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夜行列車/寝台に棲む猫  作者: 大岩幽霊
3/12

猫男

【猫男】

早く戻らなくちゃ…


拓郎は親指たちの車両を出て次の車両のドアノブに手を掛けた。ドアは子供が開くには少し重い。拓郎はドアノブをぐっと握って手前に強く引っぱった。

その瞬間車両の電気がパッと消え辺りが真っ暗になり何も見えなくなった。

拓郎は足がすくんでしまい暫くの間そのままの姿勢で明るくなるのを待った。

明かりはなかなか点かない。拓郎は次第に恐ろしくなっていった。

そこに拓郎を更に怯えさせることが起こった。暗闇の中に無数の目が拓郎を見ている。


「わー!!」


拓郎は暗闇の中で後ろを向いて逃げ出そうとした。ところが今来た通路も真っ暗で後ろにも進むことができない。拓郎はもう一度目が光る方へ恐る恐る向き直った。

通路の床一面だけでなくベッドの一段目や二段目からも沢山の光る目がこちらを見ていた。

次の瞬間、車両の中に薄明かりが戻ってきた。


「えっ!」


拓郎の眼に映ったのは猫の群れであった。こんなにたくさんの猫は見たことがない。


なんでこんなに一杯の猫が?それにさっき通った時には一匹たりともいなかったのに…


拓郎は猫で安心したが、同時に通路にところ狭しといる猫の群を見てなかなか一歩が踏み出せない。すると何処からか微かに歌声が聞こえてきた。


月夜の晩に猫は踊る

人間眠る間は猫の時間

夢よ醒めるな朝までは

月夜の晩に猫は踊る…


歌に合わせて猫たちは目を細めてグルルと気持ち良さそうに喉を鳴らした。

拓郎は姿が見えない声の主に向かって声を掛けた。


「あのぉ…、あのぉ…、すいません…。すいません…。」


何度目かでやっと歌声が止んだ。


「どなたかな?」


「僕、拓郎です。あのぉ、ここを通りたいのですが、猫が一杯で…」


「あぁ、すまないね。今道を開けるよ。」


そう言うと通路の床を占拠していた猫たちが移動を始めた。通路に溢れていた猫はベッドの間や下、一段目、二段目のベッドに移動し、すでにそこに居た猫たちの上に段積みになっていった。そして通路の床には細長い隙間が生まれた。拓郎はその様子に驚いた。声の主は猫たちに何も指示はしていないのである。


「あ、有り難うございます…」


揺れる車内は歩きにくい。拓郎は恐る恐る片脚づつ前に進めた。ゆっくり運ぶ拓郎の足が微かに猫に触れる。いや、猫が自ら拓郎の足に刷りよってくるのだ。拓郎は猫の足や尻尾を踏まないように気をつけながら進んだ。そしてゆっくり移動しながら1つ1つベッドを覗いて声の主を探していった。

ちょうど車両の真ん中辺りまで進んだ時だった。1人の小さな男を見つけた。男は下段ベッドの一番奥にもたれてこちらを見つめている。男は猫のような目をして耳は心なしか尖っている。口の両脇には髭が数本。身なりも変わっていた。ぼろぼろの外套で体を覆い、膝の上には猫を数匹乗せて頭を撫でている。


「こんばんわ…」


拓郎の挨拶に男は微笑んだ。男が微笑むと目を細め口の両端が広がり、その顔はまるで猫の首を撫でた時のようだった。


「有り難うございます。」


「礼を言われるほどのことではない。」


「あのぉ、こんなに沢山の猫いつ乗ってきたのですか?」


「お前さんと一緒に。」


「えっ?」


「だから一緒に改札機をくぐったのさ。」


「でも駅では見ていません。」


「皆一緒だったさ。」


「沢山の人がいたのに…」


「あぁ、いたな。」


「駅員さんだって…」


「ひゃっひゃっひゃっ!」


猫男は拓郎の言葉を遮って甲高い声で笑った。


「三次元の世界に生きる者たちには、私たちは見えないのだよ。」


「三次元?」


「そうさ。今お前さんはお前さんが元いた世界とは違う世界にいる。」


拓郎はさっき一郎に話し掛けてきた男のことを思い出した。


「まさか、あの世…」


「ああ、そう言う人間もいるな。」


「でも今日は学校が二学期の終業式で、それが終わって、荷造りをして、叔母さんが駅まで送ってくれて、ついさっき兄ちゃんとこのブルートレインに乗って、僕はトイレに1人で行った。ここまで一睡もしないでずっと続いているんです。あなたの言うことは信じられない。まだトンネルだって潜っていない。あの世っていつ何処で変わったんですか?」


