二日目(4):悪党と神殿の事情
「はあ……つまり、昨日のリッサの行動を巡って、喧嘩が?」
道すがら、俺はスタージンから事情を聞いていた。
「ええ、まあ。お恥ずかしながら、パリーメイジ神官補は戒律にうるさい口でしてなあ。戒律違反を巡って、ポエニデッタ神官と口論に」
「パリーメイジってあの陰険で悪巧みしてそうな口ひげ?」
「ええ、はい。いかにも将来汚職で捕まりそうなあの方です」
「むしろまだ捕まってないの?」
「いまはまだ。ただちょっと運悪く左遷されただけですな」
さらさらと答えるスタージン。……ていうか、悪口で返した俺が言うのもアレなんだけど、俺より数倍ひどいこと言ってるなこいつ。
しかし、あんな小物っぽいのが神官補なのか……
「まあ、人を外見で判断するのはよくない、と言うからな……」
「役職で判断するのもよくない、とも言いますよね」
「さっきから微妙にきわどいこと連発してないか、あんた?」
「いやあ、はっはっは」
さわやかにスタージンは笑った。
笑えばごまかせるもんでもないんだけどな、と思いながら、俺は話題を変えた。
「あのおっさんが神官補ってのはわかるけど、リッサって神官なの? マジで?」
「はい。そこになにか問題が?」
「いや、神官ってもっと年寄りがなるものだったんじゃないかって。それとも、小人族だから外見が若いだけとか?」
「いえいえ、ポエニデッタ神官はお若い方ですよ。彼女の種族、高原小人族は人間族とさほど寿命が変わりませんし、外見もそれほどには差異がありません」
「高原小人……草原小人なら聞いたことあるけど、高原小人は聞いたことがないな。この辺にいない小人族か?」
「ええ、はい。だから問題なのですよ」
スタージンは意味深に言った。
「だから問題? つまり?」
「時に、ライナー殿は神殿という組織がどういうものだとお思いですかな?」
「説教と歴史の講釈を聞く場所」
「ま、そうですな。初等的な歴史の教育は、神殿の仕事の一つです」
「それ以外だと……たしか祈りを捧げるんだっけか。俺はやったことねーけど」
「おや。祭神はつけておられないので?」
「悪党の神っているの?」
「手前は聞いたことがありませんな」
「ならいらないかなって」
「剛毅ですなあ」
スタージンは感心したように言った。
いま話題に出た祭神というのは、この世界にいる人間ならば誰でも選べる、自分が信仰する『特別な神様』のことである。
祭神を選び、神殿で祈りを捧げることによって、その祭神に特有の加護を得られる。たとえば鍛冶に関係する神を祭神にすると、手先が器用になるなどの恩恵がある。
……まあ、貧困層には関係のない話だが。祭神を選ぶにも喜捨がいる。それも、けっこう高額なのだ。
「後は、寄付と引き換えに秘儀を教えてくれるんだろ? それこそ、リッサが使っていた電気ビリビリを矢にまとわせる術みたいなの」
「ええ。大事な収入源ですな」
「それ以外は……特に知らないなあ」
「でしょうな。神殿が人々と関わるのは、だいたいそのようなところでしょう」
「で、答えはなんだったんだ? 俺が知らない神殿の秘密と、今回の件が関係あるんだろう?」
俺の言葉にスタージンはうなずいた。
「そもそも神殿というのは、『神話世界』を復活させるために組織された防衛組織なのですよ」
「神話世界?」
「はい」
スタージンはうなずいた。
「遙かな太古、神話の時代と呼ばれる時期には、すべては『神話』と呼ばれる世界の流れがあって、それに従って万物が動いていたのです。そのおかげで、世界の秩序は保たれておりました。
しかし、時が経つにつれて、魔術や魔物といった『神話』を無視する存在が現れました。それによって世界の流れは変わり果て、多くの血が流れ、神や大巨人といった尊き存在までもが犠牲となっていったのです」
「それは……」
そういえば、神や大巨人といった存在は昔は現実に生きていて、人々の上に立っていたという話は、俺でも聞いたことがある。
「じゃあ、いまは神や大巨人はいないのか?」
