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普通の青春をしたいだけなのに、隣の席も幼馴染も全然“普通”じゃない。~つくば市の県立高校に入学した俺は静かに青春するはずだったのに、隣の席の毒舌美少女と世話焼き幼馴染が放っておいてくれない~  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第78話 近くで見てると、親切の前後が少しだけ剥がれる

近くで見ていると、親切の前後が少しだけ剥がれる。


 それはたぶん、すごく大きな違いではない。

 劇的に正体が暴かれるわけでもないし、誰かがその場で「今のはおかしい」と指をさすわけでもない。


 でも、たしかに違う。


 遠くから見れば、ただ助けたように見える。

 少し近ければ、その直前の一言が聞こえる。

 さらに近ければ、その一言を受けた相手の肩が少し強ばるのも見える。


 そういう細い変化は、距離が縮まるほどごまかしにくくなる。


 そして今日の僕たちは、たぶん前より少しだけ、その“近さ”を持てていた。


 朝の教室。

 昨日の掃除の一件が、まだ頭のどこかに残っている。


 小坂が雑巾を落とした。

 黒崎が「ほんと不器用だな」と言った。

 そのあと拾って渡した。

 先生はそこから見た。


 その並びは、ノートの最後のページに短く残してある。

 短いくせに、読むたびに妙に輪郭がはっきりする。


 教師前の親切。

 その前の棘。

 そして、先生が見た範囲。


 やっぱり、こういう形で重なると違う。


「神代くん」


 木乃実が振り向いた。


「何」

「今日、昨日のことまだ考えてる」

「最近それしか言われてないな」

「だって分かるし」

 木乃実は頬杖をついた。

「しかも今日は、“昨日の場面、先生どこまで拾ったかな”って顔」

「……」

「図星」

「そこまで読むの、ほんとやめろ」

「無理」

「即答するな」

「便利だから」

「またその言葉か」

「流行ってるからね」

「嫌な流行だな」


 後ろから佐伯も入る。


「でも実際、昨日のやつはちょっと大きかっただろ」

「うん」

 僕は頷く。

「かなり」

「先生、拾ったところは見た」

「うん」

「でも、その前の一言も何となく気配くらいは感じたかもしれない」

「……」

「そこなんだよな」

「何だよ」

「いや」

 僕は少し息を吐いた。

「昨日の場面、前よりだいぶ“近かった”なって」

「それ」

 木乃実がすぐ言う。

「分かる」

「何が」

「先生が全部じゃなくても、“何かちょっと変”くらいは拾える距離だった感じ」

「……」

「うん」

 僕は答えた。

「たぶんそこが大きい」


 少し離れた席から、エヴァの声が届く。


「ようやく、“前後が剥がれる距離”を実感しましたのね」


「言い方がちょっとそれっぽいな」

 僕が言うと、エヴァは平然としている。


「それっぽい、ではなく事実です」

「便利な言い方だな」

「あなた方ほどではありません」

「で?」

「で、とは何ですの」

「前後が剥がれる距離、って」

 僕が聞くと、エヴァは少しだけ目を細めた。

「昨日の掃除の場面です」

「うん」

「教師が比較的近かった」

「うん」

「こちらも複数で近くにいた」

「うん」

「すると、“拾う黒崎蓮司”と、“その直前に棘を置く黒崎蓮司”が」

「……」

「完全には重ならなくても、少しだけ同じ場面に乗る」

「……」

「何ですの」

「いや」

 僕は苦笑した。

「今の、かなり欲しかった整理だなって」

「そうでしょうね」

「そこは迷わないな」

「迷う理由がありません」


 朱音は、その会話を聞いて小さく言った。


「昨日の先生、ちょっと顔変わってたよ」

「……」

 僕はそっちを見る。

「見てたのか」

「見るよ」

 朱音は肩をすくめる。

「だってそこ大事だし」

「どう変わった」

「ほんの一瞬だけ」

 朱音は真顔だった。

「“ありがとう”って言う前に、ちょっとだけ間があった」

「……」

「何その顔」

「いや」

 僕は素直に答える。

「そこまで見てるの、ほんとすごいなって」

「長いからね」

「またそれか」

「便利だよ」

「その便利、ほんと万能だな」


 二時間目と三時間目のあいだ。

 今日もまた、そういう“近い場面”は意外とすぐ来た。


 今度は係のプリント整理だった。


 日誌係のファイルや提出プリントを、先生が教卓でまとめている。何人かが近くで手伝っていて、僕もその中にいた。木乃実はすぐ後ろ、三田村は廊下側から回ってきている。遠山先生は教卓のすぐ前だ。


