表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
普通の青春をしたいだけなのに、隣の席も幼馴染も全然“普通”じゃない。~つくば市の県立高校に入学した俺は静かに青春するはずだったのに、隣の席の毒舌美少女と世話焼き幼馴染が放っておいてくれない~  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/81

第47話 空気を作るやつは、順番を崩されると弱い

空気を作るやつは、だいたい“勢い”で押してくる。


 勢い、というのは便利だ。


 誰かがまだ引き受けると言っていないのに、「じゃあそういうことで」と流す。

 何が起きたか分からないのに、「またか」と軽く笑う。

 まだ確認が終わっていないのに、「ほらやっぱり」で着地させる。


 そういう時、人は内容そのものより先に、流れに乗せられる。


 だから逆に、その流れを一回止めてしまえば、意外とあっさり弱くなることがある。

 誰が最初に何を言って、どの順番でその空気ができたのか。

 そこを崩されると、空気で勝っていたやつは急にやりづらくなる。


 たぶん今日の僕は、それを初めてちゃんとやることになる。


 班発表当日。

 朝の教室は、いつもより少しだけ静かだった。


 木乃実は朝からやたら明るい。緊張をごまかす時の明るさだ。

 三田村は補足メモを昨日より落ち着いて持っている。回数で言えば二回しか見直していない。だいぶ成長である。

 小坂はまだ少し硬い。でも、前よりは目線が落ちなくなった。


 そして僕は、朝から頭の中で順番を並べていた。


 昨日の配付資料。

 確認した人。

 先生が来たタイミング。

 黒崎の「最近ほんと、準備いいよな」。


 証拠ではない。

 でも、崩れない順番としては十分に残る。


「神代くん」


 木乃実が振り向く。


「何」

「今日、かなり静か」

「いつも静かな方だろ」

「そういう意味じゃなくて」

 木乃実は少しだけ目を細めた。

「最近の“何か来るかも”の顔じゃなくて、“来たら返す準備はある”の顔」

「……」

「図星」

「最近ほんとに人の顔読むの上手いな」

「神代くん限定だけどね」

「嬉しくないな」

「でも、今日はちょっと安心かも」

「安心?」

「うん」

 木乃実は小さく頷く。

「昨日の先生の反応も含めて、前よりちゃんと返せそう」

「……そう見える?」

「かなり」

 後ろから佐伯も入る。

「昨日の時点で、神代の中で順番できてる感じあったし」

「順番、な」

「うん」

 佐伯は椅子に浅く座ったまま言う。

「誰が何を確認して、どこでずれたか、もうおまえ頭の中で持ってるだろ」

「……」

「図星」

「最近ほんと、みんなそこだけ妙に当てるな」

「神代が分かりやすすぎるんだって」

「その言葉、もう横断幕にしたいくらい見たな」


 少し離れた席から、エヴァの声が届く。


「今日のあなたは、ようやく“勢い”ではなく“順番”で返せる顔をしていますわね」


「その言い方、ちょっと好きだな」

 僕が言うと、エヴァは一瞬だけ黙った。

「……困りますわね」

「またそれか」

「今日はかなりそれです」

「そこは素直なんだ」

「あなたが無駄に真っ直ぐだからです」

「また人のせいにした」

「事実です」


 朱音は、今日は朝から妙に機嫌がいい。


「恒一くん」

「何」

「今日、たぶん一回は来るよ」

「黒崎?」

「うん」

 朱音は頷く。

「でも今日は、たぶんこっちの方が少し強い」

「何でそう思う」

「昨日の先生の一言」

「確認した人とタイミング残して、か」

「うん」

「……」

「それ、黒崎くんも嫌だったはず」

「嫌だった?」

「うん。だって、空気で流したい人って順番残されるの嫌いだもん」

「……」

「何その顔」

「いや」

 僕は少しだけ息を吐く。

「それ、かなり正確だなって」

「でしょ?」

「うん」

「今日のわたし、ちょっと冴えてる」

「自分で言うんだ」

「言うよ」

「強いな」


 午前中の授業は、表面上は何もなかった。


 けれど、その“何もない”の中で黒崎の動きは少し変わっていた。

