一生時計
【一生時計】
拓郎とガトは次の車両のドアノブを引いてへ中に元気よく飛び込んだ。
「えっ…」
そこは時計だらけの車両だった。
大小様々な時計がベッドの上や床、壁や天井まで所狭しと並んでいた。そしてどの時計も時を刻んで動いている。
「また、変な車内だ。」
拓郎とガトが通路を先に進もうとした瞬間、車内の時計が一斉に大音量で鳴り始めた。
「わー!!」
車内の空気が振動し床まで震えている。
拓郎と急いで耳を塞いだが猫のガトはできない。しかも聴覚が人間より優れている為、頭の中まで振動が止まらなかった。
「誰か止めてくれー!頭が割れそうだ!!」
苦しむガトにおい被さろうと拓郎がしゃがみ込んだその瞬間、通路の前方に眼鏡を掛け痩せた体つきの男が驚いてこちらを見ているのが見えた。
「止めて下さい!」
男は拓郎たちに走り寄って来て、急いで二人の耳に何かを入れた。
すると拓郎とガトの耳は何も聞こえなくなったが空気や床はまだ振動していて時計の音がまだ鳴り止んでいないことが分かった。
三人ともその場でじっとしているとやがて空気の振動が無くなった。男は拓郎に耳に詰めた物を取るようジェスチャーで指示し、自分とガトの耳の詰め物を取った。
拓郎の耳はまだピーンと音を立て周りの音が聞きづらかったが男は話し出した。
「危ないところだった。見つけるのがもう少し遅ければ君たちの耳は聞こえなくなってしまっていた。特に猫君は脳まで殺られてしまっていたかもしれない。
あの現象は100年に1回だけしか起こらない皆既月食に匹敵する珍しいものだったんだ。でも沢山が一度に共鳴して大変危険だから車両入り口には進入禁止の貼り紙をしておいたんだけどなぁ。君たち見なかったかな?」
「分かりません…」
男はガトを見ながらウィンクした。しかしガトはまだ虚ろな表情をしている。
「どうしてこんなに時計があるんですか?」
「あぁ、これは一生時計と言うんだ。」
「一生時計?」
「そう、この時計は人の一生を刻んで動いているんだ。人の一生がこの時計では24時間なのさ。ほら、この時計をよく見てご覧。普通の時計は12時までしか刻まれてないだろ。でもこの時計は24時まで刻まれている。」
「本当だ。でも病気や事故で早く死ぬ人もいれば長生きする人もいますよね?」
「その通り。聞いてごらん。ゆっくり音がしているのもあれば、駆け足で音がしているのもあるだろ。
でも一生は同じで重みは変わらないんだよ。早く死んで可哀想というのは生きている人間が感じるだけなのさ。」
「ふぅん。じゃあ、あなたはここで何をしているんですか?」
「時計を見守るのが私の仕事なんだよ。この仕事は実際骨が折れる。私もかつては生きていたから長生きしたい気持ちは分かる。だから時々止まりそうになったりするとやっぱりヤキモキするんだ。でも時計には触ることはできない。ただ見守ることしかできないという訳さ。」
「見守るだけですか…」
「ギ、ギ、ギ…」
その時、1つの時計が鈍い音と共に24時を指して止まった。
「おっ、止まったか。」
「誰か亡くなったんですか!?」
「そうだよ。」
「誰です!?」
「ちょっと待ってておくれ。」
男は拓郎の質問を遮ってその時計を抱え車両の外に出ていった。そして数分後戻ってきた時には新しい時計を抱えていて、さっきの時計が置いてあった場所にそっと置いた。
「すまん、すまん。実際場所が一杯でな。私が横になる場所もないくらいだ。でも早く入れ替えてやらないと次に生まれてくる赤ん坊の時計が順番を待っているんだよ。えーと、なんだったかな?君の質問は…」
「誰が亡くなったかと…」
「おー、そうだった。それは私にも分からないんだ。」
「そうなんですか…」
「そういえば君たちはどうしてここにいるんだい?
」
「僕はどうも間違えてこの列車に乗ってしまったようなんです。」
「えっ、君は向こうの世界からやって来たのかい。そういえば君の身なりは何処か違うと思っていたんだ。」
「…」
「そうだ。ということは、ここには君の時計もあるはずだ。」
「どれですか!?」
「いや、残念だがそれも私にも分からない。もし分かったとしても話せないな。」
「何故です?」
「なにより人は自分の人生の先を知るべきじゃない。勿論迷いや不安、時には傷つくことが一杯ある。ほら、未来という字は未だ来ずと書くだろ。だから人は迷うし不安になる。だから人は一生懸命に生きようとするんだよ。そして未来がやって来る。もし未来のことが分かったら人間は怠け者になるのさ。私は人は皆若い時には今を大切に一生懸命生きなければいけないじゃないかと思うんだ。つまり悩む君には沢山の未来が待っていて、その未来をより良くするために今を一生懸命に生きなければならないんだよ。」
その時、夜行列車の汽笛が鳴った。
「いけない!君たちは急がなくては!もうすぐこの列車は前の車両と切り離されて三途の川を再び下って行くんだ。君は前の車両に乗ってなくてはならない人だろ。」
「拓郎、急ごう!」
「うん!有り難うございました!僕行きます!」
「ああ、頑張るんだよ。」
拓郎とガトは床を蹴って通路を走り出した。
時計技師は二人を見送るとゆっくりと振り返り1つの時計に歩み寄った。
「なんだ、まだ朝6時じゃないか。これからまだまだ沢山の未來が待っているぞ。」
時計技師は微笑みながら再び二人が走り去ったドアを見つめた。




