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策略家の彼とポッチャリな私〜重い愛を乗せて〜  作者: 紫煙 くゆり


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21/42

21.二人きりのお茶会

アレクシス様のご好意に甘えさせてもらい、心の休養が済むまで彼の屋敷に住まわせてもらう事になった

屋敷に着き、「この部屋を使ってほしい」と案内されたその一室は、落ち着いた色調に包まれた、静謐で気品ある空間だった

重厚な調度品はどれも手入れが行き届き、一目で上質と分かる

長い年月を経てなお美しさを保つそれらは、この屋敷の格と歴史を物語っているかのようだった


あまりにも立派な部屋に、「私には、もっと別の部屋で十分です」と遠慮の言葉を口にした

するとアレクシス様に、不思議そうに「気に入りませんでしたか?」と問い返される

こんなにも素晴らしい部屋を自分が使うわけにはいかない、と正直に伝えると、穏やかな微笑とともに「あなたは大切なお客様ですから」と言われる

それならば客室を、と重ねれば、ここがその客室なのだと言われ、ひとまずは納得した

だが、次に告げられた言葉に声を失ってしまう


「私の部屋は隣です

何かあれば、遠慮なく訪ねてください」


主人の隣室が客間であるはずがない、そう思いはしたが、いったん受け入れたことを蒸し返すのもためらわれ、結局その疑念は喉の奥へと飲み込んだ

そうして迎えた最初の日は、驚愕の連続で幕を閉じた

だが、その後は煩わしい外の世界からの接触がなくなり、好きなだけ本を読んだり刺繍をしたりしていた

アレクシス様と友人になれて、私はなんて幸運なのだろうと思いながら


〜〜

午後の鐘が三つ鳴るころ

私は白磁のカップを両手で包み込み、立ちのぼる湯気を見つめながら、ゆっくりと紅茶を口に運んでいる

湯気の向こう、丸いテープルを挟んだ向かいの席には、アレクシス様が座っていた

屋敷に来てもう随分と経った

このお茶会ももう、何度目だろうか


「本日のお茶は、南領から取り寄せたものです

気に入るといいのですが」


アレクシス様は今日も変わらない低く落ち着いた声でそれを聞くだけで少し安心してしまう


「……とても、良い香りです

味もまろやかで、とてもおいしいです」


アレクシス様は、せかすことなくゆったりと聞いてくれる


「それは何よりです

貴女が強い味を好まれないことは、知っているのでお口に合うと思たのです」


このお茶会は、いつも二人きりだった

広大な屋敷の中にありながら、この場所は外界から切り離された小さな世界のように、ひどく静かで、やわらかい

窓辺に射し込む光も、卓上に置かれた菓子皿も、まるで音を立てることを忘れているかのようだった


不思議なことに、近くに侍女の姿はない

そしてなぜか、アレクシス様ご自身が紅茶の支度をしている

慣れた手つきで湯を注ぎ、茶葉を蒸らし、白磁のカップへと琥珀色を満たしていく

その一連の所作は静かで無駄がなく、見ているだけで胸が落ち着く

最初は、あまりの恐縮に何度も辞退しようとした


けれど、穏やかな声音と言葉巧みな説得に、気づけば私は反論の糸口を失っていた

「これは私の楽しみなのです」と微笑まれてしまえば、もう何も言えなくなる


そうしてこの一時は、いつの間にか週に一度の穏やかな習慣となった

約束を交わしたわけでもない

それでも自然とこの時間を心が待つようになっている


「最近は、夜が冷えますね」


私がそう言うと、彼はすぐに視線を上る


「ええ、そうですね

貴方が冷えないように暖炉の薪を質の良いものに替えさせましょう」


「……そこまでなさらなくても」


「いいえ。私がそうしたいのです」


静かな声音だった

彼はふと視線を落とし、ゆるやかに言葉を継いだ


「貴女がこの屋敷にいるだけで、私の心がどれほど安らいでいるか

ゆえに、少しでも不自由や不快を感じさせたくありません」 


「……そんな、大げさなことを」


かすかに首を振ると、彼は静かに微笑んだ。


「大げさではありません

私はこれまで、多くのものを手にしてきました

地位も、名声も、望めばさらに増やすこともできるでしょう」


そこで言葉を切り、まっすぐに彼女を見つめる


「ですが、貴女と過ごすこの時間ほど、失うことを恐れるものはありません」


アレクシス様が私に向けるその眼差し

その声音

何気ない仕草の端々に滲む、ささやかな特別


最近、アレクシス様が言われた"好ましい"が友人としての好意では無いのではと思い始めている


でも、本当にそうなのか

都合の良い解釈をしているだけではないのか

私の耐性が無いから、アレクシス様が友人として大切に思ってくれているのを勘違いしているのでは無いか


どっちの意味で好かれているのか思考が行ったり来たりする

もし、恋愛感情だった場合、私はその気持ちに答えれるのだろうか

大切な友人で沢山助けてくれる

好きなのかと言われたら勿論好きだ

でもこれが恋愛としての好きなのか、友人として好きなのかわからない


考え始めると、胸の奥がひどく落ち着かなくなる

だから、それ以上は考えない様にする

考えを深める前に、そっと蓋をする

曖昧なままにしておくほうが、傷つかずに済むから

答えを求めて、友人という立場を失ってしまうかもしれないのが怖い

だから、これ以上踏み込めない


それなのに、私は今日もこの部屋にいる

白磁のカップを手に、彼と向かい合っている


答えを知るのが、怖いくせに

それなのに、この場所に留まってしまう


「貴方は飾らず、静かで、傷つきやすい

私は、その全てを守りたい」


沈黙が落ちる

言葉にできない思いが、形を持たぬまま二人のあいだに横たわる


気づけば、カップの中の紅茶はすっかり冷めていた

立ちのぼっていたはずの湯気は消え、琥珀色の水面は静かに光を失っている

それでも、私は立ち上がれなかった


すると、アレクシス様がほんのわずかに微笑み


「そういえば、先日庭師が――」


穏やかな声音で、まったく別の話題へと移る

先ほどまでの張りつめた気配は、まるで幻だったかのように、ゆるやかにほどけていく

庭の花や、街で耳にした小さな噂話


何気ない、いつもの会話


私は安堵したのか、落胆したのか、自分でも分からないまま相槌を打つ


窓の外では、風が木々を揺らす

この穏やかな茶会が、いつか形を変えることを、私はぼんやりと理解している

けれど今はまだ、この静かな時間の中で、彼の視線の重さに身を委ねる

答えを求めるには、まだ少しだけ勇気が足りないから

この曖昧で甘やかな時間に、そっと身を委ねていたい

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