 露骨な軽口が少ない。

 その代わり、周囲へ混ぜる言葉がもっと小さくなっている。


 先生の前では感じがいい。

 いない時は一言だけ棘を置く。

 でも最近は、その棘すら少し薄くしている。


 たぶん、先生が少し引っかかり始めたことに気づいているのだろう。

 それで、やり方を微妙に調整している。


 そこまで見えてくると、逆に“流れを作る側”の癖も見えやすくなる。


 昼休み、発表前の最終確認。

 僕たちはまた後ろの棚の近くに集まった。


「じゃあ最後に一回だけ」

 木乃実が言う。

「うん」

「流すね」

「了解」

「導入」

「うん」

「資料前半」

「うん」

「補足」

「うん」

「締め」

「うん」


 ここまでは順調だった。


 問題が起きたのは、そのあとだ。


「先生」


 黒崎が、少し離れた位置から遠山先生を呼んだ。


「ん?」

「神代の班、まだそこ確認してますよ」

「……」

「何?」

 木乃実が顔を上げる。


 黒崎は笑っていた。


「いや、だってもう本番なのに」

 黒崎が肩をすくめる。

「神代ってこういう時、細かすぎて逆に進まないじゃん」


 ああ、来たなと思う。


 今度は“資料がずれた”とか“誰が触った”ではない。

 もっと単純に、僕を“仕切りすぎて進みを悪くするやつ”へ見せたいのだ。


 先生もこちらを見る。


「どう?」

 遠山先生が言う。

「大丈夫?」

「……」

 その一瞬で、僕は頭の中の順番をかなり速く並べた。


 今の流れはこうだ。


 僕たちは最終確認をしている。

 黒崎がそこへ“まだやってる”を混ぜる。

 しかも“神代って細かすぎて逆に進まない”まで置く。

 このまま先生が“もうそのくらいでいいんじゃない?”と言えば、僕が神経質で足を止めてる側に見える。


 つまりここで必要なのは、“違うだろ”ではない。

 何が、どの順番で起きていて、誰が何をしているのかを先に揃えることだ。


「確認します」


 僕は静かに言った。


 先生も、黒崎も、木乃実たちも見る。


「何を?」

 先生が聞く。


「今の言い方です」

 僕は黒崎を見る。

「“まだそこ確認してる”って言った」

「うん」

「でも今やってるのは、発表の流れを止めてる確認じゃない」

「……」

「最後の読み合わせの一回」

「うん」

「班の中で、昨日までにずれが出た資料と順番を、今日もう一回合わせてるだけ」

「……」

「それを“神代が細かすぎて進まない”にするのは、順番として違う」

「……」

「何それ」

 黒崎が笑う。

「また始まった」

「始まってない」

 僕は平坦に返す。

「今、発表を止めてるんじゃなくて」

「うん」

「発表をちゃんと進めるための最終確認をしてる」

「……」

「その途中で、黒崎が“まだやってる”って先生に言った」

「……」

「そこに“神代が細かすぎる”まで足した」

「……」

「でもその前に、班の三人は誰も“進まない”って言ってない」

「……」

「確認するけど」

 僕は木乃実たちを見る。

「今、困ってる?」

「困ってない」

 木乃実がすぐ答えた。

「むしろ今必要」

「私も」

 小坂が小さく言う。

「最終確認だし」

「俺も」

 三田村が続く。

「ここ飛ばす方が怖い」

「……」


 空気が、ぴたりと止まる。


 先生は何も言わない。

 でも、その沈黙は前みたいな“流すための沈黙”ではなかった。ちゃんと聞いている側の沈黙だ。


「……なるほど」

 遠山先生がようやく言った。

「じゃあ、神代くんの班は今ちゃんと確認してるってことだね」

「はい」

 僕が答える。

「発表を止めてるわけではありません」

「うん」

「班の中でも、それで合ってます」

「……」

「そうです」

 木乃実が言う。

「今のは普通の最終確認です」


 先生は小さく頷いた。


「じゃあそのまま進めて」

「はい」

「黒崎くんも」

「……何ですか」

「今の言い方だと、神代くんが一人で止めてるみたいに聞こえるから」

「……」

「班の確認中なら、それは別に変じゃないよ」

「……はーい」


