閑話(2):未熟者の道
天幕の中にペイが入ったとき、中にいるのは一人だけだった。
「なんだよハルカ、ここにいたのか」
「はい」
ハルカは答えて、それから複雑に地面に並べられたカードをにらみつけた。
ペイは座り込んで、自分の課題を取り出しながら、
「卜占の類、こんな雑な場所でやっていいのか? 馬車の方が環境整ってるんじゃねえの」
「あそこは騒がしすぎます。それに、見せびらかす術でもないので」
訥々と、無駄なく話すハルカ。その顔は厳しいままだ。
この女の名は、ハルカ・オルファギアス=テルカッツォ・メーイ。
高名である。おそらくはこの隊商に同行している魔人たちの中でも、その名声は二番目に高い。
名声の訳は、ひとつには彼女が正道を外れぬ、昔かたぎな魔物殺しとしての魔人であること。
そしてもうひとつは、ずばぬけた能力が故だろう。
「で。なにが出たんだ?」
「嫌な風が吹いています」
ペイの言葉にハルカは、淡々とそう告げた。
…………
「え、それだけ?」
「はい。それがなにか」
「具体的な情報、ないの?」
「……ふう。
だからあなたは未熟なのですよ、ペイ。もう少し頭を働かせなさい」
「え、ここ怒られるとこ?」
淡々と罵倒されてあわてるペイに、ハルカは冷たい目を向け、
「目で見て耳で聞き、判断できることをなさい。すべてはその積み重ねです」
「いや、目で見て……ったって、俺は霊魂技師じゃなくて魔技手工だぞ。そんなカードの情報なんて読み取れるわけが……」
しどろもどろになって弁解していると。
「よーっす。邪魔するぞー」
「あ。センエイ」
天幕に、もう一人の客人が入ってきた。
ハルカは相変わらず、一切目線を動かさず無言。
だがセンエイの方は興味を抱いたようで、彼女はすたすたとハルカの方に歩み寄って声を掛けた。
「なんだよ。占術は必要ないってのがおまえさんの立場じゃなかったか?」
「昨日のあれを見たでしょう。ここまで情勢が変わってしまえば、やり直しもやむなし、です」
「そりゃそうだな」
言ってセンエイは、ふうむと顎に手を当ててカードをのぞき込んだ。
「私は星占いが好きだが、おまえはいつもカードだよな。なんで?」
「必要なときに見せて説明できるのはメリットでしょう」
「まあ、そうだな。
……ふん。この様子だと妖術師め、手駒同士を意図的に仲違いさせる段取りを組んだな」
「そうなりますね。……そして、だということは」
「だということは?」
「少なくとも二つ、違う勢力が妖術師に肩入れしているということです」
「なるほど、なるほど」
センエイはうなずき、
「少なくともと言ったな。つまり、第三の勢力もあるかもしれない?」
「なくはないでしょう、このカードでは」
「まあ、不穏なのばっか出てるからな。しかし、いくらなんでも多過ぎだ。妖術師殿にそこまでのつてがあるかね?」
「あり得なくはないでしょう。なにより……」
ハルカはため息をついた。
「サリ・ペスティだの、シン・ツァイだのといった規格外が出張ってくる案件です。なにがあってもおかしくはない」
「ははは! そりゃそうだ!」
センエイは笑って、そこでもう興味をなくしたのか、天幕の隅っこに行って、そこにあった袋をあれこれ物色し始めた。
(……俺と対応、違いすぎねえか?)
なんとなく不満に思いながらも、声に出す度胸までは持てずにペイが沈黙していると。
「ペイ。仕事中すまん」
今度は別の男が天幕に入ってきた。コゴネル・アングストン――年の頃はペイより若いが、やはり魔人である。都会風に洗練された線の細い若者だが、どことなく苦労人のようにも見える。まあ、苦労しているのだろう。
「なんだ?」
「いや、ドクトル・テンの手が塞がっていてな。代わりに……ん、ハルカ?」
案の定、コゴネルもカードを並べているハルカに興味を持ったようだった。
「ハルカが卦とは珍しいな。なにが出た?」
「嫌な風が吹いています」
コゴネルの問いかけに、ハルカはペイに対してと同じ反応を返した。
コゴネルは少し沈黙して、それから頭をかいた。
「嫌な風、ねえ……なにか準備しておくことは?」
「いまは平常で結構でしょう」
「了解、了解。――で、ペイ。例の加湿器が不調なんだ。頼めるか?」
「ああ、うん。まあ、そのくらいならな」
「いまの作業は放置しても?」
「ジジイに出された宿題だからなこれ。仕事があるならそっち優先でいいよ」
言いながらペイは道具をしまって、コゴネルと共に天幕を出た。
そして、ぼやく。
「しかしハルカ、なんだってあんなに俺たちに愛想悪いんだ? センエイとは普通に話してたのによ」
「お、その様子だと怒られたか?」
「怒られたっつうか……」
面白がるコゴネルに、ペイは一通りあったことを説明した。
「ってわけよ。なんつーか、ありゃどういう了見だ?」
「あー、俺も昔似たような体験したことがあったなあ。まあ俺はバグルルの馬鹿に怒られて、その後殴り合いになったんだけど」
「……毎度思うけど、あの筋肉ダルマとよく殴り合えるなおまえ。なんか裏技使ってる?」
「企業秘密だ。
それはともかく、あの無愛想はハルカなりの善意なんだよ。それだけは理解しとけ」
「善意?」
「ああ」
コゴネルは言って、肩をすくめた。
「数ある魔人魔女の領域の中でも、霊魂技師は特別だ。入ってくるな――そういうことだろうよ」
「入ってくるな、っつったって……しょせん魔術だろ。俺たちもあいつらも禁忌なのは変わらんだろうが」
「質が違うんだよ。
俺は四大操手、おまえは魔技手工。あとよくある系統は幻影使いだが、これらは基本、この世界に元からある法則を利用し、だまし、自分に有利なように加工して使役する。それが俺たちの『魔術』だ。
だが霊魂技師は違う。こいつらは世界の法則そのものをねじまげ、歪め、時には破壊すらして、自分に都合のいい結果を捏造する。本物の外道、外法使いだ」
「…………」
「だから、いたずらに近寄らない。相手側も、いたずらに相手を外道に引き込まないように、最小限のことしか話さない。それがハルカなりの、俺たちに対しての気遣いだってことだよ」
「じゃあ、センエイと普通に話してたのは、あいつも霊魂技師だからか……」
「ああ、それはたぶんセンエイからハルカへの嫌がらせだな」
「は? 嫌がらせ?」
「ペイに気を遣ってるハルカの前で、お構いなしにべらべらしゃべることで気遣いを台無しにしたんだよ。いまごろセンエイ、めっちゃ笑顔だろうな」
「うわ。性格悪っ……ていうか、あのふたり仲悪いの?」
「知らん。でもセンエイは素で性格悪いから、そんなもんだろ。
ほれ、さっさと行くぞ。あの加湿器がないと馬車の守りが一枚抜けちまう。そうなると面倒だ」
言ってコゴネルは足を早め、ペイもそれに続いた。
内心で、ため息。
(やっぱ未熟、なんだろうな。俺は)
その自覚はある。なにしろこの隊商についてきている魔人の中でも、自分がぶっちぎりで一番の新人だ。
それでも、思うのだ。
背伸びして、踏ん張って。こいつらの足手まといになるような無様だけは、避けなければいけないと。
それはペイなりの、静かな矜持だった。




