↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
普通の青春をしたいだけなのに、隣の席も幼馴染も全然“普通”じゃない。~つくば市の県立高校に入学した俺は静かに青春するはずだったのに、隣の席の毒舌美少女と世話焼き幼馴染が放っておいてくれない~  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
49/81

第48話 先生は、ようやく“少しだけ”引っかかる

人が何かに気づく瞬間というのは、案外地味だ。


 劇的に顔色が変わるわけでもない。

 急に態度が硬くなるわけでもない。

 ましてや、「なるほど、そういうことか」と分かりやすく言ってくれることなんて、まずない。


 むしろ逆だ。

 少しだけ間が増える。

 ひとつ前なら流していた場面で、ほんの少しだけ止まる。

 そのくらいの変化しかない。


 でも、その“ほんの少し”があるかどうかで、教室の空気は意外と変わる。


 班発表の翌日。

 朝のホームルーム前、教室はいつもよりゆるい空気に包まれていた。大きな行事がひとつ終わった翌日というのは、だいたいみんな少しだけ息が抜ける。終わったこと自体に安心するやつもいれば、単に昨日までの緊張を引きずって眠そうなやつもいる。


 木乃実は前者だった。


「終わったあー」

 と朝いちで机に突っ伏している。

「そんなにか」

 僕が言うと、木乃実は顔だけ上げた。

「そんなにだよ」

「そこまで大変だったか?」

「大変っていうか」

 木乃実は頬を机につけたまま言う。

「最近、発表そのものより発表までの空気の方が疲れる」

「……」

「神代くん?」

「いや」

 僕は少し苦笑した。

「それ、かなり正確だなって」

「でしょ?」

「嬉しくない精度だな」

「最近のこのクラス、そこだけ無駄に育ってる気がする」


 後ろから佐伯も会話に入る。


「神代」

「何」

「昨日のやつ、やっぱり地味に効いてたな」

「何が」

「先生」

 佐伯は椅子を少し鳴らして座り直した。

「おまえが“何をしてて、誰が困ってなくて、何が足されたか”まで言ったやつ」

「……」

「遠山先生、前よりちょっと引っかかってた」

「……そう見えた?」

「見えた」

「俺も」

 木乃実がすぐ言う。

「今までは“気をつけてね”で流してたのに、昨日はちゃんと“班の確認中なら変じゃない”って言ったし」

「……」

「何だよ」

「いや」

 僕は小さく息を吐いた。

「そこ、僕も思ってた」

「だよね」

「うん」

「で、どう?」

 木乃実が聞く。

「何が」

「少しは楽?」

「……」

 僕は少しだけ考えた。

「ゼロじゃなくなった感じはある」

「ゼロじゃなくなった」

「うん」

「うわ」

 木乃実が笑う。

「神代くんっぽい言い方」

「そうか?」

「かなり」

「嬉しくないな」

「でも分かるよ」

 木乃実は頷いた。

「味方になった、じゃなくて“前よりは引っかかる先生になった”ってことだよね」

「……」

「何その顔」

「いや」

 僕は苦笑する。

「最近の木乃実、たまに整理の仕方がやけに上手い」

「でしょ?」

「自分で言うんだ」

「便利だから」

「ほんとその言葉好きだな」


 少し離れた席から、エヴァの声が届いた。


「遅いですが、前進ですわね」


 あまりにもらしい評価だった。


「遅いって、そこは容赦ないな」

 僕が返すと、エヴァは平然としている。


「事実です」

「便利な言葉だな」

「あなた方が乱用しているだけです」

「で?」

「で、とは何ですの」

「昨日の先生」

 僕が言うと、エヴァは少しだけ視線を上げた。

「完全に見えたわけではありません」

「うん」

「でも、“また神代恒一が気にしすぎているだけ”では処理しなかった」

「……」

「そこは小さくありません」

「小さくない、か」

「ええ」

「……」

「何ですの」

「いや」

 僕は少しだけ肩をすくめた。

「最近の君、そういう“まだ足りないけど、ゼロじゃない”の言い方が上手いなって」

「褒めても何も出ませんわよ」

「今のはかなり褒めてる」

「……」

「何で黙るんだよ」

「困るからです」

「最近それ認めるな」

「認めないと面倒だからです」

「また人のせいにした」

「事実です」


 朱音は今日、珍しく少し遅れて来た。

 席へ着く前に僕の机の横で止まり、何でもない顔で言う。


「今日、先生ちょっと見ると思う」

「何を」

「黒崎くん」

「……」

「昨日、引っかかったから」

「そこまで分かる?」

「分かるよ」

 朱音はさらっと言う。

「先生って、一回“あれ?”ってなると、その次の一回だけはちゃんと見るもん」

「その次の一回だけ、か」

「うん」

「ずいぶん限定的だな」

「だって先生だし」

「それ、ひどいようでわりと当たってるな」

「でしょ?」

「うん」


 ホームルームが終わって一時間目。

 遠山先生は教室に入ってきて、いつも通りに出欠を取った。いつも通りの声、いつも通りの間合い。何も変わっていないように見える。


 けれど、たぶん少しだけ違った。


 違ったのは、黒崎を見た時の目線の止まり方だ。


 ほんの一拍。

 本当にそれだけ。


 でも今までの遠山先生なら、黒崎の表情や姿勢をざっと見てそのまま流していたところで、一瞬だけ長く見た。たぶん本人に自覚はないだろうし、教室のほとんども気づいていないかもしれない。