「ほとんどは世を去られました。祈りによる加護とは、そうした神々の力の残滓を、心の力によって借り受ける行為なのですよ」
「へえ……そういう見方をすると、祈りっていうのも悪くないな」
「ええまあ。生きてる神は対価を要求しますが、祈りで力をかっぱらうだけなら無料ですからね」
「その発言は聖職者としてアウトなんじゃね?」
俺がジト目で言うと、スタージンははっはっはと笑って軽く流した。
「ともあれ、世界が滅びる寸前まで行ったこともありましてな。神話世界――神話の秩序が保たれた、滅亡の危険から遠いいにしえの世界。そのような秩序の復活を目指して神の力の管理と運営を行うための組織が、神殿なのですよ」
「なるほど……それで、それが今回の件と関係があると?」
「まあ、つまり地域差です」
「地域差?」
「国だっていろいろあるのです。神殿だって地域ごとに、統括する組織が異なっていておかしくないでしょう?」
「あ、なるほど」
「この周辺の神殿は、ファトキアの大聖堂が管轄する聖教式。しかしポエニデッタ神官の地元はそうではなかったのです」
「なにが違うんだ?」
「具体的に言うと、魔物に対する方針です」
スタージンは言った。
「聖教式の教えでは、魔物とは神話世界に空いた穴に該当する『欠落』です。魔物も、魔物がしたことも、魔物にしたことも、神殿からすれば等しく『あってはならない』こと。ですから、基本的に聖教式では魔物は『無視』の対象とされてきました」
「ああ、それは俺も知ってる。けど……」
そう。俺も知ってはいる。
たとえば、昨日戦った『夜走り』。あのような魔物は、たとえそれが害であっても、決して手を出すなと狩人たちには通達されていた。
実際にはあんな害獣にうろつかれたらたまらないので、狩人たちはこっそり殺しているのだが……
そこまで考えて、俺は思い至った。
「あ、ひょっとして、リッサが俺を助けたことが問題視されてるの!?」
「そういうことです」
スタージンはそう言って、頭を掻いた。
「昨日の夜、夜走りに襲われたあなたを助けたことは、聖教式では戒律違反なのですよ。パリーメイジ神官補はそれを問題視した。それで喧嘩になったのです」
「でも、リッサが助けてくれなかったら俺は死んでたぞ?」
「魔物に殺されるような者は、その時点で『神話』から滑り落ちているというのが神殿の考えなのですよ。
ですから、神殿では『人助けのため』という理由も含めて、魔物と関わることを完全に禁止しておるのです。その結果、どれだけの人死にが出ても、です」
「けど……リッサは違った?」
「そう。ポエニデッタ神官の地元では違ったわけですな。なんでも、魔物は世界の敵だから積極的に狩れ、と教えられて育ったそうで。いやあ、地域が違うと同じ神殿でも、こうも方針が違うものなのですなあ」
はっはっは、とスタージンは他人事みたいに笑った。
それから俺の表情を見て肩をすくめ、
「ま、パリーメイジ神官補の気持ちもわかりますよ」
「というと?」
「元々、我々は左遷組なわけですが」
「いや、さりげなくそういう情報流すなよ。おまえはともかく、残りの二人にはプライバシーに関わる問題だろ」
「まあまあ。ともかく、左遷されたいきさつが、これと似たような話だったのですよ。つまり、ポエニデッタ神官が地域差から戒律違反を繰り返してしまい、巻き込まれる形で近くにいたパリーメイジ神官補まで左遷されてしまった、という」
「……あー、なるほど」
「ええ。ですから戒律違反をまた繰り返されたら、彼にはたまったものではないわけです。そのせいでこう、大喧嘩に発展してしまいまして……」
困ったものですなあ、と言って、スタージンは肩をすくめた。
事情はわかった。たしかに、それなら俺が一働きするのも筋だ。
「俺はなにをすればいい?」
「ポエニデッタ神官が、あまり落ち込まれすぎると今後によくないので、適切にフォローを。手前は、パリーメイジ神官補の愚痴でも聞いてきます」
「了解。そんじゃ行ってくるわ」
言って、俺たちは別れた。




