二日目(10):悪党、歩哨中
その夜。
「……寝過ごして若干遅刻したはずなのに、なんでマイマイがいないんだ?」
俺はげっそりしながら、一人で夜回りを続けていた。
テンが言った、霊薬の効果切れはまだない。だが、爆弾を抱えている状態なので気が休まらない。
とはいえ、俺たち以外に夜の見回りがいないわけではない。隊商の構成員たちも、森の獣が近寄って来たときに対する備えくらいはしている。
それが獣ではなく魔物だったときに、真っ先にかけつけて時間を稼ぎながら魔人たちの増援を呼んでくるのが、俺たちの役割。というのが、昼間俺が受けた説明だ。
……なんだけど、一人だとそれは不可能である。時間稼ぎと増援呼び、この二人が最低限必要だ。
だというのにマイマイはいない。俺が遅れたから先に回ってしまっているのかもしれないが……
(まあいい。こっちはこっちで、やることをやるさ)
ほう、と俺はため息をついて、夜空を見上げた。
空には星がきらめき、まるで宝石のように輝いている。
そういえば、昔ねぐらの近くに、星じーさんと呼ばれていた風変わりなじいさんがいた。
たしか、夜に星が位置を変えたり、太陽が東から西へと動くのは、地面が動いているのか空が動いているのか、ということを延々と語っていたものだった。
興味がなかったので適当に聞き流していたが、彼にとってはそれがなにより重要な、人生を賭けて探求すべきものだったのだろう。
――俺には、そういったものがない。
星じーさんは、いつかおまえにもそんなものができるだろうよ、とか言っていたが、違う気がする。
あの少女を思い出す。最期の時に、俺にというよりおそらくは世界に向けて放った、あの言葉を思い出す。
たぶんあのときから、俺は探求のための人生というのを選べなくなった。
むしろ……
「だからぁー! なんでついてくるのよ! あれはあたしが見つけたんだからあんたには関係ないでしょー!」
「なにを言うか馬鹿者! さっき『ひとりじゃ危ないかも』とか言っていたから親切心で声をかけてやったというのに!」
「そんなの頼んでないもん! ていうか、なんであたしの独り言を勝手に聞いてるのよー! この変態! えっち!」
「し、神官補に対してなんという不敬! 礼儀を知れ、小娘!」
「…………」
回れ右したくなる気持ちを抑え、俺は物思いを強制中断させられた原因である、その騒音に向き直った。
「なに喧嘩してんだ、おまえら」
「あ、ライ兄ちゃん! 助けてよ、このおじさん変質者だよ、子供を狙ってるんだよ!」
「馬鹿者! 誰が貴様のような小娘に興味を持つか! 私が興味を持つのは財宝だけだ!」
「あー! やっぱ横取りする気だったんだ! ライ兄ちゃん、こいつ泥棒だよ、やっちゃおうよ!」
「待て待て待て話が見えない。なんなんだよ」
俺は言いながら、マイマイについてきた男に視線を向けた。
スタージンが言っていた、リッサと喧嘩していたというあの男である。改めて見ても貧相な小悪党といった感じの外見で、神官補なんて役職持ちには到底見えない。
「えーと……あー……なんだっけ。サフィート? だっけ? 名前」
「高貴なる神官補に対して呼び捨てとは何事か! サフィート・パリーメイジ神官補と呼べ!」
「……ほーう」
きらーん。獲物発見。
「で、暗がりに乗じてかよわい幼女相手にどんな淫行に及ぼうとしていたんだ、サフィート・パリーメイジ神官補」
「誰がそんなことをするか! 失敬な!」
「だがおまえがしつこく幼女につきまとっていたのを俺が目撃しているぞ、サフィート・パリーメイジ神官補」
「私がそんなちんちくりんに興味があるわけがなかろう! 私が求めるのは金! 財宝だ!」
「つまり……サフィート・パリーメイジ神官補は、幼女を誘拐して人身売買を?」
「そんなガキ端金にもならんわい!」
「金になれば売り飛ばすの? うわ……引くわー」
「そういう意味ではないわっ!」
