二日目(3):悪党、足止めされる
すでに述べたように、俺はサリとシンの二人と一緒に、先遣隊として偵察に出ていた身である。
と言っても、俺がやる仕事などない。本来ならサリだけでやる仕事だったのだろうが、今回は隊商護衛の仕事の見習いということで、同行することになったのだった。シンはその俺の面倒を見るために同行したのである。
実は当初、先行偵察のための乗り物として馬を用意されていた。が、困ったことに俺は貧困層出身で馬術の経験は一切なく、普通に振り落とされて乗れなかった。
なので今回は走っての移動となった。幸い、サリが靴に魔術をかけてくれたおかげで快適に素早く走ることはできたのだが、今後は馬にも慣れないといけないのかもしれない。
課題山積。ため息が出る。
ともあれ。
訓練をしているうちに隊商がやってきて、俺たちに続いてこの見晴らしのいい草原近くの丘で昼食を始めていた。隊商長であるクランもまた、俺が倒れていたところからそう遠くない場所で昼食中であった。
「無事合流できたようでなによりですな、ライ殿」
「ああ、まあね」
クランの言葉に俺はうなずいて、テンからもらった霊薬をラッパ飲みした。
それから俺はあたりを見回して、
「まだ昼食休憩中なのか? もう合流してからけっこう経つけど」
「ええまあ。そのあたりの事情をライ殿にご説明するために、こうしてご足労いただいたので」
クランは食後のお茶を飲みながら、そう言った。
「事情っていうと?」
「魔女、サリ・ペスティ殿から連絡がありました。先遣隊の魔人が、先の道中にてトンネルでの落盤を発見したと」
「トンネル? 落盤?」
「おうよ。坊主、トンネルは知ってるか?」
バグルルの言葉に、俺はうなずいた。
「俺自身は見たことないけどな。山に穴を開けて通り抜けられるようにするんだろ?」
「ほっほ。そうですな。いまは人間の国では失われかけた技術ですが、元は岩巨人族が作り上げたもので、『栄光の時代』と呼ばれる過去にはよく使われていたようです。この『紫の街道』もその頃に作られた街道ですので、途中でトンネルを経由するのですよ」
「けど落盤って、つまり岩が落っこちてきたってことだろ? どうすんの?」
「まあ、近くの領主がお金をかけて直すまでは通行不可能と見た方がよろしいでしょうな。我々魔人だけならリスクを冒して突破する手もありますが、隊商となるとそれは無理でしょう」
テンはあごひげをさすりながら言った。
「じゃあ、この場合は……」
「迂回路を探すしかありませんな。幸い、このような事故に対応できるように、知られている迂回路自体はいくつか存在するのですが……そこで危険なことがある可能性もありますからな。現在、仲間が調査中というわけです」
「で、俺たち本隊はその迂回路の調査が終わるまで待機ってわけよ。今日はここで野営確定だな」
と、こちらはバグルル。なるほど、事情は飲み込めた。
「じゃあ、ここで足止めか。クランはそれでいいのか?」
「本当はよくないんですがね……」
クランは苦笑した。
「メサイと魔人が同行する場合、魔人の側が安全を担保する代わりに、メサイ側はその指示に従うのが慣例なのですよ。多少商談に遅れようとも、魔人側から指示されれば仕方がありません」
「そういうものなのか……」
慣例。ここでも慣例ときた。
昨日も今日も、何度も聞いてきた。魔人とメサイは同行するという慣例。魔人は同行の際にメサイ側の護衛となるという慣例。そしてメサイは魔人の言うことに従うという慣例。
それこそ昨日聞いた話では、大昔にメサイの魔術師が世界を滅ぼそうとしたという。そして魔人は魔術を使う者たちだ。たぶん、その辺でなにか深いいきさつがあるんだろうが……
(ううむ。突っ込んで聞いていいものなんだろうか? こんなことなら日曜礼拝、サボるんじゃなかったなあ……)
