……と」
三度目の咆吼。
俺は上を見た。
弧竜。草原の覇者。大昔からこの草原にいたであろう恐るべき竜は、俺の直上で、口を開けて飛んでいた。
その口に、赤い火のようなものを認めて。
「……ええい、やっぱ飛び込むしかないか!」
俺は、縦穴へと飛び込んだ。
直後。
炎の吐息が、草原を舐め尽くした。




