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夜行列車/寝台に棲む猫  作者: 大岩幽霊
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看取る医師

【看取る医師】

ガトは口笛を吹いている。


「ガト、真面目に帰る場所を探してくれよ。」


「大丈夫だって言ってるだろ?」


「だってさ、口笛なんか呑気に吹いて探す気あるのかと思っちゃうよ。」


「俺様にとって口笛は調子のいい証拠だ。」


「本当?大丈夫かなぁ…」


拓郎は次の車両のドアを開けて中に入った。

その車両は濃い霧で真っ白であった。そしてあちこちからうめき声が聞こえてきた。拓郎とガトはゆっくり足を進めると霧の合間に見えたベッドにはどれも怪我人が横たわっていた。


「ガ、ガト、これは何?」


「分からない…」


更に奥の霧の中から切羽詰まった聞こえてきた。


「急げ、早く輸血の準備を!」


「先生、駄目です!血液がもう足りません!」


「くそぉ!急いで予備を用意してくれ!」


「はい!」


すると霧の中から看護婦らしい女性が飛び出してきた。その拍子に霧が流れて薄くなり声の聞こえた方を見ると、ベッドの脇で医師が患者の手を握り優しく話し掛けていた。


「大丈夫、何も怖くない。」


そう言うと医師はベッドの間から出て、拓郎とガトの前を涙を拭いながら別のベッドに歩いて行った。

拓郎とガトは呆然としてその光景を見ていた。


「う、う、う、せんせ…い。」


「た…助けて…」


あちこちから引っ切り無しに声が聞こえてきた。

耳に染みついてしまいそうだった。医師と看護婦はあっちに行ったりこっちに来たりと休む暇なく動き回っていた。


「ガト、ここって電車の中だよね?」


「あぁ…」


「まるで病院だ。ガト、これまで見たことあるの?


「ない…。隣の車両に何があって誰がいるなんて知らなかった。」


再び医師と看護婦が走ってきた。とその時ジリリリリと大きなベルの音が車内に響いた。すると患者のうめき声が一斉に止み辺りが急に静かになって医師と看護婦はペタリと床にへたり込んだ。医師と看護婦は顎を突きだし息も絶え絶えである。


「はぁ、はぁ、はぁ…」


「どうしたんですか?」


拓郎は医師に尋ねた。


「はぁ、はぁ、休憩…だ。」


「休憩?」


「そう、休憩…。1時間に…1回、10分間の休憩…だ。」


「ベッドの上の患者さんたちは?」


「みんな…渡って行ったよ。」


「渡って行った?」


「三途の川さ。だから休憩。また10分後に別の病人たちがやってくるんだ。」


「やって来るって?」


「そうさ、そしてまた50分看病するんだ。」


「どうして?」


「どうして?それが仕事だからに決まっているじゃないか。君だってそうだろ?」


「でも僕は小学生…」


「同じことさ。学校だって1時間授業して休憩時間は10分間。学校に行ったら決められた時間勉強をし、卒業したら皆世の中の為に仕事と休憩を繰り返すんだよ。人間の一生はそう運命づけられている。」


「でも…患者さんが入れ替わってしまったら治療が出来ないです。」


「はははっ、ここは決して治療する場所じゃない。看取ってあげる場所なんだ。あちらの世界で戦争や事故や天災なんかで怪我したり、病気のまま誰にも看取られずに亡くなってしまった人たちが決して迷わないように三途の川を渡るまで看取ってあげるんだ。」


「看取る…」


「そう、皆身体に致命的な病気や怪我をしている。それを少しでも癒してあげるのが私の仕事なんだ。私たちが一生懸命世話をしてあげると、いよいよ最期はどんなに体や心が傷ついていても、その痛みや苦しみをこの世に置いて安らかに三途の川を渡ることができるんだ。」


「でもたった2人で?」


「あぁ、これが私と看護婦の仕事だからな。昨日大きな震災があってな、いつもより患者の数が多いんだ。

ところで君は何処から来たんだい?私の患者じゃなさそうだし…」


「わかりません。でも帰らなくちゃいけないんです…」


「えっ、戻るのかい?確かに君はベッドにいる人たちとは違うようだし…。でも君がいた世界へ戻るのは大変だ。」


拓郎の頭の中に兄一郎の顔が浮かんできた。

その時、突然ベルが響き渡り車内の空気が一気に緊張した。


「先生、始まります!」


「おぅ、よっこいしょ。多分君の探している場所はまだ先だな。」


「そうですか…」


「頑張りたまえ。幸運を祈るよ。」


「はい。」


再び車内に濃い霧が立ち込めあちこちのベッドからうめき声が溢れた。医師と看護婦は霧の中に走り去った。拓郎とガトは暫く二人が消えた霧を見つめていた。


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