拓郎は猫男の馬鹿げた話しを否定する為に一気にまくし立てた。


「厳密に言うとまだあの世ではない。でもここはお前さんがいた世界とは違うんだよ。ヒャヒャヒャ!」


そう言うと猫男は再び本物の猫のように微笑んだ。


「拓郎、今お前さんはお前さんがこれまで暮らしていた世界と何かが違うと本当は分かっているんじゃないか?だからムキになる。

違う世界にいつ来たとか、どんな方法で来たとかなんて考えるのは意味の無いことだ。そもそも私にも理由は説明できない。しかしお前さんは今確かに私とこの列車の中にいる。そして今この列車は時間と空間を超えた世界を走っているんだ。」


「あなたは誰なんですか?」


「私かね。私は、エヘン!この列車の警備員だ。」


「列車の警備員?」


確かに拓郎は先程から何かが変だと感じていた。しかしいずれにしてもこの猫男の言うことが本当なら元の世界に戻らなくてはならない。


「ほら、窓の外を見てご覧。」


拓郎は振り返って通路にある窓を覗いた。トイレに行った時には辺りはビルや家の明かりや道路に沿って走る車のライトや街灯の明かりで溢れていた。しかし今は暗闇の中で無数の星が列車の周りを取り囲んでいる。


「いつの間に…?」


「さぁな。」


「どうしたら元の世界に帰れるんですか?」


「さぁな。」


「兄が待っているんです。帰らなくちゃ…」


「もう元の世界に戻ることはできないんだ。」


「そ、そんな…」


拓郎は体の力が抜けて猫男の向かいのベッドに腰掛けた。その周りにいた猫たちが拓郎の太股や腰周りに頭や体を擦りつけてきた。

拓郎がその温もりを感じると大粒の涙が頬を蔦って止めどなく零れてきた。

猫男はやれやれという顔をした。


「ああ、分かった、分かった。一カ所だけお前さんが元の世界に戻れる場所がある。」


面倒臭そうに言うと猫男は口笛を吹いた。

するとベッドの上にいた一匹の猫がうな垂れている拓郎の膝の上に乗ってきて顔を見上げた。拓郎はその重みに気づいてゆっくり瞼を開くが涙で猫はボヤけていた。


「そいつの名前はガト。こいつがお前さんをその場所まで連れて行ってくれる。」


拓郎は鼻をすすりながら涙を拭った。はっきり見えた猫はキャラメル色に口元から腹までが白い。拓郎が心の中で、「猫がお供?」と少し落胆した時だった─


「おい、今お前は猫なんかに道案内ができるわけないって思っただろ!」


「わっ!!」


いきなり猫が喋ったのに驚いて拓郎は猫を投げた。猫は向かいのベッドに着地して振り返りながら言った。


「なんだ!お前はメソメソしてたくせに偉そうなことを言いやがって。」


拓郎はポカンと口開けて見ていた。


「甘ったれてるんじゃない!自分1人では何もできないくせに、あれは嫌だこれは嫌だっていつも文句ばっかり言ってるんだろう。まったく男の風上にも置けない奴だ。」


なんで会ったばかりの猫にそこまで言われなくちゃいけないのかと拓郎は急に腹が立ってきた。知らないうちに涙が止まっていた。


「あっ、怒ったか、甘えん坊!悔しかったらいつまでもベッドに座ってるんじゃないよ。」


「うるさい!」


拓郎は怒りに任せてベッドから床の上にがっと立ち上がった。

その様子を見ていた猫男は口を開けて大笑いした。


「ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ!さぁ、さぁ、出掛けた、出掛けた。」


猫男の囃し立てにガトはベッドを飛び降り歩き出した。床にいた猫たちは道を開けてゆく。拓郎は猫男にペコリと頭を下げガトの後ろを追いかけた。前を行くガトは後ろを振り返らずに言った。


「じゃあ皆、行ってくるからな!」


ガトはそう言うと歌を口ずさんだ。


月夜の晩に猫は踊る

人間眠る間は猫の時間

夢よ醒めるな朝までは

月夜の晩に猫は踊る…


車両中の猫たちがガトの歌に合わせて、ニャア、ニャアと鳴きながら2人を見送った。


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