二日目(5):悪党の人生相談
問題のリッサは、隊商のキャンプ地の端っこぎりぎり、かろうじて草原が見える丘のはずれにいた。
「よ。なんか喧嘩したんだって?」
座って膝に頭をうずめるようにしていたリッサは、俺の言葉にぷい、とそっぽを向いた。
「おいおい、無視はないだろ。無視は」
顔の先に回り込みながら言ったが、ぷい、と再びそっぽを向く。
完全にいじけているな、こりゃ。
(しゃーない。荒療治やるか!)
「えいやっ」
むにっ。
俺はリッサの口に人差し指をかけて、むりやり引っ張った。
これぞ必殺、口裂けの術!
かかった相手は絶対に俺を無視できないという、恐怖の大技である。
昔はこれをマリアの家の弟をあやすのによく使ったものだなあ……と、ちょっと懐かしさを覚えたのだが。
リッサはふるふる全身を震わせながら、なおも無言。
(こ、このやろっ……)
こうなりゃ意地である。俺は親指を伸ばし、禁断の面白顔を作ろうとリッサの鼻に手をかけ、
「いい加減にしろこの馬鹿ぁ!」
「ぐぼぁあああああああっ!」
鉄拳が俺の腹にめり込み、俺はもんどり打って地面に倒れた。
「なに、なんなの、なにがしたいのよアンタ! いまボク落ち込んでるんだからそういうのやめてほしいんだけど!」
「わ……悪いがいじけ虫には追い打ちをかけろってのがクラックフィールド家の家訓でな……」
うずくまってぷるぷる身体を震わせながら俺が言うと、リッサは怒ってた顔を少し歪ませ、それからぷっと吹き出した。
「あはははは! 決め台詞が滑ってる! おかしい!」
「うるせえ。あとお前の口裂け顔の方が数段面白い」
「お、やるの? やるのキミ? 言っとくけどボク、拳闘にはそこそこ自信あるよ?」
「物騒な神官だなオイ。スタージンの言ってた遠くの国じゃ、そういうのが普通なのか?」
「え? スタージン神官が言ってたの?」
「ああ。なんかおまえが遠くから来て、戒律の違いで悩んで……待て」
「なに?」
「スタージン、あいつ神官なの?」
「そうだよ。ボクよりずっとベテランの偉いひと。本当は功績があってもっと出世するはずだったんだけど、当人が遠慮しているって噂だけど」
「……あの筋肉ダルマが?」
「なによ。なにか問題あるの?」
「いやあ……」
てっきり神殿所属の荷物持ちかなにかだと思っていた俺は、気まずくて鼻をかいた。
俺の故郷の街じゃ神官なんてよぼよぼのじいさんばかりだったのだが、リッサといいスタージンといい、イメージぶっ壊れる奴ばっかりである。
「神官ってエリートじゃないのか?」
「まあ、そこそこじゃない? もっと上はあるけど」
「そういうもんか。でもさすがに、リッサほど若いのは珍しいんじゃないか?」
「あ、うん。ボク……じゃない、わたしは特例だからね」
「いまさら一人称を取り繕っても意味ないぞ」
「うるさい。『ボク』じゃ威厳がないから『わたし』に改めろって、何度も言われてるの」
「肝心なところで言い間違って威厳ガタ落ちよりは、そのままの方がいいんじゃないか?」
「……まあ、検討しとく」
若干げんなりした顔で、リッサ。……あー、これは俺に言われるまでもなく、何度も周りと衝突したって顔だな。
なんとなく気まずいので、俺は話題を変えることにした。
「で、特例ってなに?」
「ああ、うん。大秘儀って知ってる?」
「名前を聞いたことがあるくらいだ。そもそも秘儀自体、俺にとっては知らない世界だし」
「そうね。じゃあそこから話すと、神殿が伝承に伝える神や大巨人の御業、聖典に記された秘蹟を人々が使えるようにしたものが秘儀。これは、べつに聖職者でなくともお布施をすれば伝授させてくれる。だけど特に重要とされた、神の力そのものというくらい強力なものは、聖職者だけしか使用を許可されない。それが、大秘儀と言われるものなの」