「まあ、難しい顔をしなくとも大丈夫ですよ、ライ殿。そもそも、隊商というのは長い旅をして商売をするもの。数日の遅れ程度なら、商談の相手も問題にしませんよ」
「そういうものなのか……」
「ま、そういうことでだ!」
バグルルは言った。
「坊主、おまえ隊商の護衛なんだろ? 後で俺たちの馬車に来いよ。今後の対策を練るための会議、その隊商側の代表ってわけだ」
「俺が代表やっちゃっていいの?」
「ほっほ。問題ありませんよ。クラン殿にはすでに話をつけております故に」
「そういうわけです。ライ殿、お願いしますよ」
言ってクランはほがらかに微笑んだ。
今朝聞いたところによると、この隊商には専属の護衛をつけてはいないのだと言う。
たいていの場合、メサイの隊商には魔人たちが護衛としてつく。魔人たちとの折り合いがつかない場合のみ、臨時で護衛を雇えば事足りる。だから常駐の護衛はいないのだとか。
そういうわけで、この隊商で『護衛』という役割を与えられているのは俺だけ。だから俺が代表というのは、一応、理には叶っているのだが。
(新参の俺にそこまで任せていいのか?)
首をかしげつつも、断る筋でもない。だから俺はとりあえずうなずいた。
「じゃあ、それでいいぜ。おまえたちの馬車は?」
「隊商の後ろの方だ。まあ、使用人の誰に聞いてもすぐ答えると思うし、そもそも外見がド派手だから間違えようがないと思うぜ」
「ところで魔人って、何人くらいいるの?」
「今回は、斥候役の一人を除いて十人といったところですな」
テンが答えた。……おいおい、けっこう多いぞ。
「魔人ってそんなに多くで行動するのか?」
「今回は特別でしょうな。すでにライ君もお聞きの通り、相手は強大な妖術師です。それなりに人数を集めないと、安心できないのですよ」
「ま、その辺の細かい話は後だ後! じゃあ坊主、昼休み終わったらなるべく早くな!」
「お、おう」
俺が言うと、バグルルとテンは軽く挨拶をして、歩いて去って行った。
それを見送って、腕組みをする。
「結局、細かい話は後にならないと聞けない、ってことか……」
「まあ、よろしくお願いしますよ。そして報告すべきことがあれば、会議の後に私に報告を」
クランの言葉に俺はうなずいたが、その後で首をかしげた。
「しかし……魔人の言うことを聞く慣例ね」
「なにか?」
「いや、あまりにも無防備だから気になってな。たとえば魔人たちが商売敵と結託してわざと足止めさせようとするとか、そういうことはないのかなって」
「まあ、その可能性はありますな」
「あるのなら、それを警戒していないのか?」
俺が簡単に考えつくような悪事である。対策しないのは不自然だろう。
そもそも、魔人は基本的に神殿と敵対するアウトローだ。そのアウトローの中に悪人がいないわけがない。
さっきはクランの気分を害さない程度にあえて軽い例を出したのだが、魔人が山賊と組んで隊商を全滅させようとする可能性もあるわけで。そうなったら、巻き込まれる俺はたまったものではない。
そんな俺に、クランは苦笑しつつ言葉を返した。
「少し追加説明が必要なようですな。たしかに魔人にもいろいろいますが……彼らは『ただの魔人』というわけではないのですよ」
「ただの魔人ではない……?」
まあ、確かにサリやシンを見ていると、ただ者ではない感じはするのだが。
そんな俺に、クランは諭すように言った。
「ライ殿は、魔人というのをどのようなものだと理解しておいでですかな?」
「なんだ、って……」
クランの言葉に、俺は返答に詰まった。
「魔法使いのことじゃないのか?」
「まあ、そうですな」
クランはうなずいて、目を細めた。
「魔法が使える者を魔人と呼ぶ。つまり、そのへんのごろつきでもちょっと魔法が使えるだけで、魔人と名乗れるわけです。
