表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
普通の青春をしたいだけなのに、隣の席も幼馴染も全然“普通”じゃない。~つくば市の県立高校に入学した俺は静かに青春するはずだったのに、隣の席の毒舌美少女と世話焼き幼馴染が放っておいてくれない~  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/81

第42話 発表前は、だいたい一番やりやすい

何かを壊すなら、本番の少し前がいちばん効く。


 これは別に悪だくみの話に限らないのかもしれない。

 予定だってそうだ。せっかく整えた段取りは、当日の朝に一つずれれば全部が気になるし、前日の夜に一つ忘れ物が見つかれば、それだけで眠りが浅くなる。


 人は、本番の直前がいちばん脆い。


 だからもし誰かが、教室の中で小さく嫌なことを仕掛けたいなら。

 班発表の前日なんて、たぶんかなりやりやすい。


 そのことを、僕はその日、朝から何度も考えていた。


 来週ではなく、もう明日だ。

 班発表の本番は。


 進行の順番。

 読む箇所。

 補足の一言。

 資料の並び。


 全部、完璧にしたいわけじゃない。

 完璧なんて言い出すと、たぶんまた黒崎に“神代ってそういうとこだよな”と笑われる。


 でも少なくとも、“誰かが悪いことにされる雑なずれ”は減らしたい。

 そう思っている時点で、たぶん僕はもう前よりだいぶ面倒な人間なのだろう。


「神代くん」


 木乃実が朝いちで僕を見て言った。


「何」

「今日、かなり警戒してる」

「最近それしか言われてないな」

「だって分かりやすすぎるし」

 木乃実は机に頬杖をつく。

「しかも今日は、“何か起きるなら今日だろ”まで顔に書いてある」

「……」

「図星」

「おまえ、本当に人の顔に字幕つけるの得意だな」

「最近の神代くんだけ特別サービス」

「嬉しくない」

「でも当たってるよね?」

「かなりな」

 僕が認めると、木乃実は小さくため息をついた。

「だよねえ」

「何だよ」

「私もそう思ってるから」

「……」

「班発表前日って、普通に一番嫌なこと起きやすそう」

「嫌な予測だな」

「でもたぶん当たる」

「最近みんな予測の精度上がりすぎてない?」

「神代の周りにいると嫌でもする」

 後ろから佐伯が言う。

「しかも今回は、もう流れできてるし」

「流れ?」

「黒崎の」

 佐伯は肩をすくめた。

「先生の前では感じよくて、いないとこで軽く混ぜて、班の準備みたいな“ちょっとズレると困る場所”を狙う流れ」

「……」

「今聞くとだいぶ整理されてるな」

「最近の俺ら、そこだけ無駄に賢くなってる気がする」

「嬉しくない成長だな」


 少し離れた席から、エヴァの声が届く。


「本番前は、空気が一番揺れやすいですもの」


「朝から当たり前みたいに嫌なこと言うな」

 僕が返すと、エヴァは平然としていた。


「嫌なことではなく事実です」

「便利な言葉だな」

「あなた方が乱用しているだけです」

「で?」

「で、とは何ですの」

「今日についての見立て」

 僕が言うと、エヴァは少しだけ目を細めた。

「かなりやりやすい日です」

「……」

「班ごとの緊張がある」

「うん」

「少しのずれでも気になる」

「うん」

「そして“誰が悪いか”へ流しやすい」

「……」

「つまり」

「つまり?」

「かなり面倒な日ですわね」

「まとめがひどいな」

「正確です」

「そこは認めるしかないか」


 朱音は今日はいつもより少し早く来た。


 来るなり僕の机の横で止まって、珍しく茶化す前に本題を言った。


「今日、何かあるならたぶん資料」

「資料?」

「うん」

 朱音は小さく頷く。

「順番とか、差し替えとか、そういうやつ」

「何でそう思う」

「黒崎くん」

 朱音は教室の前の方を見る。

「昨日から、机の上の紙見る時だけ目が早い」

「……」

「怖いな」

「怖いよ」

「でもたぶん本当」

「おまえ、そういうとこ本当に嫌な方向へ鋭いな」

「ひどくない?」

「ひどくないけど」

 僕は小さく息を吐いた。

「助かる」

「……」

「何だよ」

「今の、珍しく素直」

「最近わりと素直じゃない?」

「嫌なことに対してだけね」

「それはあんまり良くない傾向だな」

「でも便利」

「ほんとその言葉好きだな」


 一時間目、二時間目、三時間目。


 午前中は驚くほど静かだった。


 静か、というより。

 黒崎が静かすぎた。


 余計な軽口が少ない。

 三田村に向けた小さな棘もほとんどない。

 僕に対しても、いつもの“神代ってさ”がない。


 だからこそ、逆に気持ち悪い。


「神代くん」

 昼休みの少し前、木乃実が言った。

「何」

「今日の黒崎くん、逆に静かすぎない?」

「うん」

「だよね」

「うん」

 木乃実は露骨に顔をしかめた。

「何もない日に静かなのは普通だけど、今日みたいな日に静かなのは逆にこわい」

「かなり分かる」

 佐伯も頷く。

「なんか、“今はまだ言わない”って感じする」

「……」

「そこまで分かる?」

 僕が聞くと、佐伯は苦笑した。

「最近の流れ見てるとな」

「嫌な学習だな」

「でも必要そうだし」

「そこなんだよな」


 昼休み、僕たちの班は後ろの棚の近くで最終確認をすることになった。


 木乃実が進行メモを持ち、小坂が資料本体を持ち、三田村が補足メモの束を確認する。僕は全体の順番を見る。いつも通りと言えばいつも通りだ。だが今日は、その“いつも通り”に少しだけ緊張が混ざっていた。


