表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
普通の青春をしたいだけなのに、隣の席も幼馴染も全然“普通”じゃない。~つくば市の県立高校に入学した俺は静かに青春するはずだったのに、隣の席の毒舌美少女と世話焼き幼馴染が放っておいてくれない~  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/81

第36話 相談は、証拠がないと相談っぽく見えない

相談という言葉には、どこか整った響きがある。


 困っていることがあって。

 自分だけでは整理しきれなくて。

 だから誰かに話す。


 そこにはたぶん、最低限の形が要る。

 何が起きていて、何が嫌で、どうして気になるのか。少なくともそのあたりがある程度は揃っていないと、相談はただの愚痴みたいに見える。


 そして学校という場所では、その“ある程度”の基準が思っているより高い。


 空気が嫌だ。

 誰かが悪いことにされやすい。

 黒崎の言い方はいつも軽いけど、たぶん軽いだけじゃない。


 そういう感覚は確かにある。

 あるのだが、それをそのまま教師に渡して、どこまで“相談”として受け取ってもらえるのかとなると、急に心許なくなる。


 証拠がないと強いやつは、だいたいそう言う。

 気にしすぎ。

 考えすぎ。

 そんなつもりじゃない。


 そして教師の側も、証拠がない話を強くは扱いにくい。


 そのことを考え続けた末に、僕は結局、遠山先生へ半歩だけ踏み込むことにした。


 半歩だけ、というのが大事だ。


 黒崎がこうです、とは言わない。

 あいつが悪いんです、とも言わない。

 ただ、最近ちょっと教室の空気で気になることがある、とだけ伝える。


 それでどこまで届くのか。

 届かないなら、なぜ届かないのか。


 そこを知っておきたかった。


 放課後、教室の人が少しずつ減っていく。


 木乃実は今日も部活見学へ行くらしく、佐伯も体育館の方へ行った。朱音は保健委員の仕事で少し遅れる。エヴァは図書委員の返却当番があるらしい。


 だから、今がちょうどいいと思った。


 遠山先生は、教卓でプリントを整理していた。


 教室の前方。夕方の光。静かな空気。

 こういう場面だけ切り取ると、学校というのは実に平和そうに見える。


「先生」

 僕が声をかけると、遠山先生は顔を上げた。

「ん? 神代くん、どうしたの」

「少しだけ、いいですか」

「いいよ」


 先生は、そこで少しだけ表情を変えた。


 たぶん“生徒から話しかけられた時のちゃんと聞く顔”なのだろう。教師という職業の人が持っている顔だ。悪くない。むしろありがたい。けれど、その顔を見た瞬間に、こっちの言葉の方が急に雑に思えてくるから困る。


「えっと」

 僕は少しだけ言葉を探した。

「最近、班の準備とか教室の中で」

「うん」

「少しだけ、誰かが悪いことにされやすい流れがある気がしてて」

「……」

 先生は黙って聞いていた。

「悪いことにされやすい?」

「はい」

「例えば?」

「……」


 そこで、やっぱり少し詰まる。


 例えば。

 その一言が、一気に話を具体に引きずり下ろす。


 筆箱を落とした時の軽口。

 資料集を貸しながら“最近多いよな”を混ぜるやつ。

 班の役割を“この人でよくね?”で決まった空気にするやつ。

 古い版の資料。

 ずれた進行メモ。


 どれも嫌だった。

 でも、どれも単体で見れば大ごとではない。

 しかも黒崎の名前を出した瞬間、たぶん話は別の方向へ揺れる。


「班の準備で」

 僕は慎重に言う。

「誰かがまだ引き受けるって言ってないのに、そういう流れになりかけたり」

「うん」

「何かがずれた時に、本人が悪いみたいな空気になりやすかったり」

「……」

「そういうのが少し気になってて」

「……そっか」

 先生は小さく頷いた。

「誰か特定の子、っていうより?」

「……」

 やっぱり、そこを聞かれる。


「特定、っていうより」

 僕は少しだけ視線を落とした。

「最近そういう空気が、少し続いてる感じです」

「なるほどね」

 先生は腕を組むわけでもなく、ただ静かに聞いている。

「神代くんは、それが引っかかってるんだ」

「はい」

「うん」

 先生は少し考える顔をした。

「気にしすぎ、とは言わないよ」

「……」

「でも、今の話だけだと、まだちょっと様子を見たいかな」

「……」

「もちろん、空気が悪くなるのはよくない」

「はい」

「でも高校生の教室って、ちょっとした言い方の行き違いとか、軽口の行きすぎとかもあるし」

「……」

「もう少しはっきり困ってることがあったら、すぐ言って」

「……はい」

「一人で抱えないでね」

「はい」


 やっぱり、と思った。


 先生は悪い人ではない。

 むしろ丁寧だ。

 真面目に聞いてくれている。

 でも、今の段階ではまだそこだ。


 もう少し様子を見たい。

 もう少しはっきり困ってることがあったら。

 すぐ言って。


 正しい。

 正しいのだが、それが今の僕の欲しかった返答かと言われると、少し違う。


 相談したのに、届かなかった。

 いや、届かなかったというのも違うかもしれない。

 届いたけれど、“相談としてはまだ弱い”に振り分けられた。


 たぶん、そういうことだ。


「ありがとうございます」

 僕はとりあえずそう言った。

「うん」

 先生はやわらかく笑う。

「気にして見てくれてるのは助かるよ」

「……」

「でも、神代くん一人が背負うことじゃないからね」

「……はい」


 教卓を離れて、自分の席へ戻る。


 うまくいかなかった、とは思わない。

 ただ、足りなかった。


 そしてその“足りなさ”が、自分でもはっきり分かってしまうのが、いちばん少しだけつらい。


「相談は、証拠がないと相談として弱くなります」


 声がした。


 エヴァだった。


 いつの間に戻ってきたのか分からない。いや、分からないわけではない。たぶん図書委員の仕事を終えて、教室へ戻ってきて、僕と先生の会話の終盤くらいは聞いていたのだろう。