実際、盗賊崩れのような魔人はそこかしこにいますよ。そのようなものが相手では、慣例なんてものは守るだけ無駄です。我々も、一切関与はしませんよ」
「けれど、あいつらは別なのか。なんで?」
「彼らは、王侯から認められた『公認』魔人なのですよ」
クランは言った。
「そういう制度があるのです。魔人たちを選別し、身分を保障する制度が。
なにしろ、神殿は人々を魔物から守ってはくれませんが、君主には民を守る義務がある。とはいえ、魔物と直接関わることは神殿から許されていない以上、通常の軍隊は魔物と戦えない。となると、君主が直々に魔人を雇うしかないでしょう?」
「たしかに……」
「その結果、魔人としての作法と伝統をきっちり理解し、試験に合格して直々に『公認』の称号を与えられたのが、彼らです。信用は段違いですし、彼らもその信用を落として『公認』の称号を剥奪されたくはない。故に、信頼できるというわけですな」
「そういうことか。なるほど」
だいたいの事情は把握できた。
しかし、まだわからないことはある。
「けど、それでも彼らの都合に合わせた結果、商売で大損してしまうことはあるんじゃないのか?」
「ええ、まあ」
「その場合、魔人とメサイの間で喧嘩にならないの?」
「それはまあ、ありえない話ではないでしょうな。ですがたいていの場合、そうそうそんな事態にはなりませんよ」
「なんで?」
「メサイは昔から、相互保険制度というものを発達させておりましてな。大きな損害が出たときには、メサイ全体で分担する仕組みができておるのです」
「そうなのか……」
俺が言うと、クランは朗らかに笑った。
「ライ殿も他人事ではありませんよ。金貨五万枚の宝剣を千枚まで価値を減らされて、わたくしがなぜ平然としていられたのかと言えば、この保険制度のおかげなのですから」
「あ、そうだったんだ」
俺はようやく得心した。
どうりで、昨日のクランが妙にあっさりと値引きに応じたわけである。金貨五万枚を気前よくぽんと譲渡できるような大金持ちだった、というわけではないのだ。
「もちろん、逆にアクシデントがなにもないのに他人の損害を被ることもありますがね。そういう制度でもない限り、隊商などという危険な仕事はやっておられませんよ」
「なるほど……世の中ってよくできてるんだなあ」
俺が感心していると、
「いやあ、はっはっは。失敗、失敗」
どこかで見たような筋肉ダルマが、そんなことを言いながらやってきた。
そして俺の姿を見て、
「おお! これはどうも、一日ぶりですなあ!」
「……誰だっけ?」
バグルルと同じような巨漢のマッチョだが、威圧的な大剣を持っているわけでもなく、物腰も多少やわらかい。
その首には『神象』と呼ばれる聖なる護符がかけられており……というところで、俺はようやく思い出した。
「ああ、リッサの横にいた奴か。おまえも神職なのか?」
「ええ、まあ。手前はスタージンと申します。どうぞよしなに」
大男、スタージンは朗らかに微笑んで、それから居住まいを正した。
「そしてこれもなにかの縁でございます。どうやらお話中のようでしたがそれも一区切りついたご様子。少し仕事を頼まれてくれませんか?」
「見返りは?」
「おや、ライナー殿は喜捨を受け取らないスタンスと聞いておりましたが、違うので?」
「……そういうところだけちゃっかりしてるんだな。いいよ、わかった。で、俺になにをしろと?」
言うとスタージンは、苦笑いのようなものを浮かべながら言った。
「簡単に言うと、喧嘩の仲裁……いえ、後始末ですな」
「喧嘩?」
「はい。あなたの言うリッサ――ポエニデッタ神官と、パリーメイジ神官補。この二人が大喧嘩を始めてしまいましてな。ポエニデッタ神官が必要以上に落ち込まないよう、ケアをお願いしたいのですよ」