「じゃあ、最後にもう一回だけ」

 僕が言う。

「導入は木乃実」

「うん」

「資料の前半は小坂さん」

「うん」

「補足の一言が三田村」

「うん」

「締めは僕」

「うん」

 木乃実が頷いて、進行メモを閉じようとした時だった。

「あれ?」

「どうした?」

 僕が聞くと、木乃実は紙をもう一回開いた。

「最後の補足、増えてない?」

「え?」

 三田村が覗き込む。

「増えてる、って何が」

「この一文」

 木乃実が指差す。

「“全体のまとめは神代が責任を持って補う”って書いてある」

「……」

 空気が、少しだけ止まった。


 嫌な止まり方だった。


 それは別に、大事故ではない。

 でも、このタイミングでその一文が入るのは、だいぶ嫌だ。


 責任を持って補う。

 それだけ見れば前向きな言葉に見える。

 でも今の流れの中では、急に“神代が全部背負う役”へ寄せられた感じになる。


「これ、昨日あった?」

 僕は静かに聞いた。

「いや」

 木乃実はすぐ首を振る。

「なかった」

「俺も見てない」

 三田村が言う。

「小坂さんは?」

「私も」

 小坂は少し青い顔で答えた。

「昨日の時点ではなかったと思う」

「……」

 僕はすぐには次の言葉を出さなかった。


 こういう時、急いで“誰だ”へ行くと、また空気で負ける。

 まず順番だ。


「昨日の最後」

 僕は進行メモを見たまま言う。

「これ、最後に誰が持ってた?」

「私」

 木乃実が言う。

「で、机の上に置いて」

「うん」

「そのあと、神代くんが全体の流れ見るって」

「見た」

「うん」

「で、俺が補足メモと一緒に挟んだ」

 三田村が続ける。

「その時点では、たぶんこの一文なかった」

「……」

「で、そのあと」

 木乃実が顔を上げる。

「黒崎くん、こっち来てなかった?」

「……来てた」

 僕は答えた。

「ちょうどその時」

「やっぱり」

 朱音が、いつの間にか少し後ろに来ていた。

「何が」

 僕が聞くと、朱音は目を細める。

「紙だと思った」

「……」

「何かあるなら、今日の静かな感じで一番やりやすいのそこだったし」


 その会話へ、絶妙なタイミングで黒崎が入ってくる。


「何してんの」


 ほんとうに、こいつはそういうところだけうまい。


「確認」

 僕が短く答えると、黒崎は進行メモを覗き込んだ。

「へえ」

「……」

「また何か増えてんの?」

 その言い方で、僕の中でほぼ確信に近いものが動いた。


 知っている人間の声だ。

 少なくとも、初見の驚きではない。


「確認するけど」

 僕は平坦に言った。

「昨日の最後、これに触った?」

「は?」

「進行メモ」

「何で俺」

「昨日、この机の近くにいたから」

「……」

「触った?」

「触ってねえよ」

「ほんとに?」

「……」

「今はそれでいい」

 僕はメモを指で押さえる。

「ただ、この一文は昨日の最後にはなかった」

「だから?」

「だから、いつ増えたか確認してる」

「神代さ」

 黒崎が笑った。

「最近ほんとそういうの好きだな」

「好きじゃない」

「じゃあ何」

「分からないものを“誰かが悪いでしょ”にしたくないだけ」

「……」

「でも」

 黒崎は肩をすくめる。

「その一文、別におかしくなくね?」

「おかしいよ」

 木乃実がすぐ言った。