 相変わらず、この人は必要な時だけ都合よくそこにいる。


「聞いてたのか」

 僕が言うと、

「少し」

とエヴァは答えた。

「盗み聞きするつもりはありませんでしたが、聞こえてしまったので」

「便利な言い訳だな」

「あなた方の“便利”に巻き込まないでください」

「じゃあ今のは何だよ」

「感想です」

「感想にしてはだいぶ正確だな」

「当然です」


 僕は苦笑した。


「やっぱり、弱かったか」

「ええ」

 エヴァは一切迷わなかった。

「今の段階では」

「……」

「何ですの」

「いや」

 僕は少しだけ肩をすくめた。

「そこ、もう少し濁してくれてもいいのに」

「濁しても意味がありません」

「それはそうだけど」

「でも」

 エヴァは一拍置いた。

「遠山先生は、切り捨てたわけではありません」

「うん」

「ただ、“相談”として扱うには、まだ材料が弱いと判断した」

「……」

「それだけです」

「それだけ、か」

「ええ」

「でも、その“それだけ”がだいぶ重いんだよ」

「分かります」

「……」

「何ですの」

「今、分かるって言ったな」

「言いました」

「珍しい」

「あなた」

 エヴァが少しだけ目を細める。

「自分が少し落ち込んでいる時くらい、自覚なさった方がいいですわ」

「……」

「今のあなた、相談したのに届かなかった、ではなく」

「……」

「届かなかった理由を整理し始めている顔です」

「……」

「そこまで来ているなら、次は同じ失敗をしないでしょう」

「……」

「その意味では、無駄ではありません」

「……」

「何ですの」

「君、やっぱりそういう支え方するんだなって」

「……褒めていますの?」

「かなり」

「……困りますわね」

「また困るんだ」

「困ります」

「最近ちゃんと認めるな」

「認めないとあなたが面倒だからです」

「そこで急に戻すなよ」


 その時、教室の扉が開いた。


「ただいま」


 朱音だった。


 僕とエヴァの位置と空気を見て、まず一回状況を察する顔をしたのがよく分かる。そのあとで、わざと何でもないふうに近づいてくる。


「終わった?」

「何が」

 僕が聞くと、

「先生への相談」

 朱音はあっさり言った。

「……」

「図星」

「そこまで分かるのか」

「分かるよ」

「なんで」

「恒一くん、今ちょっと」

 朱音は言葉を選ぶ。

「“ちゃんと喋ったのに、あんまり重くは受け取られなかった人”の顔してる」

「……」

「雑に言うな」

「雑じゃないよ」

 朱音は首を振る。

「かなり正確」

「最近みんな、そこだけすごいな」

「必要だからね」

「便利な言葉だな」

「便利だよ」


 僕は少しだけ息を吐いた。


「まあ、そんな感じ」

「先生、何て?」

「気にしすぎとは言わないけど、もう少し様子を見たい、って」

「……」

「だろうね」

 朱音は驚かなかった。

「そこ、もっと驚いてくれてもよくない?」

「だって先生だし」

「先生だし、って何だよ」

「悪い人じゃないけど」

 朱音は僕を見る。

「空気の話だけだと、まだ弱いってこと」

「……」

「でも、それで落ち込んでる?」

「落ち込んではない」

「うん」

「ただ」

「ただ?」

「相談って、証拠がないと相談っぽく見えないんだなって」

「……」

「そこを今、すごく思ってる」

 朱音は少しだけやわらかく笑った。

「うん」

「何だよ」

「そこまでちゃんと分かったなら、次はたぶんもっと届くよ」

「……」

「今の恒一くん、失敗したって顔じゃなくて、“理由が見えた”って顔してるし」

「……」

「何」

「それ、エヴァにも似たようなこと言われた」

「でしょ?」

「でしょ、なのか」

「うん。今の恒一くん、そこが救いだもん」

「救い?」

「相談して届かなかった、で終わらないところ」

「……」

「たぶん、前より強いよ」


 その言い方は、少しだけ救われた。


 強いかどうかは分からない。

 でも少なくとも、ただ落ち込んで終わる気にはなっていなかった。


 相談した。

 届かなかった。

 ではなく。


 相談した。

 届かなかった理由が見えた。

 なら次は、届く形を考えればいい。


 そういう整理の方へ、もう頭が動いている。


 それはたぶん、最近の僕の変化なのだろう。


 窓の外は、夕方に近い光だった。

 教室の中はまだ静かで、何も起きていないように見える。


 でも、もう分かっている。


 何も起きていないように見える時間の中で、次の準備は始まっている。

 黒崎も、僕も。


 ただ一つ違うのは、僕はもう“ただ嫌だった”だけでは動かないということだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