「へえ。なんかすごそうだな」
「ところが、この聖職者縛りが影響して、伝承者が少なくて困ることがあるのよ」
「というと?」
「剣に聖なる力をまとわせる大秘儀があったとして、普通の聖職者は剣なんて使えないでしょ?」
「あー、そういうことか」
神の力と言うならたしかに、そういうものもあるかもしれない。
「剣ならまだ、聖騎士団がある程度まとまって技術を鍛えているからなんとかなるんだけれどね。弓の技術で、しかも戦闘に使うわけではない技ということになると、本当に伝承者が限られるわけ。だけど技術の継承は神殿にとってとても重要な仕事で、投げ出すわけにはいかない。だから神殿が、弓と信仰の両方に優れ、伝承者としての資格を持つ者を特別に神官待遇で遠方から迎え入れたのが――」
「おまえってわけか」
「そういうこと」
リッサは特に誇ることもなく、さらりと言った。
……いや、さらりと言ったけど、これただごとじゃないな。超エリートじゃんこいつ。
「そんな特別待遇の重要人物が、なんで二人も巻き込んで左遷されてんの?」
「……キミ、本当に遠慮がないよね。人の心とかわかる?」
「悪党は遠慮なんてしないんだよ」
「なに、悪党? キミが?」
「おうよ。目指すは世紀の大悪党、ライナー・クラックフィールド様だ。サインいる?」
「そもそもキミ、文字書けるの?」
「自分の名前だけは練習したんだよ! わかれ!」
読むのはともかく、文字を書くというのは想像以上に難しい。学者さんでもあるまいし、下層民のガキに期待されても困るのだ。
「ていうか、悪党っていうにはいろいろ足りなくない? その、威厳とか」
「そんなんデカいことやれば自然につくんだよ」
「でも背丈は業績で伸びないよ?」
「テメエ言ってはいけないことを言ったな! 戦争だ!」
俺は全力でわきをくすぐるべく手を伸ばしてつかみかかり、
「いよっ、と!」
「ぐべっ!?」
あっさり放り投げられ、這いつくばった。
「い、いてて……ていうか、おまえけっこう力持ちか?」
「ふふーん。弓使いの引く力を甘く見るなっての」
ぎゅっ、と弦を引くポーズを取って、リッサ。くそう、残念だが勝ち目がない。
「あはは……はあーあ」
リッサは楽しげに笑って、ため息をついた。
「なんか悩んでたの、馬鹿らしくなっちゃったなあ。サフィートさんには悪いけど」
「気にすんな。ていうか、俺が言いたいのはだな」
俺はずいっと指を突きつけて、言った。
「どうせ左遷されてこれ以上悪くなるわけでもないんだから、気にせず自分の道を貫けってことだよ。おまえがいなくなって困るのは神殿なんだから、堂々としてりゃいいんだ」
「う、うん。そうかな……?」
「そうだ!」
「うん」
なんか自信なさげに、しかしそれでも押し切る俺の言葉に、リッサはうなずいた。
よし、とりあえずのノルマ達成。これでこいつがこれ以上落ち込むこともないだろう。
「とはいえ、左遷先が遠いのは困ったね。なんかヴァントフォルンよりさらに北って言われたけど、この分だと何日かかるやら」
「そういやおまえらは、なんでまだ隊商と一緒にいるの? 昨日は別行動してたじゃん」
「うん。また別行動するはずだったんだけど、クランさんから連絡があってね。街道のトンネルが崩れているから迂回路を探すので、それまでは一緒に行動した方がいいって」
「ふうん……?」
まあ、そういうことなら一応納得は行く。
なにか釈然としないところが若干あるような気がしたが、たぶん気のせいだろう。
「わかった。じゃあ俺はそろそろ行くんで、おまえもしっかりな」
「ちゃんと仕事するのよ。悪党だからとか言ってサボっちゃだめだよ」
「それは小悪党のすることだ。俺は大悪党だからしない」
「はいはい」
やる気なさげに答えるリッサを後に、俺は歩き出した。




