32.嬉しい提案 (アレクシス目線)
扉の向こうで、気配が揺れている
――迷っているな
数日前から様子がおかしかったのは分かっていた
何かを言おうとしてる
それが何かすぐに分かった
名前を呼ぶ時に一瞬ためらう、吃っている事もあった
レティは分かりやすい
内向的で、感情を隠すのが下手で、覚悟を決めるまでに時間がかかる
だからこそ、その一歩はいつも本物だ
書斎にいつもより控えめなノック音が響く
いつもなら声をかけ、入ってくるのをただ待っているが、今日は彼女が引き返してしまわない様、すぐに立ち上がり扉を開ける
彼女が目の前にいる
自分よりも背が低く抱きしめると柔さそうな体
レティの甘い香りが鼻をくすぐる
頬がわずかに赤く、視線が合う寸前で逸れる
――ああ、これはまずい
思わず抱きしめてしまいそうになる
「どうしました。レティ、さあ入ってください」
感情を悟られぬよう、招き入れソファに座るように誘導する
彼女の決心が揺れないよう、逃げ道を塞ぐように彼女の隣に座る
なんて事ないよう自然に慎重に
「あ、あの……」
言葉を探す沈黙
指先がスカートを強く握っている
胸の奥で、期待が高鳴る
今日こそはと
「アレク、様と……お呼びしても、よろしいですか」
最後の方は小さな声だったが私の耳にはハッキリと聞こえていた
「それは……随分と嬉しい提案ですね」
低く笑うと、彼女はびくりと肩を震わせた
伏せられた瞳の奥に、期待と恥ずかしさが絡み合っているのが見える
顎に指を添え、そっと視線を上げさせる
「いいですよ
むしろ、いつ私のことを愛称で呼んでくれるのか、どんな愛称で呼んでくれるのか
ずっと待っていましたよ」
その瞬間、彼女の表情が変わった
驚き、嬉しさ、安堵
胸の奥が、静かに熱を持つ
「……アレク様」
呼ばれた
視線が絡みあう
ただ名前を呼ばれただけなのに、心を揺さぶられる
そう呼ばれるのが当然の事で昔から決まっていたかのような
駒として使おうと近づいた女性にそう呼ばれたこともあったが何の感情もおきなかった
だがレティにそう呼ばれると、思った以上に深く重く響く
策略を巡らせ敵対貴族を排除する時よりも厄介な感情が心に染み込む
しかし不快感は一切ない
視線が絡まる
私のレティは本当に愛らしい
私の隣にいてくれることが嬉しくてつい微笑んでしまう
午後のまどろみの中静かに時間が過ぎていく