サフィートは怒鳴り散らし、それからふと我に返ってあたりを見回して、小声で言った。
「というか、さっきから人聞きの悪いことを私のフルネームとともに連呼するんじゃない。ここは神官補さまと肩書きだけで呼べ」
「えー、やだよ。それじゃ嫌がらせにならないじゃん」
「やはり嫌がらせだったのか貴様!」
「というか、自分から呼べと言われたあだ名は変えてはならないってのがクラックフィールド家の家訓なんだ。悪いな、サフィート・パリーメイジ神官補」
「うんうん。そうだよね変えたらだめだよね、サフィート・パリーメイジ神官補?」
「だあああっ! いい加減にしろっ!」
サフィートは地団駄を踏んだ。
「まあ、面白いけど話が始まらないからこのくらいにしようか」
「えー、もっとやろうよライ兄ちゃん。このおじさんの反応、めっちゃ面白いじゃん」
「き、貴様ら……」
「で、おっさん。なにがあったの?」
「おっさんではないわっ」
一喝して、それからサフィートは咳をした。
「そこの娘がつぶやいているのを聞きとがめてな。なんでも、草原の中に宝が潜む洞窟を見つけたとか?」
「…………」
俺は無言でマイマイを見た。
マイマイはきょとん、として、
「? なに、どしたのライ兄ちゃん?」
「おまえ、まだ諦めてなかったのか……? いい加減にしとけよ」
「いや、違うんだよライ兄ちゃん。望遠魔法で見てみたら、ホントにあったんだって洞窟。あれ、絶対古代の遺跡とかだよ。財宝ざっくざくだよ」
「うむ。分け前は等分でいいぞ」
「だーからぁー! なんでおじさんがついてくる流れになってるの! 分け前なんて渡さないってば!」
「ばかもん! けちけちしてると地獄に落ちるぞ!」
「おまえ、本当に神官補か……?」
「なんとでも言え。神も借金取りにはかなわんのだ。聖典にも書いてある」
「あ、そう」
とりあえずそっちは相手にしても仕方ないので、俺は勝手に草原の方に行こうとしていたマイマイの首根っこをひっつかんだ。
「ちょっと、ライ兄ちゃんなにするの!」
「うるせえ。俺たちの役割は歩哨だろうが。自分からトラブル起こしに行くんじゃない」
「お宝だよ? 財宝がっぽりだよ? 男のロマンだよ?」
「なんでおまえが男のロマンについて語ってんの?」
「お父さんがよく語ってた!」
「……あ、そう」
微妙に突っ込みづらい言葉が出てきて、俺は対応に困った。
「そういうわけで行こうよライ兄ちゃん! お宝が私たちを待ってるよ!」
「いや、だからせめて歩哨を終えてから……」
「ふ……そんな悠長なことを言っていていいのかね、小僧」
「なんだ。まだいたのかおっさん」
「いたとも。左遷されようとなんだろうとしょせんは人の道。賄賂で出世コースに戻れるとなれば私も本気を出そうというものだ」
「……いや、おまえ、本当に神官補か?」
「繰り返させるな馬鹿者。大巨人も借金取りには頭が上がらんのだ。伝承にもある」
「まあ、おまえの哲学には反論しないけどさ……」
「というか」
ずずいっ、とサフィートは身を乗り出してきた。
「聞いたぞ小僧。怪しげな剣を抜いてしまったがばっかりに、多額の借金を背負ったのだとか?」
「まあ、そうだけど」
「その借金、さっさと返したくはないのかね?」
「…………」
サフィートはひげを軽く人差し指でしごきながら、言った。
「考えてみればこの中で最も金が必要なのは小僧、貴様ではないかな? それも、できる限り早急に」
「なるほど……だがなぜ俺を誘う? 分け前が減るんじゃないか?」
「なに、肉盾は多い方がよい。危険なところだと聞いているからな」
「合理的だな。なにしろ、等分に分けるのは生き残った人間だけだからな……」
「それはお互い様だろう? なあ?」
「違いない。なあ?」
「「ふっふっふっふっふ……」」
がしぃ! と熱く、俺とサフィートは握手を交わした。
「なんか……どう見ても、一緒に行く人間の人選を間違えてる気がするなあ……」
マイマイが、冷や汗を垂らしながらそう言った。