 その“はーい”は、少しだけ薄かった。


 ああ、と思う。


 効いた。


 今のはたぶん、前よりはっきり効いた。


 誰が悪い、ではない。

 でも、黒崎が空気を作ろうとした順番をそのまま逆に確認した。

 だから、冗談でも軽口でも逃げにくくなった。


「……神代くん」

 木乃実が小さく言う。

「何」

「今の、かなりすごかった」

「どこが」

「順番」

 木乃実は真顔だった。

「黒崎くんが“まだやってる”“細かい”で空気作ろうとしたのを」

「うん」

「“何をしていて、誰が困ってなくて、何を足したか”で返した」

「……」

「それ、だいぶ強い」

「……」

「何だよ」

「いや」

 僕は少しだけ苦笑した。

「そこまで整理されると、自分でもちょっと驚くな」

「わたくしは驚いていませんけれど」


 エヴァだった。

 いつの間にか会話に入ってくるのがうまい。


「今のは、ようやくそこまで来たというだけです」

「朝も似たようなこと言ってたな」

 僕が返すと、

「大事なことなので」

とエヴァは答えた。

「今のあなたは」

「うん」

「黒崎蓮司が“まだやってる”“細かい”と印象を置く前に」

「うん」

「何をしていたかを先に揃えた」

「……」

「しかも班の三人にも、そこで答えられる形を残していた」

「……」

「そのやり方なら、空気を作る側はかなり弱いです」

「……」

「何ですの」

「いや」

 僕は少しだけ肩をすくめた。

「最近の君、かなり容赦なく評価するなって」

「褒めてほしいんですの?」

「そこまでは言ってない」

「でしょうね」

「でも、今のはだいぶ良かったってことだろ」

「……」

 エヴァは一瞬だけ黙ってから、

「かなり」

と小さく言った。

「うわ」

 木乃実が笑う。

「エヴァさん、今日素直」

「木乃実さん」

「はい?」

「黙っていてくださいません?」

「無理でーす」

「即答ですわね」


 朱音は、そのやり取りを少し離れて見ていた。


「うん」

「何」

 僕が聞くと、

「やっぱりね」

「何が」

「空気を作るやつって、順番崩されると弱い」

「……」

「今の黒崎くん、ちょっとだけ顔変わった」

「見てたのか」

「見るよ」

 朱音は肩をすくめる。

「だって、そこ大事だし」

「便利な言葉だな」

「便利だよ」

「ほんと好きだな」


 発表自体は、大きな事故もなく終わった。


 木乃実は少し噛んだが、そのあと自分で笑って立て直した。

 小坂は思ったよりちゃんと声が出ていた。

 三田村は補足を一回だけ詰まったけれど、最後まで言い切った。

 僕も締めで余計なことは足さず、予定通りの範囲に収めた。


 それだけで十分だった。


 終わったあと、遠山先生が「よかったよ」と短く言った。

 それはたぶん、本当にただの感想だ。


 でも、今日の僕にはその短い言葉が少しだけ重かった。

 少なくとも“神経質で止める側”ではなく、“必要な確認をした側”として見えたのなら、それは小さくない。


 放課後。

 教室の空気が少し緩んだ頃、黒崎が僕の机の横を通りながら小さく言った。


「……最近ほんと、うざいな」


 前よりずっと短い。

 でも、その分だけ本音に近い。


「そうかもな」

 僕は静かに返した。

「でも」

「でも?」

 黒崎が少しだけ立ち止まる。

「おまえ、空気で押すの下手になってきたぞ」

「……」

「何言ってんだよ」

「分かるだろ」

 僕は顔を上げる。

「今までは、“細かい”“まだやってる”で流れ作れてた」

「……」

「でも今日は崩れた」

「……」

「そういうこと」


 黒崎はそこで笑った。

 笑ったが、目は少しも笑っていなかった。


「神代」

「何」

「おまえ、ほんと面倒だな」

「知ってる」

「……」

「でも最近、それでちょうどいい気がしてる」


 黒崎は何も言わず、そのまま歩いていった。


 空気を作るやつは、順番を崩されると弱い。

 そのことを、たぶん今日はこっちも向こうもちゃんと理解した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