二人旅
【二人旅】
拓郎と猫のガトは隣の車両のドアを開けた。
この車両はとても静かで電車のガタンゴトンという音しか聞こえてこない。
「拓郎!休んで行こうぜ!」
「えっ、まだスタートしたばかりじゃないか!」
「久しぶりにやっとあのぎゅうぎゅう詰めの車両から出られたんだ。ちょっとは自由ってやつを満喫させてくれ。」
「何を言ってんだ。さっきはあんなに偉そうに僕の悪口を言ってたくせに。僕は早く元の世界に戻らなくてはならないんだよ。」
「シ、シ、シ、大丈夫、大丈夫。慌てなくても俺様があっという間に見つけてやるさ!だから、なっ、いいだろ?嫌だなんて言ってみろ。金輪際この場所から動かないぜ!」
「うーん、しょうがないなぁ。じゃあ少しだけだよ。」
「おぉ、そうこなくちゃ!」
ガトはそう言うと誰もいない車両真ん中にある1つのベッドに飛び乗り、更にベッドの間にある窓枠の上に飛び移って手招きをした。拓郎もそばに行きベッドに腰掛けた。
真っ暗な窓ガラスには拓郎とガトが映っている。
「楽しいなぁ。」
ガトが呟いた。
「えっ、いつもは楽しくないの?」
「いや、楽しいさ。来る日も来る日もずっと皆と一緒に居られる。ここに来てからは誰にも虐められないし自由で居られるんだ。勿論時々喧嘩はするけどな。シ、シ、シ、!」
「学校みたいだ。」
「でもお前の世界の学校には虐めがある…」
ガトは一瞬寂しそうな顔をした。
「そういえばガトは今、『ここに来てからは…』と言ったね?」
「ちっ!要らんことを言ってしまった。」
「ここに来る前に何かあったの?」
暫しの沈黙の後、ガトは窓ガラスを見ながらポツリ、ポツリ話し始めた。
「俺も元々はお前と同じ世界にいた。さっきの猫たちもみんなあっちの世界にいたんだ。
俺の最初の飼い主はある家族だった。小さな娘が1人いてな、俺もまだ子猫だった。毎日娘と遊んで毎日一緒に眠った。楽しかったよ。でもな、ある日その家族が遠くに引っ越すことになったんだが、引っ越し先で動物は飼えないということで近所に住む夫婦に譲り渡された…」
ガトの言葉が途切れた。ずっと窓ガラスを眺めたまま動かない。心無し泣いているようにも見える。沈黙が訪れ、枕木を叩くガタンゴトンという音だけが車内に響き渡った。
拓郎は話しの続きが気になったが暫く言葉を掛けることが出来なかった。
その空気を察したようにガトが拓郎を見て目を細くして微笑んだ。
「湿っぽくなっていけねぇ!」
そう言うとガトは窓枠からベッドの間の床に飛び降り通路まで行くと振り返った。
「おい、いつまで座ってるんだ!早く戻りたかったんじゃないのか?さっ、行こうぜ相棒!」
「う、うん。」
なんだ、湿っぽくしたのは自分のくせにと思いながら拓郎はガトを追って通路を次の車両に向かって早足に歩いた。二人が座っていた窓枠とベッドの温もりはゆっくりと冷めていった。