 でも最近の僕は、そういう“一拍”を拾う側になってしまっていた。


 そしてその“一拍”が、午前中にもう一度あった。


 二時間目の終わり。

 プリント回収の時だった。


「黒崎くん、まだ?」

 遠山先生が言う。

「あ、今出します」

 黒崎が笑う。

 いつもの感じだ。感じはいい。少し遅れたが、別に大ごとではない。


 でも先生は、そこで流さなかった。


「最近ちょっとギリギリ多いね」

「え?」

 黒崎が少しだけ目を上げる。

「昨日の班の確認もそうだけど」

「……」

「間に合ってるからいい、じゃなくて」

 先生は言葉を選ぶように言った。

「周りがどこで困るかも考えてね」

「……はーい」


 言い方はやわらかい。

 でも、前ならそこまで言わなかった。


 ほんの少しだけ、踏み込んでいる。


「……今の」

 木乃実が小声で言った。

「うん」

 僕も小さく返す。

「きたね」

「うん」

「めちゃくちゃちょっとだけど」

「かなりちょっとだけ」

「でも前よりはっきりしてた」

「してたな」

 後ろで佐伯も頷く。

「“周りがどこで困るかも考えて”って、黒崎には初めて聞いた気がする」

「うん」

「そこ、やっぱ昨日のやつ効いてるかも」

「……」

「何だよ」

「いや」

 僕は少しだけ息を吐く。

「ようやく“少しだけ”って感じだなって」

「それ」

 木乃実が笑う。

「まさに神代くんの言い方」

「そうか?」

「うん。で、今のたぶん正しい」


 昼休み。

 三田村が今日は前より少しだけ顔を上げていた。


「神代くん」

「うん?」

「今の先生」

「うん」

「ちょっと変わった?」

「少しだけ」

 僕が答えると、三田村は小さく頷いた。

「俺もそう思った」

「……」

「前なら、黒崎くんにあそこまで言わなかった気がする」

「うん」

「だから」

「だから?」

「何か、ちょっとだけ安心した」

「……」

「何」

「いや」

 僕は少しだけ苦笑する。

「その“ちょっとだけ”って言い方、最近みんな使うな」

「便利だから」

 三田村が言う。

「おまえまでか」

「だって本当にそうだし」

「そのクラス、だいぶ統一感出てきたな」


 その時、黒崎が前の方で誰かと笑っていた。

 でも今日は、その笑い方がほんの少しだけ硬く見えた。


 たぶん向こうも気づいているのだ。

 先生の温度が、昨日までと少し違うことに。


「気づかれたと分かったやつは、少しやり方を変えますわね」


 エヴァが静かに言った。


「何だよそれ」

 僕が聞くと、

「そのままの意味です」

と彼女は答えた。

「黒崎蓮司」

「うん」

「今朝から、少し軽口が少ない」

「……」

「先生の前での感じの良さは変わらない」

「うん」

「でも、“冗談で押す”の量が少し減っている」

「……」

「つまり」

「つまり?」

「引っかかり始めたことを、あちらも感じた」

「……」

「何ですの」

「いや」

 僕は小さく息を吐いた。

「そこまで見てるの、ほんとすごいな」

「あなたが遅いだけです」

「はっきり言うな」

「必要なので」

「便利な理屈だ」

「あなた方ほどではありません」


 午後の授業中、僕は何度か黒崎を見た。


 露骨には見ない。

 でも、前より少しだけ視界に入れる。


 やっぱり、変わっている。

 劇的じゃない。だが、たしかに。


 先生が近くにいる時の態度はそのまま。

 でも、いない時に混ぜる一言が薄い。

 今までは“また?”とか“細かいよな”とか、そういう軽い棘をさりげなく置いていたのに、今日はそれが少ない。


 やり方を変えようとしているのだろう。


 それはたぶん、こっちにとって悪いことばかりじゃない。

 少なくとも、“同じやり方は通りにくくなった”と向こうが理解した証拠ではある。


 放課後、朱音が言った。


「ほらね」

「何が」

 僕が聞くと、朱音は少し得意げに笑う。

「先生、一回だけちゃんと見た」

「……」

「で、黒崎くんも気づいた」

「うん」

「だから次は、たぶんまた別のやり方になる」

「……」

「何その顔」

「いや」

 僕は苦笑する。

「相変わらず嫌な方向に勘がいいなって」

「ひどくない?」

「ひどくないけど」

「でも当たってるでしょ?」

「かなりな」

「じゃあいいじゃん」


 木乃実がその会話に入ってくる。


「でもさ」

「うん?」

「先生が少しでも引っかかり始めたの、地味に大きいよね」

「大きい」

 僕は頷く。

「たぶん、今までよりは“神代くんが気にしすぎてるだけ”に見えにくくなった」

「……」

「うん」

「何だよ」

「いや」

 木乃実は少しだけ笑った。

「昨日まで、正直そこがちょっと怖かったから」

「怖かった?」

「うん」

 木乃実は頷く。

「神代くん、間違ってないのに、見え方だけで損してる感じあったし」

「……」

「でも今日、先生ちょっと引っかかった」

「うん」

「そこ、けっこう安心した」

「……」

「何」

「やっぱり、みんな同じとこ見てたんだなって」

「見てたよ」

 木乃実はあっさり言う。

「最近は特に」


 窓の外は、もう夕方の色だった。


 先生は、ようやく“少しだけ”引っかかる。

 その少しだけは、遅い。

 でも、ゼロよりはずっと大きい。


 たぶん次から、黒崎のやり方も少し変わる。

 こっちの返し方も、また少し変わる。

 そうやって教室の中の見えない線は、少しずつ位置を変えていくのだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。