「今の流れで急に“神代が責任持つ”って増えるの、普通に変」

「何で」

「何でじゃないよ」

 木乃実は少し強く言う。

「班で決めてないのに勝手に書き足されてる時点で変」

「……」

「しかも」

 三田村が続けた。

「これ、神代くんに全部寄せるみたいで嫌」

「……」

「昨日の時点で、そういう決め方してないし」


 黒崎は一瞬だけ黙った。


 その黙り方が、やっぱり少しだけ長い。

 それだけで、こっちの返し方が前より効いているのが分かる。


「……先生」


 と、その時、ちょうど遠山先生が近くを通った。


「どうしたの?」

 先生が聞く。

「資料の確認です」

 僕が先に答える。

「進行メモに、昨日なかった一文が増えてたので」

「え?」

 先生が少し驚く。

「そうなの?」

「はい」

「誰か書き足したのかな」

「たぶん」

 僕は頷く。

「ただ、班の中ではまだその決め方してないので」

「……」

「だから今、順番を確認してました」

 先生はメモを覗き込んで、それから少しだけ眉をひそめた。

「なるほどね」

「……」

「じゃあ、その一文はいったん消して」

「はい」

「班でちゃんと決めたことだけ残そう」

「……」

「勝手に増えると混乱するからね」


 それは、小さいけれど十分な前進だった。


 誰がやったかまでは言わない。

 でも、“勝手に増えたのはよくない”は先生の口から出た。


 それだけで、今日のこの仕掛けは少なくとも完全には通らない。


「……静かなやつほど、次に動く時は準備していますわね」


 少し離れたところで、エヴァが小さく言った。


「何だよそれ」

 僕が聞くと、エヴァは平然としている。

「今のあなたです」

「……」

「先生の前で、誰が悪いと決めつけずに」

「うん」

「何が増えたか、いつの話か、班で決めていないことだけを出した」

「……」

「その動き方なら、届く可能性があります」

「……」

「何ですの」

「いや」

 僕は少しだけ息を吐いた。

「最近の君、そういう褒め方するよなって」

「褒めてなどいません」

「いや今のはだいぶ」

「違います」

「早いな」

「必要なので」

「便利な理屈だ」

「あなた方ほどではありません」


 放課後、班の作業が終わって人が少し減った頃。

 黒崎が、廊下の向こうからこっちを見て言った。


「最近、先生に言いつける準備でもしてんの?」


 昨日も聞いた言葉だ。

 だが今日は、その温度が少し違う。

 冗談の顔をしていても、向こうが今の流れを嫌がっているのが少し見える。


「言いつけるんじゃない」

 僕は静かに返した。

「何度も言ってるけど」

「へえ」

「届く形を探してるだけ」

「……」

「それがだるいなら」

 僕は少しだけ首を傾けた。

「おまえの方が困ることがあるんだろ」

「……」

「考えすぎ」

 黒崎は笑った。

「そうかもな」

 僕は頷く。

「でも、今日みたいに“勝手に増えた一文”は、考えすぎじゃ片づかない」


 黒崎はそこで少しだけ笑みを薄くした。


 大きな事件はまだ起きていない。

 でも、本番前は、だいたい一番やりやすい。

 そしてそのやりやすい日に何かが起きた時、前より少しだけ崩れない返し方はできた。


 それだけでも、今は十分に意味がある気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