 距離が、近い。


 完全に見張っているわけじゃない。

 でも、昨日と同じで“自然に前後が見えやすい距離”だった。


 そこで、小さなことが起きる。


 三田村がファイルの端を持ち損ねて、一枚だけプリントを滑らせた。

 床に落ちるほどではない。端がずれて、机の角に引っかかっただけだ。

 本当に、小さい。


 黒崎がすぐ手を伸ばした。


「危ないって」


 小さい声だった。

 でも、その言い方はやっぱり少し刺さる。

 助ける前の言葉としては、わずかに強い。


 そしてその次の瞬間には、プリントを押さえて整えている。


「ほら」

 黒崎が言う。

「ありがと」

 三田村が答える。

「助かる」

 遠山先生も、自然にそう言う。


 ここまでは、昨日と同じ構図だ。

 でも今日は、そこに一つ違うものがあった。


 先生の目が、一拍だけ長く残った。


 ほんの一瞬。

 でも、たしかに。


 黒崎を見るでもなく、三田村を見るでもなく、その場全体の空気を一回だけ確かめるみたいな目。

 そしてすぐに先生は何事もなかった顔へ戻る。


 それだけだ。

 でも、それだけで十分に違う。


「……今の」

 木乃実が小さく言う。

「うん」

 僕も返す。

「見た」

「先生、ちょっとだけ止まった」

「うん」

「やっぱり」

 三田村も低く言った。

「昨日より、見えてる」

「……」

「何だよ」

 僕が聞くと、三田村は少しだけ息を吐いた。

「昨日までは、“拾った”だけだった気がする」

「うん」

「でも今は、その前の空気も少しだけ見てる感じした」

「……」

「うん」

 僕は頷いた。

「たぶんそう」


 遠山先生は、その場では何も言わなかった。

 そこは変わらない。


 でも、変わらないことと、何も起きていないことは違う。

 最近の僕は、少しずつそこを見分けるようになってきた。


 昼休み。

 後ろの棚の近くへ集まると、木乃実が最初に言った。


「今の、かなり大きくない?」

「大きい」

 僕は答えた。

「でも」

「でも?」

「まだ先生が“今の言い方ちょっときついよ”って止めたわけじゃない」

「うん」

「だから決定打ではない」

「……」

「何その顔」

「いや」

 木乃実は少しだけ笑った。

「そこ、やっぱ神代くんだなって」

「どういう意味だよ」

「ちゃんと喜びきらない」

「……」

「でも分かるよ」

 木乃実は頷いた。

「今のは決定打じゃない」

「うん」

「でも、昨日より先生の顔が少し動いた」

「うん」

「そこは大きい」

「……」

「そう」

 僕は小さく息を吐いた。

「たぶん今の段階だと、そこが一番大事」


 佐伯も、少し離れた席から入ってくる。


「昨日と今日で、だいぶ違うよな」

「何が」

 僕が聞くと、佐伯は肩をすくめた。

「先生の“間”」

「……」

「昨日は、“あ、拾ったんだな”の間」

「うん」

「今日は、“今なんかあったか?”の間」

「……」

「何だよ」

「いや」

 僕は少しだけ苦笑した。

「おまえ、たまに本当に整理の仕方うまいな」

「たまに、は余計だろ」

「でも事実だろ」

「まあな」

「認めるんだ」

「便利だから」

「その言葉ほんと万能だな」


 少し離れたところから、エヴァが静かに言った。


「ようやく、遠山先生の見え方が揺れ始めましたわね」


「揺れ始めた、か」

 僕が聞くと、エヴァは頷く。

「ええ」

「どういう意味」

「今までは」

 エヴァは淡々と続ける。

「“助ける黒崎蓮司”だけが先に届いていた」

「うん」

「でも昨日と今日で、その前後の空気も少しだけ近くなった」

「……」

「すると」

「……」

「“本当にいつも同じように感じのいい生徒なのか”という見え方に、薄く揺れが入る」

「……」

「何ですの」

「いや」

 僕は正直に言った。

「今の、かなり欲しかった言葉だなって」

「そうでしょうね」

「そこ迷わないな」

「迷う理由がありません」


 朱音は、その会話のあとでやわらかく言った。


「だから、昨日と今日ってけっこう違う」

「うん」

「昨日は、先生も近かったけど」

「うん」

「まだ“違和感があるかも”の手前」

「うん」

「でも今日は」

 朱音は僕を見る。

「先生の中で、一回“あれ?”が入った感じ」

「……」

「何その顔」

「いや」

 僕は少し笑った。

「おまえもほんと、そこだけ精度高いなって」

「長いからね」

「またそれか」

「便利だよ」

「その便利、ほんとに無敵だな」


 近くで見てると、親切の前後が少しだけ剥がれる。

 そして今日は、その剥がれた部分が、たぶん先生にもほんの少し見えた。

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